暗い夜に、しかし確かに、月光を見たのだと
おれはヴェルゴ。
海軍本部中将及びG-5支部基地長。かつて―海賊"だった"男だ。
そうだ、おれは一人の海賊だった。
12年前のある日までは。
「今日まで…ごくろうだったな」
ああ、ついに来たか。
新医療教会設立の宴の終わり、突如告げられたその言葉を聞いて開いた口が塞がらないといった風な幹部陣を横目に、おれはおれたちの始まりの日を思い出していた。
全てを肯定する代わりに、おれたちに夢を見せてくれ。
在りし日の相棒は、その言葉にこう返した。
好きにしろ。探し物の邪魔さえしねェなら、夢でもなんでも見せてやる。
おれは最初、その探し物を弟のことだと思っていた。他の最高幹部たちの認識にも、大差はなかっただろう。
ファミリーの活動範囲が広がりナワバリに医者を抱えるようになってからは、そこに病を治す方法が加わり、ロシナンテを見つけた後にはその一点に絞られた。
当時”コラソン"として血の病の末路を教えられ、獣を狩ることのできるという銃を託されていたこのおれでさえ、あとはオペオペを手に入れるのみだと呑気に考えていたものだ。
「ヴェルゴ、新しい"コラソン"だ。オペオペの実を食わせてある」
眠るロシナンテを抱えたドフィがそう言ってローを連れてきたとき、おれはようやく己の認識違いを悟ることになる。
ローは、三代目のコラソンは、あの銃を継いでなどいなかった。
理解したよ。相棒。
探し物はついに見つかった。ドフィは愛する家族を、獣の手から取り戻したのだ。
そこからは、あっという間だった。
医療教会上位学派の残党を締め上げて情報を絞り出し、旧市街の”患者”たちの治療を条件にある古狩人を助言者として引き込んで、医療教会の再編を行った。
未だ保持していたナワバリから選りすぐりの医療者を移住させ、今は"黄金帝"の名で呼ばれる男にも協力させ、たった一年でヤーナムとその近隣全てを世界政府加盟国にまで押し上げた。
当時医療教会への疑念を潰すために敷いた情報統制などは、とある異邦の狩人の悍ましい伝承と共に、13年が経った今でも絶大な効果を発揮している。
それでこそ我らが王だ。皆、この夢がいつまでも続くと信じているようだった。
その新しい加盟国の防衛に派遣された、海兵ヴェルゴただ一人を除いては。
そうして行われた新医療教会設立の宴の最後、ファミリーの面々だけを残して告げられたのが、あの言葉だ。
それは王が臣下に賜う、最後の労りの言葉だった。
王にただ付き従ってきたファミリーの面々はついに、自らの選択を迫られたのだ。
去り行くものには望むだけを与えると約した彼に、願いと別れを告げていった者たちも多くいた。
だがおれは、未だ夢を諦められない。
いつも多くを語らぬ相棒が守る、このヤーナムを包む新たな夢の果てをただ見届けることだけが、おれの望みとなったのだ。
たとえおれの居場所が、その隣に無かったとしても。
「始まっただすやん!」
「今日はまた早いわね…」
「きゃー!!今度は"何"と戦ってるのかしら!?」
建設から十余年の月日を数えるG-5基地の屋上に、逞しく成長した子供たちの声が響いた。
今宵もまた、孤独な王の狩りが始まる。
泥に浸かり、もはや見えぬ湖
だがいずれ必ず、おれたちの目にも映る日が来るだろう。
月も見えない曇天の夜空に一筋の青い月光が翻るのを、おれは未だ暗い地上から、愛する部下たちと共に見上げていた。