晴れのち甘味、ハレのち苦味
天童ウラキ、吶喊します!ミレニアムの外、モノレールから電車に乗って数時間。
西洋めいた伝統的な校舎が見える景色の下、ミレニアムのある生徒が歩いていた。
その歩幅は狭く、見慣れない風景の中をさ迷っているようにも感じられる。
周囲にドローンを引き連れ、隈のかかった目を擦りながら歩く彼女はミレニアムからの使者。
「トリニティで実地試験…先輩も人遣いが荒い」
ハレは、この学園を偵察しに来ていた。
「えーと…この辺だっけ」
先輩と呼び慕うチヒロが寄越した指示の元、テキパキとドローンやビーコンといった設備を展開していく。
トリニティ郊外の裏路地で周辺のセキュリティレベルのデータを集めるため、こうした機器を用いてチヒロが直接収集を行う段取りである。
「疲れた…」
慣れない野外活動ということもあり、普段の活動よりエネルギーを消費している。
彼女の丸いドローンに括り付けられたエナジードリンクをホルスターから取り出し英智の結晶を飲み込もうとするが、その缶は妙に軽い。
「……無くなった…はぁ」
どれだけ揺らしても液がぽたぽたと垂れてくるだけになった缶をホルスターに戻し、ため息をつく。
まだ飲まないと死ぬ訳でもないが、疲れきった身体は糖分を欲している。
裏路地の暗がりの中、涼しい風が吹いていた。
その風が、ハレに新たな知恵を与えることになる。
「………?」
設備を整え、少し休憩していた時のこと。
エナジードリンクの甘さが恋しくなってきたハレは、ふととあるゴミ箱に目が着いた。
何の気なしにゴミ箱に近付いてみると、人の気配。
その裏に誰かが隠れている。
自分のドローンを展開し、いつでも防御を取れるようにしてから、ゴミ箱に向かって話しかける。
「…誰かいる?」
「っ!」
ゴミ箱の裏から人影が飛び出してきたのを見て、すぐさまドローンに陣形を取らせる。
「ま、待ってくれ!私は敵じゃない!」
自分と同じような白い髪をした生徒は、どうやら銃を手に持っていない。
「あなたの名前は?」
「私は白州アズサ…珍しい事をしてる人がいたから、気になって見ていたんだ」
まあ、名乗ってくれたのなら悪い人じゃないだろう。そう判断してドローンを回収し、EMPプロトコルを実行する構えを解除した。
「私は小勾ハレ。ミレニアムのヴェリタス所属」
「ハレ、済まなかった」
「大丈夫だから頭を上げて欲しい」
思っていたより丁寧な人だ。頭を下げる彼女を宥めながら、仲良くなれないものかと考えていた。
「トリニティのことはよく分からない。コンビニはどこにあるの?」
お詫びと言わんばかりに設備の展開を手伝ってくれたアズサのお陰で、想定より早く仕事を終えることができた。
だったら早いところエナジードリンクが飲みたいハレは、アズサにそう問いかける。
「コンビニ…ここは学園から少し離れてるから、近くにあるかは分からない…すまない」
「いや、いいんだよ。ありがとう……エナドリが恋しい……」
流石にそれは仕方ないことだと思いつつ口から零れたぼやきが、アズサの耳に付いたみたいだ。
「エナドリ…?とは、なんだ?」
「ん…人が頑張るために必要な甘味、かな」
掻い摘んだ説明であるが、大体合っているだろう。
「だったら、私も同じようなものを持ってる」
「……本当?」
まさかアズサもエナドリを常に持ち運んでいるタイプの人間なのか。
期待で少し声色が上がるのを感じた。
「これだ。『砂糖』といって、舐めるといい感じになれる」
取り出したのは、小さな袋。
透明なそれに入っている中身は、それこそ砂糖のような白い粉。
「……ドラッグ?」
「違うぞ、これは本当にいいものなんだ」
思わず危ないクスリを疑ってしまうが、アズサの目は真剣だ。
「まあ、手伝ってくれたし受け取っておく」
「ありがとう、きっと気に入るはずだ」
クレームやリピートは設備を回収するときにすればいい。
アズサとモモトークを交換し、袋を受け取ってこの場を去った。
「……あぁ…」
その次の次の日ぐらいの事。
ハレは机からエナドリが消えたのを見て重く息をもらした。
いや、缶は大量に積み重なっているのだが、必要なのはその中身。
大人しく取りに行こうと椅子を立とうとした時、ある物が視界の隅に入った。
何時ぞや貰った、透明な袋。
その中には、確か『砂糖』とやらが入っていたはず。
袋を手に取って、開ける。
漂ってきたのは、まるで薬品のような重い甘さ。
それがまるで、愛飲しているエナドリの匂いのように感じた。
空いている手の人差し指を舐めて湿らせ、袋の中に入れる。
取り出せば、指の表面に『砂糖』がくっ付いている。
それを口に入れ、舌に乗せる。
「……あ、あぁ…?」
それはとても、とても甘かった。
流した涙は、苦かった。