時空迷子のゾロがドフラミンゴと別れるまでのお話

時空迷子のゾロがドフラミンゴと別れるまでのお話


積年の怨嗟が狂気を生む。

「天竜人の一家だァ~~~!」

「捕まえて吊るせェ! 火炙りにしろォ! 生かしたまま苦しませ続けるんだ!」

「天から報復の機会が与えられたんだ! ガキ二人はどこ行った! 探せ探せ!」

ドフラミンゴは弟の手を引いて必死に走っていた。

迫りくる狂気から逃れるために。

 

天竜人への恨みが積もりに積もった人々のドンキホーテ一家への執着は凄まじいものだった。

彼らはあちらこちらで、逃げ回るドフラミンゴとロシナンテを探していた。

曰く、今夜こそ天竜人への復讐をする。

曰く、ハンマーで全身の骨を叩き折り、吊るして火炙りにする。 

曰く、千本の矢で串刺しにする。

彼らに捕まったら最後、どんな末路を迎えるのかは想像に容易かった。

 

どんなに走り続けても、狂気や憎悪の声がどこまでも追いかけてくる。

もう逃げきれないか。捕まって死ぬよりもひどい目に遭わされるのか。せめて弟だけでも逃がしてあげたいのに。

ドフラミンゴの心が挫けそうになった、そのときだった。

「おい!コッチに隠れろ!」

路地裏から差し伸ばされた手に従い、ドフラミンゴとロシナンテは暗がりに転がり込んだ。

兄弟の姿を見失った民衆が遠ざかっていく足音を聞きながら、じっと息を潜める。

「……ふぅ、あいつら行ったみたいだな」

罠かと疑い、差し伸べられた手を振り払わなかったのは。

「お前らケガはねエか?」

この刀を下げた緑髪の少年が、国中から憎悪を向けられるドフラミンゴ達を迷いなく助けるような奴だと知っていたからだ。

 

 

「あ、兄上……、連れて行かれた父上は大丈夫かなぁ」

乱れ切った息を整えて、一息ついた後。ロシナンテがまず口にしたのは、父親の身を案じる言葉だった。

兄弟の父親は、唐突に一家の住むボロ家に押し入ってきた民衆に連れて行かれたのだ。彼ら異様な熱気に沸いており、「今晩こそ憎き天竜人への復讐を!」と狂ったように繰り返していた。その光景を遠目で目撃したドフラミンゴは、弟の手を引き逃亡したのだ。

「ち゛ち゛う゛え゛、ひどいことされてないか゛な゛あ゛」

俯いてボロボロと涙を零すロシナンテを、ドフラミンゴは無言で一瞥した。

ドフラミンゴは、弟のように父親を心配する気持ちはこれっぽちも湧き上がってこなかった。

そもそも、一家が地獄の底に叩き落されたのは、考えなしに権力を放棄し地上に降りた愚かな父のせいだったからだ。

母の死を経験したことも、父への情が薄れる原因の一つになっていた。

ゾロは兄弟の対照的な様子を暫く眺めた後、ロシナンテの頭を雑に撫でまわした。

「ロシー、泣くなよ男だろ! それにホーミングさんは、おれが見てくるから心配すんな」

そして何を言っているのかと問う前に、ゾロはドフラミンゴに袋を投げつけて来た。中を見ると、少量のベリーが入っている。

「足りねェかもしれないけど、これ渡しておく。お前、ロシーを連れてこの国を出ろ」

遠方の故郷からこの国に迷い込んできたゾロがお使いや手伝いをやって日銭を稼いでいるのは聞いていた。いつか故郷に帰る船に乗るために貯蓄をしていることも。

「お前、何言って!」

なぜ、このお金を今になってドフラミンゴに渡すのか、意味が分かってしまった。顔色を変えるドフラミンゴに嫌な予感がしたらしいロシナンテが、嫌々と頭を振りながらゾロの腕を引っ張る。

「ゾロも、ゾロも一緒ににげようよ!ダメだよ、ゾロ、死んじゃうよ……」

「心配すんなって!おれは世界一の大剣豪になるまで死なねェよ! きっと生きてりゃ、お互いまた会えるだろ」

そう快活な笑顔を浮かべるゾロに対して、ドフラミンゴは行き場のなくなった感情を持て余すように拳を握りしめた。

「お前に、お前になんか、守ってもらわなくたって! おれたちは……」

だって、こんなのはダメだ。

ゾロは、国中から憎悪を向けられる自分に普通に接してくれた。当たり前のように話しかけてくれた。たくさん喧嘩もした。母上が死んで塞ぎ込む自分の隣に黙って座ってくれた。

「大体なんでお前がおれたちを助けようとするんだよ!おれたちは世界中から嫌われてるんだぞ! なんで、お前は……」

きっと、ゾロは、ドフラミンゴにとって。

「ドフィは馬鹿だな。友達を助けたいって思うのに理由なんかいらねェだろ」

そう屈託なく笑うゾロを見て、ドフラミンゴは何も言うことが出来なくなってしまった。

 

 

壁に、人が二人吊り下げられている。

民衆は火炙りにされる二人を囲みながら、罵声を声高に叫んでいた。

憎き天竜人と、その天竜人を助けようとする裏切り者に今こそ報復したと、異様な熱気と興奮に浮かされていた。

吊り下げられたうちの一人は、父親だ。天竜人の立場を捨て、自分たち家族を地獄の底に叩き落し、ドフラミンゴの大切な人達が死ぬ原因を作った愚か極まりない父親。

もう一人は、知らない誰かだった。

緑色だった髪は火にあぶられて変色し、顔は大きな火傷が出来ていて人相の判別ができない。身体には矢が何本も刺さっていて、腰にいつも下げていたはずの彼の大切な刀はなくなっていた。

彼がそっと目を開けて、ドフラミンゴと視線があった。

その瞳の色だけは、ドフラミンゴが知っているものと同じだった。

ゾロの口元が少し動き、そしてそのまま動かなくなった。

 

その言葉の意味が分からなかったことと、自分たちが助かるためにゾロを犠牲にしなければならなかったことが、嫌で嫌でどうしようもなかった。

 

 

 

静かにこちらを見つめるホーミング聖の額に、ドフラミンゴは銃を構えた。

弟が「兄上! やめてー!やめてー!」と泣きじゃくっているが、ドフラミンゴはこの男を殺す決意を変えるつもりは一切なかった。

「全部、お前のせいだ」

世界で一番の権力を持っていた自分たちがこの世の地獄を味わう目になったのは。

母上が亡くなったのも、ドフラミンゴの初めての友達があんな死に方をすることになったのも、全部、目の前の男が悪い。

「おれは、お前のことを絶対に許さない」

あの後ホーミング聖は死に体で帰ってきた。恨みのある元天竜人をできるだけ長く生かして苦しめるために、民衆は命までは取らなかったのだ。

一方でゾロは帰ってこなかった。あのときに死んでしまったのか、海にでも捨てられたのか、今となっては遺体の行方も分からない。

「お前の首を持って、おれたちはマリージョアに帰るんだ」

そしてドフラミンゴは、弟の静止を振り切って、父親を撃ち殺した。

 

 

 

*ゾロは怪我無くシモツキ村にリポップしますし、落としまったはずの刀もちゃんと腰に戻ってます。リンチされた記憶はありますが、持ち前の鋼の精神力があるので別にトラウマになっていません。

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