暇神様なのか?1

暇神様なのか?1


『逃避少年はかく語りき』


現実から逃げてえな~ってタイミングが一回も無かった人、多分そんなにはいないと思うんだけど。俺にとっては今がそのタイミングで。

ゲームとか漫画とかそう言うのも嫌いじゃないけど、どっか上の空って感じで。結局、現実の日常の自分の部屋で娯楽るんじゃ、目を背けたいことから目を背けられもしない。

それで、非現実の非日常に行きたいと思った。そうは言っても、遠くに行く金とか時間とかは無いし、非現実とかどうやって行くねんって。とりあえず近場だけど普段は行かないとこ、要は廃ビルに行ってみることにした。

破傷風とかなったりしたら困るし長めのズボン履いて、光源を絞れるタイプの懐中電灯持って。補導とかされないように、こそこそ裏道通って。非日常にダイブしようってのに現実的なことばっか考えてる自分がなんか滑稽で、尚更やっぱ廃ビルだな、ってなった。

多分、元々はマンションかなんかだったんだと思う。部屋のプレートみたいなやつの残骸とかあったし。結構高さもあって、エレベーターのボタンだと11階分あった。

そう。エレベーターがあったんだよ。

それ見つける時までの俺は、非日常っつってもこんなもんか、と思ってた。廃ビル、瓦礫ばっかで座るとこもないし脚の置き場もないし、全然現実で、全然息苦しいじゃん、ってがっかり。

だから、試してみることにしたんだ。

ネットで見た、「エレベーターで異世界に行く方法」ってのを。

別に本気で信じてた訳じゃない。電力供給とか、とっくに止まってるだろうしさ。今思えば、自分の事を非現実に浸れる奴だと思いたかっただけかも。

手袋した手で扉開けて、中に入って4階押して、多分7秒くらい。

まあ動く訳ねえよな、って思って出ようとした時、扉が閉じてエレベーターが動き始めた。

高揚感エグかったな、マジで。

扉が開いたら、4階の景色があった。暗くて良く見えなかったけど、明らかに廃ビルじゃないことだけは確かで、脳からヤバい汁が相当出てた自覚ある。

ネットで見た手順通りに2階、6階、2階、10階と移動して、5階のボタンを押した。ネットで見た話だと、5階で若い女が乗ってきて、そいつに話しかけずに1階を押すと、エレベーターは10階に向かって、異世界に行けるってやつ。

でもさ、今思うと、あの時点でちょい変だったんだよな。だってさ。

ロリを指して「若い女」って言わないだろ、普通。

当時の俺は、求めてた非現実的シチュエーションにテンション上がりまくりで、気付けなかったけど。

その日から俺は毎晩異世界に行くようになった。エレベーターが開いた先は神社だったり砂漠だったり洞窟だったり毎回バラバラだったけど、少なくとも日本の夏じゃないのは空気で分かった。

明らかに人間じゃない化物みたいなのもいっぱいいて、8mくらいの蛇とか、ねちょねちょした苔みたいな硫酸の石とか、小さな子どもみたいだけどギャアギャア煩くて顔が汚い感じの奴とかなんかもう色々。

変な道具も拾った。銃とか棒とか謎の液体が入った瓶とか。

そうやって、すぐにエレベーターに逃げ帰れる範囲の中で、非現実の冒険を堪能してたんだ。昨日までは。

なんて危ねえことしてたんだって今は思うよ。

一週間前くらいかな。変な眼鏡拾ったんだ。その眼鏡のレンズを通して世界を見ると、ゲームのステータスみたいなのが見えるやつ。

不規則に動く白い人形は「プラスチック・アンデッド」って名前で、死体を蘇生加工しつつ意図的に自我をバグらせたモンスターだとか。ねちょねちょした苔みたいな硫酸の石は「アシッドスライム」で、何がなんだか分からない黒い靄は「ゴースト」。そんな感じで今まで分からなかったことがどんどん分かることになるのが楽しくて、ここ最近は異世界にいる時間がだいぶ増えてたな。

で、昨日も「全自動鏡割り人形」とか「ドーピングポーション」とか面白そうなもの拾って、エレベーターに乗って、いつものように4、2、6、2、10階を移動して、いつものようにロリが乗り込んできた。いつものように10階に行けば良いだけだったのに、好奇心に負けて、俺はそいつを眼鏡で見た。

このロリは人間なのか?異世界にいた様な魔物や妖怪、動物や怪異なのか?

そう、ワクワクしながら。



何も、表示されなかった。


地形を見ても、道具を見ても、生物を見ても、俺にその正体を教えてくれた異世界の眼鏡は。

ただ、そのロリの形に切り抜かれた、漆黒のシルエットだけを映していた。


異世界の危険にもすっかり慣れきって麻痺してた警戒信号が、未知の恐怖に物凄い勢いで警鐘を鳴らし始めても。エレベーターの中に逃げ場はなくて。

混乱して恐怖する俺に気付いた"それ"がこっちを向いて。

いつも張り付けた様に浮かべている、狂暴そうな笑みを真顔に変えて。


「参ったな」

「連れていってやろうか」


そう呟いたのを聞いたのが、俺が気絶する前の最後の記憶だ。


────

「お帰りひま。遅かったひまね、何してたひま?」

あーいつも使ってる異界行きエレベーターあるだろ?あれに同乗してるやつが急に挙動不審になったと思ったら気絶して、良く見たら憑かれてたから縁切りのとこに連れてってやった

「へーたまにはいいことするひまね」

俺はいつもいいことしてるが?

でもちょっと不思議なんだよな…

「何がひま?」

縁切り曰く、そいつに憑いてたやつって思考の方向性を誘導して破滅に導くやつで、憑いた相手を気絶させたりは出来ないらしいんだよな…なんで気絶したんだ、あいつ?

「オリジナルの美貌にノックアウトされたんじゃないひま?(適当)」


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