【晴晋】冬の花 ※24バレンタインネタ
僕が見てほしいものを見せてやれた。
俺の見たかったものを見せてやれた。
どうだったと声を出すのも同時であれば、互いに漏らした言葉ですら、仔細こそ異なるけれどその本質は近いような気がして、面映さに笑ってしまう。
僕と晴信はなんだか浮かれた気分で、今日この日、遠き海を隔てた地から日の本に伝わった狂祭の成功に、互いに拳を突き合わせたのだった。
マスターの知る地とは異なるけれど、それでも僕が生きた幕末に通じるものはあるだろうと、春夏秋おりおりの花咲く地を設定したのは正解だった。過剰に思われるパラメータも、最初から四季として設定しておけば使われなかったリソースが余剰として残される。詐欺じみた手口だが、へそくりはあって困るもんじゃない。
なによりまだ還元したくはなかったのだ。花のない寒さは苦手だけれど、口に出すまでもなく、僕は僕の冬を暖めてくれる誰かを知っている。
というわけで、いざ冬、である。
質素な庵の中央では、炭の置かれた囲炉裏が爆ぜる音とともにじんわりと暖かさを伝えてくる。その上に土鍋が置かれたのが半刻前、鍋の蓋を開けるとともに熱燗を傾け始めたのが四半刻前、今ではすっかり身体も暖まったものの、寄りかかった高めの体温がどうにも離れがたい。
猪だの鴨だのをふんだんに使った煮込み鍋は、太く刻まれた麺の澱粉を吸ってねっとりと甘さをたたえていた。干した茸と南瓜が出す滋味と味噌の塩辛さのバランスはもちろん、後から入れた太葱と太麺でさえ、熱に溶けなお甘味を増していて、それがなんとも梅花の塩漬けに合う。
食が細い僕ですら食べやすい、とろっとろの煮込み野菜がするりと喉を抜けていく。そこに燗を流し込めばもう、ご機嫌になるほかない。舌鼓を打ってるのはすぐ横の晴信も同じのようで、鍋の熱にじわりと汗を滲ませながら、高揚に薄く頬を染めている。いや愛いな。ちょっとキスしたくなったぞ。さすがに食ってる最中にはしないが。
「いやぁ美味い。なかなか食う機会もなかったが、晴信手づからと聞いちゃあ逃す手はないからな!さすがの信玄公というか。やっぱ器用だな、きみ」
「当時はこれほどの馳走ではなかったがな」
「『はうたうまいらせむ』か。これだけの美味だ、そのうちかの歌仙にも振る舞ってやりたまえよ。晴信、指南を受けたいって言ってただろ」
「いいのか?」
「ん?」
箸を置いて本格的に猪口にシフトしようとした僕はぐいと腰を抱き寄せられて、慌てて箸を握りなおした。何だ何だと文句を連ねようと見上げた晴信の顔は、ちょっと寂しそうな、拗ねてるような、やけに子どもっぽさを滲ませていた。
僕だけに見せる晴信のそういった顔がやたらと愛らしいものだから、つい困らせてしまいたくなるのは余談だ。何せこっちはベタ惚れなのである。惚れさせた分くらいは晴信も甘んじるべきだろう。
「『てづから』を他に振る舞われて、お前は好しとするのか?」
「そこまで狭量じゃない、と言いたいところだが。君がそうしてほしいなら、僕だけのものにしてやってもいいぞ。ん、んん!……『僕以外のやつに食べさせるんじゃないぞ、晴信』」
からかいはしたが割と僕の本心だったりもするので、いざ口に出すとじわりと頬が熱を持っていく。まあ囲炉裏の熱気と酒で既に火照っているから誤差範囲ではあるだろう。あるはずだ。
どうだと見上げた先の晴信は、まん丸に開いた瞳を柔らかに緩めている最中だった。ああこれ、割とバレてるなと思うけれど、バレたところで痛くも痒くもないので素直に晴信を喜ばせておく。好いた相手の喜んだ顔なんていくら見ても見飽きないものなのだ。
ふと気付けば、晴信の椀もとうに空になっていた。それを片手に、鍋から煮込まれた具をよそっていく。宙に掲げていた椀から移った視線がばちりと僕の瞳に合う。互いの期待がかみ合うこの瞬間が、僕には面白くてたまらない。
「せっかく二人きりなんだ。それっぽいことしようじゃないか!……ほら、晴信。あーん」
素直にぱかりと口をあけてくれる晴信を見て、ついに我慢がきかなくなった僕は、そのまま噛みつく勢いで彼の口を塞いだのだった。