時行+玄蕃+直義、頭のおかしい直義派を添えて
※若たちが直義の二度目の都落ちに同行しているIF
直義派のモブの方たちが話の中に出ます
「やっぱあいつの配下、みんな頭おかしいわ」
目の前に現れるなりそう言い放った玄蕃に、時行は目を丸くした。
ことの経緯は、こうである。
時行が力を貸すと決めたとはいえ、室町幕府の中枢も中枢の元副将軍、足利の頭領と母を同じくする実弟、なんて立場の人間を信用するつもりは、玄蕃には全く無かった。
この動乱の経緯の複雑さは玄蕃も承知しているが、未だに兄に対しての忠誠を隠そうともしない男だ。兄弟であっさり和解して、こちらを刺してくる恐れだってある。
しかし同行する以上、ある程度の交流は必須である。
この先の道行きに何があるのか分からないのだから、お互いにある程度の心根は承知しておいた方がいい。
そう考えた玄蕃は、夕餉の席で少々議論を呼びそうな話題を振った。
わずかとはいえ酒が入り、気が緩んだところでこういった流れを作れば、思わぬ本音が聞けたりもするのだ。
「その議題が、『主人が可愛がっている犬が、何を血迷ったか主人に噛み付いている。主人は大丈夫だとこちらへ言っているが、どうする?』ってやつだったんだが」
「やけに具体的だな……」
「それで、普通は『主人の意を汲んで手を出さない』か、『後で罰を受ける覚悟で犬を引き剥がす』って回答になるわけなんだが」
「それで忠誠のあり方を問うわけなのか」
「忠誠っつっても、色々あるからな。立ち位置が分かった方がいいだろ」
「なるほど……」
いくつになっても自分の言葉に素直に感心してくれる主に苦笑して、玄蕃は続けた。
「『直義様の情けを賜っている分際でそのお手を噛むなど……! 切り捨てます』」
「という回答の部下がいたのか」
「『例え後で首を差し出すことになろうと、お助けするのが臣下というもの。切ります』」
「うん……?」
「『そもそも何故そんな恩知らずの畜生を直義様に近づけたのか! 犬を切った上でその犬の世話人も処罰します』」
「みんな迷わず犬を切るのか……」
「一択なんだよ……全員……おかしいだろ、普通は一人くらい主人の意を汲むって奴だっていていいだろ……」
時行は、普段から崇拝じみた忠誠を直義に向けている面々の顔を思い出す。
「……だが、納得はできるな」
何しろこんな無茶苦茶な道程に、喜んで付き従うような強者揃いなのだ。むしろ選別されきった先鋭といってもいい。
「例え話だって言ってんのに、みんな目がマジだったしな……やべえよ。あいつの配下、やっぱ頭おかしいわ」
心底げんなりとした様子で玄蕃がため息を落とす。
時行はその背を宥めるように軽く叩いて、労をねぎらった。
「どうでもいいが……何故その話をわざわざ私の前でする?」
時行のたき火を挟んだ向かい側に腰掛けていた直義に、玄蕃はきっと向き直る。
実は話の最初からいたのだが、ひとしきり二人の会話が終わるまで、口を挟まずにいたのだ。
「お前に教えてやってんだよ、お前の配下がいかにヤベーかをな! お前に何かあったら暴発するわ! 迷惑だからなんとしても五体満足でいろよ!」
それだけ告げて、玄蕃はすっと煙がかき消えるように姿を消した。
玄蕃は近頃、別に必要もないのにこうやって凝った退場をするのだ。
その度に『流石忍び!』と時行がはしゃぐのを分かっていて、主のテンションを上げようとしているのかもしれない。
「…………」
郎党の忍者仕草に満足げな時行をちらりと見やって、直義は何か言いたげにしていた。
「多分、玄蕃が言いたかったの最後の一言だと思うぞ」
「…………………………そうか」
眉間にしわを寄せ、そうか……そうか? と言いたげな直義を、時行は少しだけ愉快に思う。
時行たちだって、こうしてしばらく寝食を共にしていれば、直義がどこまでも実直な人間であることくらいは理解できる。
弱った体で道なき道を歩くこの男を、多少なりとも、気遣ったりもするのだ。
理性を高純度で抽出して人の形にしたような直義は、そういった微妙な機微――警戒の中に芽生えた理解とか、理解した故に沸いた多少の情とかいったもの――をいまいち理解できないのだろう。
珍しく疑問符を浮かべ続けている直義に向かい、時行はそろそろ寝ようと声をかける。
最近ではもう慣れてきた、就寝の合図だった。