晴晋inホテルカルデア

晴晋inホテルカルデア


「おぉ、結構広いじゃないか!」

「ふむ、なかなかだな」

 晴信と晋作はとあるホテルに訪れていた。なんでも古今東西の英雄をモチーフとして部屋を改装してあり、大変人気を博しているのだという。

 今回、日本の英傑の一人として高杉晋作もモデルに選ばれていた。企画が立ち上がった時点で話は伝えられていたので、晋作も勿論承知の話であるし、二つ返事で了承したことも覚えている。

 さすが長州一格好良い僕、大人気だな!と満足していた晋作であったが、それから程なくして彼にちょっとした変化があった。まぁなんだ、恋人ができたのだ。恋人の名は武田晴信。日本人にとっては武田信玄の名でお馴染みの高名な戦国武将であった。そんな晴信は出会った当初から熱烈に晋作を口説き、ボイラー室横がだいぶすったもんだしたものであったが、最終的に晋作が晴信の求愛を受け入れ晴れて恋仲になって落ち着いたのであった。

 さて相思相愛の恋人同士、順調にいちゃいちゃを積み重ねて季節イベントなどを楽しんでいたのたが、晋作はそこではたと件の部屋の存在を思い出したのだ。晴信と一緒に泊まりに行ったら楽しいんじゃないか、と。それとなく晴信に意向を伺ってみると晴信の方でも興味が湧いたようで、とんとん拍子に話は纏まった。恋人と外泊するまたとない機会を不意にするつもりはお互いないのである。

 

「この晋作の書割はいいな。これは購入できないのか?」

 晴信は部屋に堂々と鎮座する晋作のパネルがいたくお気に召したようだ。

「買ってどうするっていうんだ。部屋に置く気かい?」

「置きたい。目が覚めて、真っ先に目に入る場所に飾りたいものだな」

「それ、僕の目にも入ることになるんだが。いくら僕が長州が誇る色男とはいえ、寝起きから自分と見つめ合うのはどういう顔をしたらいいのかわからなくなるぞ」

 晴信はまだ後ろ髪を引かれるような顔をしていたが、晋作は部屋の検分に戻ることにした。壁際には晋作のシンボルともいえる三味線が立て掛けてあり、爪弾くときちんと音が鳴る。その横には徳利とお猪口が一揃い。流石にこれは飾りだと思われたが、この部屋のコンセプトに合わせたものだろう。

「使っちゃいけないのはわかってるけどさ、『晩酌ノ庵』って部屋なんだし一杯やりたくなるよなあ」

「そちらは駄目だろうが、こちらのグラスは使って良いものだろう。併設のショッピングモールにワインの専門店もあったぞ。あとでなにか見繕いに行くか」

「いいな、それ!」

 楽しみが増えたと晋作はご満悦だ。楽しいことはいくら増えたって良い。このあと企画の一環としてホテルのカフェで和菓子と緑茶をいただくことになっている。夕食はその時の気分で飛び込みで店に入ろうと事前に晴信と決めていた。晋作はもう一度部屋を見渡す。うん、これは楽しくならなくっちゃ嘘ってもんだ。


 夕食は天麩羅にするかステーキにするかで晴信と晋作は揉めた。いや別に揉めてはいない。晴信の食べっぷりが見たくてステーキを推す晋作と、晋作では食いきれないから天麩羅にしておけと勧める晴信の痴話喧嘩が勃発しただけだ。結局晴信が折れたが、案の定晋作の肉の半分は晴信が平らげることとなった。折れた時点でこうなる予測のついていた晴信に今更文句はなかったし、晴信が落ち着いた所作で次々と肉を咀嚼する様を笑顔で眺めていた晋作は言わずもがな、である。

 

 腹が満ちた二人は酒とつまみを見繕って部屋に戻った。あとは風呂に入って、ふたりきりの時間である。ユニットバスだったので揃って入るわけにもいかず、夕食を譲った晴信が先に、ということになった。二人での風呂は、まぁ今後の楽しみに取っておけばいい。どちらともなくそう思った。風呂支度をする晴信に晋作が声をかける。

「晴信。君、ベッドは僕の方を使うよな?僕は斎藤君の方を使わせてもら……」

「は?」

「え?」

「……」

「……」

 ここで突然の問題噴出。この『晩酌ノ庵』部屋、モチーフにされているのは晋作だけではないのである。晋作と同時代の俊傑として新選組三番隊隊長である斎藤一と二人一組での抜擢であった。当然斎藤の書割も部屋の中に堂々と立っていたし、晴信も晋作も斎藤の存在を無視していたわけではない。ただ二人とも『おぉ、斎藤君だな』『あぁ、斎藤だな』と思い、それ以上のコメントがなかっただけだ。

