普通の娘

普通の娘


虚圏に誘拐されたあたりを想定

父と娘の一幕


 その男を真の意味で父親と呼べる未来を思い浮かべることが出来なかった。

 それはたぶん、家族たちが父親について口を閉ざしてきたからだ。


「楽にしなさい。親子の交流でもしようじゃないか」


 先入観が無かったからだろう。撫子は突如として目の前に現れた血縁上の父親に対して、さほど構えすぎるようなこともなく対峙出来ていた。

 これでも尸魂界では良い奴だったらしい。優しくて強くて人望があって。でもそれは偽りだった。

 そのヤサシイトコロとやらもろくに知らない身からしてみれば突然現れた敵でしかない。この見解は石田たちとも一致するはずである。

 優しい姿を偽ってきた男は裏で糸を引いていた黒幕で、敵で、それから撫子の父親らしい。

 しかもどうやら撫子を娘として認知したのもつい最近らしく、それでだかなんだか知らないが無理やり拉致されてきてしまった。

 威圧感が強い。霊圧のせいだ。虚圏で、敵地のド真ん中で、部下を連れて、高いところに座っていて、足元同然の位置にいる撫子を見下ろしている。


「食事をあまり口にしていないそうだね。味が合わなかったかな」


 連れ去られて数日。普段食べているものに近いものが、おそらくは時間もきっちり決められて三食出されている。


「それに部屋にこもりきりとは。確かに子供の興味を引くものはないかもしれないが、少しは運動をしたほうが良い」


 外へ出ても良いといわれた。ただし護衛を付けなければ命の保証はないらしい。


「──返事をしなさい、撫子」

「無理やり連れ去っておいてすっとぼけてるんちゃうぞボケ」


 ああ? と、遥か頭上の胡散臭い真っ白男を睨みあげるのはひよ里によく似た威勢があった。

 いくら父親そのものを知らなくたって、この状況が到底親子と呼んでいいものではないことくらい分かる。

 隣に控えていた奴が殺気立った。そのせいでまともに立っているのがやっとなほどに膝が震えてしまうけれど、それでも、ここに来て現れた父親だという男に言ってやらねば気が済まなかった。

 母たちが、きっと耐え忍んできた百年だ。どういうふうに過ごしてきたかは撫子だって知っている。

 小さい頃は体調を崩しやすかった己にみんな揃って頭を悩ませていたことも、自転車に乗れるようになったことを喜ぶあまり危うく近所にバレかねないほどの大騒ぎをしたことも、制服を着てみせたら涙ぐんでいたことだって、家族と過ごした大切な時間だ。

 長い幼少期を撫子は覚えている。


「お前がホントにあたしのオトンやっちゅーんなら、まずはオカンに頭下げて許しを得るとこからやろ。んなことも分からんでなァにが親子の交流やっての」


 深々と溜息を吐いてやる。

 虚勢に等しい。怖くていまにも泣いてしまいそうだったし、大好きな母に何日も会えないままなのは辛くて寂しかった。

 それでも、殺されるかもしれないという恐怖はなかった。


「それは一般的な家族関係の話だろう?」

「はァ? あたしにオトンやって認められたいんねやったらオカンに一発ブン殴られて来いや」

「君が私を認める側だ、と?」


 当たり前やろ、と胸を張る。

 親は子を愛するものなのだと、娘は知っていた。

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