暇を潰す

暇を潰す

多分本棚の右上に辞書があったらずっとそれ読んでた。


「─────暇だな…」

 お父様とルイが仕事と学校で出掛けたあと、一人になった俺はそう呟いた。


 体の拘束は、その日のうちに…夕飯の前に解かれた。部屋から出る自由はそれから数日が経ってから。そしてそれから一週間くらい過ぎた今も、俺はまだ家の外に出ることは出来ない。

 俺の部屋として用意された部屋と、玄関には外からしか開けられない鍵がつけられている。窓は最低限であれば開くが、それ以上は専用の鍵が必要だ。だから外に出る手段はなく、俺は二人が帰ってくるまでただ待たなければならない。

 俺にもできる範囲の掃除などはやったが、洗濯機は俺が今まで使っていたものとは何もかも異なっていたので触らないでおいた。その他の家電も同じようなものだったので、もう何もすることがない。

 俺は、何をすればいいんだろう。今までずっと勉強と仕事しかしてこなかったから、こういうとき何をすればいいか分からない。

 俺はただ、部屋の中でぼうっと壁を見て過ごした。


────

「ただいま。なにしてんの兄貴?」

「え、えっと…なにも」

「なにも?もしかして俺達が出かけてから、ずっとこうしてたわけ?」

「なにも、することがない…仕事がないから…」

「休みの日は…ほぼ無かったんだったね」

「一人暮らしの時は、家帰ってから洗濯とか、入浴とかすればあとは寝るだけだったけど…今それをやったら半日以上寝ることになる…」

「ワーカーホリックここに極まれりって感じか〜。ゲームとか使っても良かったのに」

「やったことない…」

「じゃあ一緒にやろうよ。ここのボタン押すと、起動するから…初心者ならこれかな。これやろう」

「Aボタンで選択、Bボタンでキャンセル、この十字のやつで移動ね」

「ボタン…これか。これで、何をすればいいんだ?」

「んーと、これはテーブルゲームが出来るやつ。確か兄ちゃんチェス好きだったよね、確かここに────」

「…!嫌だ。やらない。チェスはもうしない」

「え…?どうしたの?昔色んな人とやってて……あ。」

 そうだ。そういえば、兄はチェス絡みで人を殺めたことがあったのだったか。俺がそれを知ったのは現代でシャルルマーニュ伝説を読んだときだ。生前関わりが薄かった俺は兄とチェスをしたこともなく、そんな話は一切聞いたことがなかったから…すっかり忘れていた。

「ごめん、俺、ゲームはできない。もう同じ過ちはしたくないから…ごめんね」

 兄にテーブルゲームを、それもチェスを薦めたのは完全に悪手だった。ゲーム自体に忌避感を持った兄にこれ以上紹介するべきではないと判断し、今度は部屋から漫画を持ってくることにした。

「漫画…?どうやって読むんだ…?」

 マジか…読んだことないのか。とりあえず持ってきたのはかなり大衆受けする漫画のはずだけど…。とりあえず簡単にコマを読む順番を教えて読んでもらうことにした。

「よく分からない…」

 うん。そうかもしれないとは思ってた。大丈夫、まだ手はある。テレビをつける。流石にテレビは、見たことあるでしょ…!

「学校以外で見るの初めて…」

 まじかよ。流石にびっくりだよ。いま兄が物珍しそうに見てるのは普通のニュースだし。とりあえずニュースが一区切りついたところで別のチャンネルに変える。

「絵が動いてる…どうやってるんだろう」

 兄ちゃん本当に転生してから20年経ってる??実はいきなり現代にタイムスリップしてきたんじゃないの?口に出すと冗談では済まなそうだから言わないけど。アニメ見て驚くなんて本当に日本生まれなの?

 駄目だ、アニメも兄にはハードルが高すぎる。バラエティはノリについていけてないし、ドラマはフィクションだと認識出来てないレベルだ。もうこうなったら…!