 しかし、ここで斎藤の存在が初めて問題となった。斎藤には何一つ落ち度はなかったが。ベッドである。ツインのベッドは片や晋作が描かれたクッションと晋作の辞世の句が記された掛け軸が飾られており、片や斎藤のクッションと有名な浅葱の羽織がセッティングされていた。こちらは高杉晋作モチーフ、もう一方は斎藤一モチーフであるとはっきり違いがあるのである。

 晋作としては恋人が自分をテーマとしたベッドの方を好むだろうと気を遣ったつもりだったのだが、晴信にとっては思いもよらぬ提案であったらしい。

「僕が僕のベッド使っていいのかい?」

「俺だって晋作のベッドがいい」

「ん〜?じゃあやっぱり僕が斎藤くんの方で合ってる……」

「お前は俺の前で、他の男のベッドで寝るつもりか?」

「……晴信」

「こればかりは譲る気はないぞ」

「つまるところ、どうしたいって?」

「晋作のベッドを二人で使えばいい」

「ベッドが二つあるのに?」

「ベッドが二つあってもだ」

 俺ははじめからそのつもりだった、と。思いのほか固い恋人の意志。

 斎藤君がモチーフになっているだけであって斎藤君のベッドで寝るわけではないと思うんだがとか、斎藤君のクッションって晴信の中で浮気相手としてカウントされるんだろうかとか、晋作も思うところがないでもない。が、珍しく嫉妬心を隠さない恋人が晋作にとっては可愛い。有り体に言えば、何でも言うことを聞いてやりたくなってしまった。邪険にするつもりじゃないんだが、許してくれたまえよ斎藤君。そんな多少の申し訳無さは心の中で謝罪に変えてよしとすることにした。


 たっぷりと酒盛りを楽しんで、同じベッドに潜り込む。この瞬間をふたりで噛み締めることができるのは間違いなく幸福だ。晴信の腕枕でうつらうつらとしながら、まだこの時間に浸っていたくて晋作は瞳を閉じられないでいた。

「なぁ晴信。僕のベットの寝心地はどうだい」

「上々だな。お前を抱きしめているから尚更だ」

「フフッ、僕のベッドで僕本人を抱き枕にする贅沢なんて君にしか許されないぞ」

「俺以外に許されてたまるものか」

 声を潜めてベッドの中で笑い合う。もう夜も更けた。しんと静まった夜に包まれてぽつりと晋作は零す。

「眠ってしまうの勿体ないな……」

「名残惜しいぐらいが丁度良いかもしれんぞ」

「うん。そうなんだけどさ」

「眠くなるまで話していたって構わない。その分朝寝と洒落込むのもいいだろうしな」

「時間ぎりぎりまで君と自堕落に過ごす朝か。それもいいな」

 二人で遠出をする時はやりたい事をめいっぱい楽しんでしまうから、たまには何もしないというのも新鮮かもしれない。

「それならさ、掛け軸の句も『主と朝寝がしてみたい』にしてもらえば良かったかな?」

「俺の時だけ変えさせるのもな」

「君限定だからな!違いない」

 明日の朝は何もしないことを楽しむのだ、そう決まったら意識は眠りへと誘われていく。

「晴信」

「なんだ?」

「昼はさ、天麩羅食べて帰ろう」

「なんだ、結局気になったのか」

「しなかったことって後で気になってしまうものだろう」

「あとは?」

「うん?」

「まだしていないこと、だ」

「それなら……」

 晋作は頭の上まで布団を被って晴信の唇に吸い付いた。

「おやすみのキス。斎藤君が見てるからこっそりだ」

 真っ暗な布団の中で晋作の悪戯めいた声が囁く。布団から顔を出す前に、晴信からのキスが返されることを確信して、晋作は瞳を閉じた。


 これは余談であるが、新選組三番隊隊長はのちに語る。

「いや、いいですよ?恋人同士好きに乳繰りあえば。僕だって口を挟もうなんて野暮なことする気はないんでね。ただ、なんで『いやぁ、晴信が珍しくヤキモチなんて焼いて見せるものだから君のベッドは手つかずのまま部屋を出ることになってしまったよ。済まなかったね、斎藤君!あ、これお土産だから受け取っておきたまえ!』なんてことをわざわざ報告してくるんですかね、あの社長は……。惚気けたいだけか。惚気けたいだけだろうな、あのヤロ……おっとこれ以上はやめておきますかね。まったく、ほんと……」

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