テスト内容

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 ハッキリ言って「クリスマス」の起源に関しては謎が多い。一般的にこれらの儀式はローマ帝国時代におけるサトゥルヌス神を祝した「サートゥルナーリア祭」あるいは、ローマ帝国内で流行したとされる密儀宗教たる「ミトラ教」の祭りが起源であるとされている。

 ただ、サートゥルナーリア祭の期間は12月17日から12月24日(23日説もあり)までであるのに対し、ミトラ教の冬至祭りの主祭日が12月25日であるため、個人的にミトラ教起源の方が可能性が高い(ただし、クリスマスイブの日時と習慣を見るに両者の祭りは何らかの形で混ざったとも考えられる)

 厳格なキリスト教系の御方やアチラ特有カルト的な思想の方々曰く、クリスマスとは「異教の祭りであり悪魔崇拝」であるとし、祝うどころか反発しタブー視する御方もおられるのは大変興味深い。

 そのような方々の根拠は何処にあるのか? 私個人が暇潰しに調べ考察した内容を以下に記すが、所詮は素人なので温かい目で見て頂きたい。


サートゥルナーリア祭

 「サトゥルヌスの祭り」こと「サートゥルナーリア祭」では、七日間にわたり、全ての生産活動を停止して、喧噪と浮かれ騒ぎに明け暮れたとされる。使用人と主人の立場も入れ替えられ、悪戯が仕掛けられ、冥界の王が担ぎ出され、どんちゃん騒ぎに終始した。この狂騒の祝祭の間に贈り物のやりとりを行ったと記されており、生贄を捧げる古くからの習慣があったという(恐らくキリスト教的にこれらが偶像崇拝であり、生贄を捧げる風習から彼らが酷く敵視したモロクまたはバアル崇拝を連想させることから連想ゲームのようにイメージが悪化したと思われる)

 この祭りにおいてサトゥルヌスは一種の悪神(といってもハロウィンにおける悪戯的な真似をする程度だったのであろうが)であり、彼は英語読みではサターンとなるのだが、後々にこれがサトゥルヌスことクロノス神にとって悲劇を呼ぶ。

 クリスマスにおける贈答の習慣は、このサトゥルヌスの祭りに関連しているのだとされ、異教の祭りをもとにした習慣は、やがてサンタクロースが一身に背負っていくことになる。とある文化人類学者の説明によると、サンタクロースは冥府の使いの側面を持っているという。つまり、サンタクロースはもとは死の国…即ち、冥界の存在でもあるという事になる(無論、これは一つの仮説であり他の説も存在している)。

 さて、時代が下るにつれローマ帝国は、衰え始めた帝国を維持しようとして、「強く人々を団結させる力を持つキリスト教」を帝国の中心に据えた。しかし、ローマ帝国はキリスト教を国教化してから百年も保たず滅び、そしてキリスト教が西欧世界を千年にわたり支配する時代がやってくる。

 するとサトゥルヌスに悲劇が襲う…キリスト教圏で神の敵とされる悪魔の王サタン(Satan)とは全く関係が無いに関わらず、紛らわしい名称と農耕神(刈り取る者)であること、父であるウラノス強襲の際に死を暗示させる鎌を用いてその王位を簒奪したこと(ルシファーの反逆伝承と被る)、最終的に神の王の座から地獄(タルタロス)に堕とされた逸話から


つまり「クロノス=サトゥルヌス=サターンである→ということは魔王サタン=堕天使ルシファー」だったんだよ!!(某キ〇ヤシ並感)

「「「な…なんだってー!!」」」


とクッソ安直な連想ゲームをされ、更に時間の支配者=老衰、死のイメージとも混同して死神の王のように盛られまくった設定も足された結果、キリスト教的に悪魔認定となる…一言でいえば、この神はローマ時代の名前が悪かったとしか言いようがない。


ミトラ教(またはミトラス教)

 ハッキリ言ってコッチは更に複雑怪奇であり謎が多すぎる。ミトラ教は牡牛を屠るミトラ神を信仰する密儀宗教であり、様は信者ではない外部の連中には何をやっているのかを一切明かさない秘密主義的な教団だった(この性質は古代ギリシャのエレウシスの秘儀オルペウス教と類似している)。その為、如何なる信仰や儀式を行っていたかが現存していないし正直分からない状態であり、キリスト教の力が増す後世になると「アイツら裏でやべー儀式やってる」的な風評被害のイメージがついたのは想像に難くない。

 ミトラ自身の起源は間違いなく古代インド・イランのアーリア人が共通の地域に住んでいた時代にまで遡る古い神が元であり、後にゾロアスター教にまで取り込まれ、ゾロアスター教がサーサーン朝ペルシア(226年-651年)の国教となると彼は英雄神、太陽神として広く信仰される。

 初期のキリスト教とミトラ教との関係性は、キリスト教の「交わりの儀」を「悪魔的に模倣する」とミトラ教徒を非難した、2世紀のキリスト教著述家ユスティノスの感想を元にしている。

 興味深い事に信憑性の無いオカルト的な仮説によると、この「交わりの儀」において彼らは、葡萄酒を用いて「雄牛」と交わっていたのだという(面白い事に因縁深いモロクやバアル崇拝の一部にこれに近しいものがあったと述べるクリスチャンの御方もおられる)

 また、入信者は赤く焼けた鉄で額に印をつけられる(テルトゥリアヌス「異端者たちへの抗弁」参照)とされ、これがヨハネ黙示録の獣の刻印を連想させ、かつこの印が悪魔崇拝の象徴である「逆五芒星」であったとしている(古代において逆五芒星に描かれるのは黒山羊ではなく雄牛であった)

 仮にこれらのトンデモ仮説が真実であるのならば、ギリシャ神話における「ミノタウロス」の逸話はあながち間違いでも無かったのではないかと考えられる。

 即ち、ミノタウロス伝承とは遠い海を渡って雄牛(モロクまたはバアル崇拝)がクレタの地にやってきたことを意味する暗喩であり、ポセイドンの逸話は何らかのカモフラージュあるいはクレタの古い神話と混ざったという事では無いかと推測する。

 更に異説としてかの有名な「牡牛を屠るミトラ像」の本体は屠られている雄牛であり、そちらが真の信仰対象であるというものがある。

 何故なら雄牛の傷口からあふれる血にはが、また牡牛の腹の下ではが牡牛の生殖器に跳びかかっており、太陽と月、四方の風、黄道十二宮、カラスなどのシンボルを伴っているのだが、これらの要素がエリファス・レヴィの描いた「メンデスのバフォメットとの類似性を匂わせる…らしい(真偽のほどは知らないが、ネタとしては大変面白い)。

 また犬はキリスト教的に「穢れ」(大元のユダヤ教の食物規定たるカシュルートで犬は食べられないもの=不浄とされている)のシンボルであり、「蛇」は言うまでも無くエデンの園でアダムとイヴを誘惑した悪魔の象徴である。「蠍」は七つの大罪における「色欲」の象徴であり、荒野で修業をする聖人たちを誘惑する場面において、蠍が誘惑者の代表として描かれることもある。

 それらのシンボルが雄牛の血を飲む=神との聖体配慮および神人合一=キリストの血を連想させる霊的儀式の暗喩であり、生殖器を噛む=力の吸収および雄牛(注:王権の象徴として扱われることもある)の座の簒奪(注2:去勢が権力の失墜を暗示している)上記のサトゥルヌスとウラヌスの関係性を暗示させることから、連想ゲームとしてはある意味理に適っている。


 

 

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