【晴晋】寒波の過ごし方

【晴晋】寒波の過ごし方


  潜水艦という特性上、機能が充実しているストーム・ボーダーであっても、日の当たらぬ海中を潜行している間はひどく冷える。そんな夜はどのサーヴァントもめいめい部屋に引きこもるか、リソースの節約も兼ねて霊基グラフに身を戻すかだ。

 そんな数多ある夜のこと。早々に割り当てられた部屋に戻り、端末でいくつか書を見繕っていた俺は、騒がしく戸を叩く音に無理矢理腰を上げさせられた。何だと戸へ足を向けたとたん、誰何の声を上げる間もなく、酔っ払いの大声が戸越しに投げつけられてきた。

「はーるーのーぶー!なあ、早く入れてくれよ。てか面白いくらいに寒いなここ!はーやーく!はーーーやーーーくーーー!」

「迷惑だろうが!」

 聞こえてきた声の、稀に見ぬテンションの高さに思わず頭を抱えそうになる。その懊悩もすぐさま振り払って、戸を開け騒ぎの主を部屋へと引きずり込む。なんの抵抗もなく腕を引かれた件の男は、ふらついた足取りはそのままに、素直に部屋の半ばまで着いてきた。

「はーーーるのぶーーー」

「おい!こら晋作、飲みすぎだ」

 危ないからと酒瓶を奪い取ったのもつかの間、晋作は勢いよく俺ごとベッドに倒れ込んできた。辛うじて抱き留められたものの、真っ赤にゆるんだ顔も遠慮のない体重のかけっぷりも、見事なまでに正体をなくしている。俺に絡む酒飲みはこんなヤツらしかいないのかと、酒癖の悪さに頭が痛くなってくる。

 長いこと廊下にでもいたのか、頭の熱っぽさに反して晋作の身体は指も脚も冷え切っていた。ここで狭い布団を分け合うよりは、己の部屋に戻して懐炉でも入れてやった方がまだいいだろう。

「まだ寝るな。送ってやるから部屋で寝ろ」

「んー?わはははー、え?寝てけってぇ?」

「……まったく」

 こうなったら布団ごと簀巻きにでもして担ぐしかない。ひとまずのしかかっている晋作を横によけ、腰をあげようとしたところで、ぐいと袖を引っ張られた。

「戻らない。寒い」

「だったらさっさと風呂でも浴びて寝ろ」

 ベッドに突っ伏したまま、晋作の頭がふる、と揺れる。まるでだだっ子だ。平素の格好付けの片鱗もないこの姿のどこが麒麟児かと思わなくもないが、そういった面を見せるようになったのもここ最近で、だから、感じるのは呆れよりくすぐったさの方が大きい。

「……だって、だってさ。晴信がいない寝床は、寒い」

 寒いのは、いやだ。晋作らしくない、弱ささえ感じる呟きとともに、袖にかかった指から力が抜けていく。すぐさま間の抜けた寝息が聞こえてきて、なんとも拍子抜けさせられた。

 じわりと熱くなる頬の照れ隠しも兼ねて、晋作の髪に指を伸ばす。髪紐をほどいてすぐに、きつめに縛られた赤髪が広がっていく。身体で潰してしまわないよう髪は上に回し、彼を胸に抱き込む。

 書の続きなど、もはやどうでもいい。端末ごと部屋の電気を落として、俺も布団に潜り込んだ。


「やらかした……」

 目覚めっぱなに目に入った、見覚えはあっても来た覚えはない光景に、僕は心の底から呻き声をあげた。頭が痛いのは二日酔いのせいだけではなく、このやらかしをどう誤魔化すか絶讃頭をフル稼働させているからだ。

「よく暖まったか?」

 ため息も早々に身体を起こしたとたん、背後から笑い混じりの声がかけられて、びくりと背が跳ね上がる。まあそうだろう。僕がここに寝ていて、部屋の主がいないはずもない。

「そりゃあ愛しの恋人が肉布団に徹してくれたんだ。暖かいどこじゃな……ああいや、うん、コレ僕が悪いな。すまない。ぶっちゃけ覚えてない」

 振り返って目にしたのは、寝起きというのもあるんだろうが、なんだか甘いというか、優しいというか、やたらとろんとしている晴信の瞳だ。ひたむきなそれを向けられて、もうひたすらに居心地が悪い。

 何しでかしたんだ昨夜の僕。やり手な自覚はあるものの、どんな誑かし方しやがったんだ。晴信が酔いつぶれたやつに手を出すような男じゃないとわかっているだけに、怒られも憎まれ口もないこの状況がただただ怖い。

「できれば次は酒を抜いてから来い。あの手の甘えも悪い気はしないが……なんだ、扱いに困る」

「うっ」

 責められはしないが言い含めるような口調にぐっと喉がなる。言葉に詰まった僕を見る晴信の顔は、それでも呆れ半分困惑半分といったところだ。彼の困った顔は見ていて面白い半面、どうにも言うことを聞いてどろっどろに甘やかしてやりたくなる。とにかく僕らしくないこと甚だしいが、惚れた弱みなんだろう、これも。

「その、善処、というかだ。……とりあえず、今晩あたりまたお邪魔しても?」

「飲む前に、な」

 苦笑とともにわしゃわしゃ頭をかき回される。その手の優しさに任せて、眠たさの残るまま、晴信の胸によりかかる。彼の指が目の前にまわって、すくった僕の髪を楽しそうに揺らしていた。

 うんまあ、晴信の機嫌がいいのなら、いい。都合の悪いことはとっとと忘れるのが健康のヒケツ、というやつである。

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