曖昧。
捏造しかねえよ〜うるせえよ〜黙れよ〜♪(肩幅クソデカカリオストロ)「ただいま〜……というかここ自分の部屋だし別に言う必要ないか!……カリオストロ、なに書いてるの?始末書?」
「日記です」
素材集めも困窮していた物は終わり、ひとまずの午休を貰った藤丸立香が自室に戻ると、自身のセカンド・サーヴァントであるカリオストロが出迎えてくれた。
今日の周回自体はライダークラスが相手で、クラス不利のカリオストロはカルデア待機であったためだ。
「へえー、マメだね!すぐ飽きちゃうからそういうの書けないんだよねぇ…」
「報告書、毎日書いてるじゃないですか」
「報告書は別じゃんかー!」
「ふふ、陛下は難しく考えすぎです。本質は同じですよ。今日あったことを書き記し、思考をまとめ、明日のタスクをたてる。ほら、報告書と同じだ」
スラスラと言葉を流暢に返してくれるカリオストロに、じんわりと嬉しくなる。
マシュと特異点Fをなんとか切り抜けられた後、マシュしか戦力になる者がろくに居ない現状を憂いたスタッフたちの睡眠時間を犠牲にした苦労のおかげでフィニス・カルデアの戦力として召喚されたセカンドサーヴァント、それがアレッサンドロ・ディ・カリオストロ伯爵だ。
だがしかし、カルデアに召喚されたカリオストロは、致命的なバグを背負っていた。
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悪名高き大詐欺師ということくらいしか碌に知らない自分でも、つい見惚れてしまうほどの偉丈夫。
キラキラとした召喚サークルから同じくらいキラキラした人が出て来た…!と馬鹿なことを思ってしまったのも、確かに記憶している。
数秒遅れ「あっはじめまして!藤丸立香!貴方のマスターです!!!」と自己紹介をするが、無視されしまい不安になった。
……正確に言うならば、自分だけが無視されてるというより、相手が状況を理解できておらず混乱しているという風に見えて不安になった。
なにを聞いても返事や反応がなく、データ上に存在しない特殊クラスの得体の知らないサーヴァント。
言葉が通じてない?パスはきちんと繋がってる?とスタッフたちがざわめきだしたあたりで不安そうな面持ちのマシュがかけよってきた。
「あの!カリオストロさん!大丈夫ですか?」
「……“カリオストロ”?」
重く、そしてひどく不安げなバリトンボイスが目の前の人から発せられた時、ようやく、ほんの少しだけ人間味を感じられた。
異常を察知し慌てた様子のドクターが急いでこちらに駆け寄ってくる。
「僕はロマニ・アーキマン。一応名目上はこのカルデアの所長代理、になってるんだけど……君、その……霊基は大丈夫?なにか心配なことがあるなら言って欲しいんだ。僕たちはまだ何もかも手探りの状態で……。」
「“僕”は、」
ドクターの一人称をおうむ返しする目の前の得体の知らないサーヴァントに、初めて一抹の不安が芽生えた。
「“カリオストロ”というのですか?」
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「カリオストロも随分と自我が出て来たよねー。記憶の調子はどう?」
「すみません、記憶は戻っておらず……」
「ああごめん。責めるつもりは無いよ!ごめんね!」
危うく無意識に重圧を背負わせてしまうところだった、という少しの苦味を振り切るように話題を転換することにした。
転換というか、ちょっとした思い出話。
誰にも話せないような、平凡な過去の話。
というかそれくらいしか話す事がなかったのだ。事実、不利クラス以外はほとんど連れ回しているカリオストロは周回場所やエネミーについて知り尽くしているし。特異点修復の話は辛気臭くなっちゃうし。
……そういうもので繕いはしたが、本音は淋しいからに他ならなかった。両親の声を思い出せなくなったのも記憶に新しい。あと何日顔を思い出せるのだろう。あと何日で帰れるのだろう。そういう弱さを、どこかで吐き出したかったからだ。
試験管ベビーで両親の居ない無菌室で育ったマシュに話すには良心の呵責があった。
多忙なドクターに話すには単純に互いの時間と、そして勇気が足りなかった。
「話は変わるんだけどさ、」
だから、カリオストロに逃げた。彼が拒まないことを知って。彼が真面目に聞いてくれるということにつけ込んで。
「久しぶりに母さんの手料理が食べたくなっちゃったんだよね。マザコンかっての!あはは…」
うまく笑えて居るだろうか。冗談混じりに話せて居るだろうか。
「……陛下は、なにが好きだったのですか?」
カリオストロのゆりかごのようなバリトンボイスに心底安心した。許された、と何故か感じてしまった。笑い事にしないでいいと肯定されたような気がした。
「料理名?そんなの無いよ〜、うちの親超おおざっぱでさぁ」
「ここだけの話、ピーマンが苦手なんだけど、母さんがたまに作ってくれる野菜炒めは大好きだったんだ」
計量スプーンや軽量カップなんて使わないのに不思議と小さい頃から変わらない味。
「何が入っていたので?」
「んっとね、ピーマンとにんじんと玉ねぎと……あとじゃがいも!あ、今野菜炒めにじゃがいも?って思ったでしょ!じゃがいもってマッシュしたりポトフにするだけじゃないんだよー?まあフランス料理とか碌に知らないけど」
部活帰りに玄関の扉を開けた時に香って来た夕飯の香りを思い起こす。大丈夫、まだ思い出せる。思い出せた。
ちらりとカリオストロの方を見るとまだ真剣に日記を書いている。それでいい、しんみり話し合うより話半分に聞き流してくれた方がありがたいのだ。時計を見るとそろそろメディカルチェックの時間だった為、適当に話を切り上げることにした。
「あーあ、エミヤのごはんもブーディカのごはんも美味しいけど、やっぱ母さんのごはんもたべたいなー!その為には人理修復頑張らなきゃ、なんか暗い話しちゃってごめんね、カリオストロ!」
という会話は確かに3日ほど前にした……のだが。
ノック音が聞こえ慌ててドアを開けるとそこにはカリオストロが立っていた。
おぼんを持って。ほかほかの料理を乗っけて。
記憶の中とまったく同じ見た目で。具材で。匂いで。
泣きそうになった。事実ちょっと涙が出てたと思う。
だって、だってあのカリオストロが、だ。
本人の言うとおり空っぽな存在な彼が、命令がないと動かないような彼が、自分の意思で作ってくれたのだ。
もう自分の記憶の中の輪郭でしか残ってないものを、確かに作ってくれたのだ。
たとえそれが全然違う味だとしても。たとえこれが面影を感じない黒焦げの料理でも。寄り添ってくれようとしたという『こと』が本当に嬉しかった。
諦め混じりのくだらない戯言を聞き逃さずに真剣に答えようとしてくれたことが、なによりも一等嬉しい。
でも、でも。
性質を利用してごめん、無意識のうちに役へ縛り付けてしまってごめん、という罪悪感と、そして演じてくれたことに対する嬉しさで胸がいっぱいになる。
ごめんなさいカリオストロ、でも。
求めたことに返してくれてありがとう。正解が誰にもわからないものを突き詰めてくれてありがとう。冗談で終わらせないでくれてありがとう。召喚に応じてくれてありがとう。えとせとらえとせとら。
「ありがとー、カリオストロ!すっごく嬉しい!!!」
そう返事をすれば、予想したとおり彼は柔く曖昧に微笑んだ。