暗闇に、笑顔が2つ

暗闇に、笑顔が2つ



「ふっふふふ…タイちゃん、この漫画のここなんだけど…」


現在、消灯15分前。私が明日の準備に取り掛かっている中、同室は呑気にベッドの上で漫画を読みながらクスクスと笑っている。それだけならば別に何も思わないのだが、面白いシーンがあると随所で私に該当のシーンを見せたがる。これで6回目。

今日は授業で出た課題が苦手な範囲というのと、量もとんでもなく多かったので、思ったより時間がかかってしまい消灯ギリギリになってしまった。キッドやオロは大丈夫だろうか。いや、あの2人はハナからやる気ないな。明日、ノートを貸してくれと言ってくるに100円賭ける。


一方、私の同室、エフフォーリアはというと、持ち前の集中力で夕食までに全て終わらせてしまっていた。彼女は要領はいい方ではないが、とにかく恐ろしいほど頭が良い。期末テストでは安定の成績上位組だ。

問題集を広げ、頭をうんうんと唸らせて訳の分からない公式と格闘している私を見て、エフは「手伝おうか?」と言ってくれたけど、教えてもらうのは自分のプライドが許さなくて、断ってしまった。私の負けず嫌いな性格をよく理解しているエフはそれ以上何も言ってこなかったが、こんなに時間がかかるものと知っていたらちょっと手伝ってもらえればよかった。相変わらず損な性格してるな、私。


まあ、なんだかんだ目標時間までには終わらせることができたので、やれやれと明日の準備を始めようとした途端、「ねえねえ、タイちゃん…」とやけににやけ顔の同室が漫画の1ページを指しながら声をかけてきた。ていうかにやけてるのかこれ。顔の圧がすごい。

私が課題で構ってあげられなかった時間、彼女はベッドに寝転んで漫画を読んでいた。カチ、カチ、と秒針のすすむ音とともに「ふっふふふ………」「エフッエフフッ…」という独り笑いが時折聞こえるのがやけに気になって集中できなかった。というか何だその笑い声。


私が課題が終わったのを見計らって、面白いページをシェアしたかったのだろう。嬉しそうな顔でこちらに近づいてきた。そもそも、彼女がチラチラと漫画を読みながら私の様子を伺っていたのにもかなり前から気がついていた。

でも、頭を使ってクタクタだった私はエフのノリに付き合う気分ではなかった。


「あのさ…ここ、ここのページがね、ふふっすごく面白くって」

「ん…」

「あと、ここの、ここのね、シーンも」

「そっか…」

「あと…この次のページも…」

「………」

「…………」


「…あ、もうすぐ消灯時間だ、ごめんね。疲れているときに」


つれない返事に色々察したのか、漫画を閉じてエフは寝る体勢に入り始める。

あっ、私これちょっとやらかしたか。背中がしょんもりと丸まり始めた。身体が大きい分、悲壮感が凄い。

じわじわと罪悪感に苛まれているなか、ふと、昔のことを思い出した。


『ねえねえ!おねーちゃん!あっちでおままごとであそぼうよー!』

『タイちゃん、ごめんね。私あっちのお友だちとおやくそくしてて、』

『えっ………いやだ!おねーちゃんはあたしといっしょにあそぶの!』

『ごめんね。でも、おやくそくはおやくそくだから、あっちのお友だちと遊ぶのが終わったらおままごとしようね。順番こ、だよ』

『うーー…わかった。やくそくね。すぐにきてね』


まだ幼かった頃の私とレーン姉さんのやりとり。まだこの頃はレーン姉さんの方が大きかった覚えがあるから、年少ぐらいだっただろうか。

あの時の私は姉さんに対する独占欲が強く、何をするにも一緒でないと気が済まなかった。

いつも穏やかでニコニコ優しかった姉さんだったけど、たまに困ったように微笑むこともあった。

物心ついて、あっという間に姉さんの身長を抜かしてしまってからはわがままは言わなくなったけど、思い返してみるとあの頃姉さんが私に対して愛想を尽かしてもおかしくなかったよな、と、ふとよぎり胸がチクリと痛んだ。


小さい時は、姉さんが世界の全てで、絶対の信頼を寄せていて、本当に大好きだった。今でも宇宙一好きだけど。


エフも、私のことを信頼してくれているから、面白いこと楽しいことを共有しようとしてくれたのかな。

そういえば、昨日も一昨日も、トレーニングが忙しくてろくにエフと会話していなかったな。私がベッドに入るときにはエフはすでに寝落ちしてたし。寂しかったのかな。


友だちと遊ぶ姉さんを待ちながら涙を堪える幼い私と、丸まった背中で哀愁を漂わせている同室の姿が重なる。



「あのさ、エフ」

「あっ…えっと…」

「さっっっきからアンタの笑い声が気になりすぎて、課題集中できなかったんだけど」

「ご、ごめん」


「それで?エフの一押しのページってどこ?」


「え….えっと、タイちゃん?」

「全部プレゼンするまで寝かさないから。消灯時間過ぎてるけど昨日抜き打ちの見回りきてたから今日は流石に無いでしょ。」

「…!うん!」


さっきまでの哀愁は何処へやら、パッと表情が明るくなった。

子ども並みの切り替えの速さに、なんだかおかしくなって、私も笑った。

クールで真面目でかっこいいなんてあの子はよく言われるけど、幼さの残るこの笑顔が、私はやっぱり好き。



「じゃあ、一緒に最初から読もう!全部で10巻くらいあるんだけど…」

「え" 今から全部読む気?」

「タイちゃん、昨日も一昨日もずーーーっとつれなかったから今日は寝かせませ〜ん」

「…ふふっ!エフってほんとバカ。さすがキッドの幼馴染」

「知らないところでディスられるキッドに悲しい過去……」

「あははっ!…あぶないあぶない流石に大声出したら起きてること寮長にバレる」

「じゃあもしバレたら明日のプール掃除一緒に頑張ろうね」

「真面目クールキャラで通ってるエフが夜中起きてるのバレてプール掃除とか面白すぎるからバレろ」

「いやぁ〜それほどでも」

「褒めてないわ!」



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