【晴晋】三味線コント

【晴晋】三味線コント


 カルデアには古今東西様々に生き、死ぬ間際まで駆け抜け、なお生きる物語たちがいる。俺の生き様もその一つのようで、信玄公だの信玄入道だの、やたら持ち上げる言葉も聞くようになった。

 それはそうだろう。やり切れなくとも、やるべきことはやったのだ。それが最善でないとしても、俺が選べた最適解だと信じている。

 それでも時折、零れ落ちたものに気を取られることはある。悪しきを成さずして、甲斐が富むことなどなかったのだ。


 べん、と響く音を聞いて、迷わず足がその音に向いた。ボイラー室から二室ほど離れたその部屋は、ストーム・ボーダーでは予約が必要な個室なのだという。耳に馴染んだ音に釣られて、彼我を隔てる戸をノックした。

「ん、誰だ?ああいい、わかってる。これは形式上ってやつさ!ぶっちゃけモニタに映ってる。いいよ、入りな」

 陽気な声とともにロックが外される。足を踏み入れてすぐに目に入ったのは温泉宿もかくやの前室つきの和室だ。シミュレーションとは違う、個人の設計に基づいた主室は三面を防音壁に覆われながらも愛用する人間の趣味を感じさせた。

「ようこそ当世の演場へ。かの信玄入道が宴席でそんな陰気な顔を見せるとか、そろそろ口説き落とすのも諦めたかい?」

「お前のその謡がどうにも耳に心地良くてな」

「口説きが少ないとは言ったが息を吸うように口説くんじゃない!!!」

 率直に感想を述べたところ、叱りの言葉とともにべしりと頭を叩かれた。理不尽だ。この男は気を持たせるようなことを言いながら、その一線を軽くも重くも自在に扱ってくる。

「ああもう、いいさ。もとより君に向けたモノじゃないが、まあ慰みにはなるだろうよ」

「慰められるような事柄などない。ただ、お前の音を聞きに来た。それだけだ」

「あのなあ、君、自覚ないのか?……いや、ないんだろうな。そういうヤツだもんな。いいから座っとけ。茶ならそこ」

 いかにも面倒くさそうに頭をガシガシと掻いて、高杉はまたあぐらに戻り、三味線に視線を落としていった。一曲前と比べると遅めの律に合わせて、骨ばった指が踊り出す。酒の場で漏れ聞く曲よりも音の動きですら幾分か穏やかだ。己で楽しむというよりは、聞かせ楽しませる音色は彼の練度の高さを十二分に伝えてきた。

 だからだろうか。気を抜いた瞬間に、何の前触れもなくぼたりと涙が落ちていった。一度緩んでからは際限なく、頬がしとどに濡れていく。己ですら律することのできない事態に、まず浮かぶのは困惑でしかない。

「……は?」

「流しとけ流しとけ。そういうのは流しきってから井戸の水でもかぶった方が後に残らないぞ」

 一瞬だけ視線をよこした高杉は、それ以降は何も言わずただ演奏に徹している。こちらと言えば、拭おうとした手すら封じられて、ただ涙しながら彼の音を聞くことしかできない。

 一曲分の涙を流し終えてため息をついた俺に、高杉はひひ、といたずらめいた笑顔を向けてきた。

「信玄公ですら感じ入らせるとか、僕の腕も捨てたもんじゃないな!」

「ああ、いい曲だった」

「だろ。もっと泣かせてやってもいいぞ」

 上機嫌にべんと一弾きする高杉の気遣いに、それならもう一曲、と俺は追加の茶を煎れることにした。


「ワハハハハハハー!!!ただの三味線じゃないぞ!晋作ストラーイク!」

 ちょうどキャスターとセイバーの混成相手だからだと共にレイシフトをした矢先のことだ。高杉の三味線から機関銃だのビームもどきの刃だのが飛び出すのを目にした俺の苦悩たるや、言葉を尽くしても足りないものである。

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