「今の日本の子守唄ってこんな感じなの?」

「まあそうだね。これは寝かしつけるんじゃなくて遊ぶときに使う歌だけど。でもすごいユニークなのが多いよ」

「結んで開いて…聞いたことあるかも…」

 流石に教育番組とか見せたら怒るんじゃないかと思ったが、肝心の兄はテレビの内容を集中して聞いている。流石に子供向けであることは気づいているようだが、そもそもこういった子供向けの歌や遊びをあまり知らないから新鮮なんだそうだ。

 とりあえず、リモコンの操作方法を教えて暇なときは見てみたら?と言ってみる。兄は何もすることがなかったらそうすると言った。

 そして俺は本を持ってきた。小学生の頃読んだ本から今読んでいる本まで。高校は卒業したと言っていたから、流石に読んだことないわけではないだろうが、一応念の為だ。

「本は読んだことあるよ。銀河鉄道の夜とか、こころとか、あとは人間失格とか金閣寺とか…」

 お、おお…、随分と有名な文学作品が出てきたな…。ひょっとして兄はサブカルチャーよりそういった歴史に名を刻む名作のほうが好みなのか?

「らのべ?えすえふ?サブ、カルチャー?」

 なるほど。方向性は決まった。父に頼んでとにかく文学作品をたくさん部屋に置いてもらうことにしよう。




 今日のテレビを見て、電源を切る。子供のためにしっかりと作り込まれた番組は、テレビをあまり見たことのない俺にも理解できるくらいに丁寧で、かつ今まで不足していた知識を補える良いものだ。今までクラスメイトとの会話で理解できなかった単語の意味を今こうして理解することもある。俺は自分で思っていたよりも一般的な常識が欠けていたらしい。ともあれ「テレビは一日一時間」だそうだから、これ以上は別のことで時間を潰さないと。

 ルイに娯楽を教えてもらってから、しばらくが経つ。俺は家から出ることを許され、買い物や料理を作るといった家の手伝いも一人で出来るようになった。それと体力づくりのための一日一回の散歩をするようになった。前よりは暇な時間は減ったけれど、それでも何もしなくていい時間というのはある。

 あれからお父様は、俺のためにたくさん本を用意してくれた。だから、本棚に並べられた本を順番に一冊ずつ読んでいくことにしたのだ。一つ目の棚はもう全て読み終わってしまったから、俺は隣の棚にある一番右上にあった本を手に取った。題名は…シャーロック・ホームズの冒険か。確か推理小説だったっけ?何冊か同じようなのがあるけどシリーズものなのかな。まあいいか。


………


 読み終わった。面白くて一気に最後まで読み進めてしまった。慌てて時間を確認する。まだ余裕はある。もう一冊くらいなら…。


「────はっ、」

 つい熱中して何冊も読んでしまった。今何時だ?次の話が気になって次へ次へと読んでいるうちに時間を忘れてた…!

「やっば……!!」

 慌てて支度をして買い物をする。まずいまずい時間がない!なんでこんな時間まで読んでたんだ!


 取り敢えず今日は簡単に作れるものにした。急いで家に戻り、玄関の扉を開ける。

「よ、兄ちゃんおかえり。荷物持つよ」

 もう帰ってきていたルイが運ぶのを手伝ってくれる。

「ごめん、本読むのに夢中になってて時間忘れた…」

「へぇ〜!そんなに夢中になるなんて珍しいね、何読んでたんだ?」

「シャーロック・ホームズ。何というか、犯人は誰かとか考えるのが楽しくて…全然分からないけど」

「探偵モノ好きなのか。ドラマとか映画とかあるから今度見てみたら?」

「ほんと?じゃあ見てみようかな…」


 ちなみに、それを聞いた父にシリーズを全巻買い揃えて貰ったり、推理小説をかき集めてくれたお陰でしばらく本の虫になったのは余談だ。




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あとがき

ゲームへの拒否反応は後々解ける

ルイがゲームは遊ぶだけじゃないと勉強するゲーム(脳を鍛える〜とかのやつ)を紹介する→シャルロが運動したいと言ったときに運動するゲーム(リング○ィットとかボクシングのやつとか)をプレゼントする

といった感じで先入観を消していった感じ

シャルロはボードゲームと他人と勝敗を競うゲームが苦手

逆に好きなゲームはみんなで協力するものや一人で極めるやつ


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