時が満ちて
もう二度と理不尽な痛みや恐怖をあの子が味合わなくていいようにと願って育てていたのに。
浦原や四楓院を通じて尸魂界の情報は集め続けていた。その中で、修兵が院の六回生の時に藍染の計略に巻き込まれイヅルらを庇って消えない傷を顔に負ったとも聞いた。
けんせー、と舌ったらずで呼びかけてくる幼い声を忘れたことはない。
『痛いことや苦しいことがあったら隠さずに言うこと』を修兵に約束させて、それでも実際にはなかなか言えずにいた修兵がようやく転んだとか何処かにぶつけたとかそういうちょっとした痛みを泣いて訴えてこられるようになって間もなく俺は傍に居られなくなってしまった。
修兵!! 思いっきり叫んだはずの言葉が声になっていなかったのは幸いか、目が覚めて飛び起き、ドクン、ドクンと脈打つ鼓動を身体の全てで聞きながら、荒れた呼吸を整える。
「___ッ、――――ッ」
何かを、叫びたいのに声にならない。
こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。
なんのために、あの子を拾った?
幸せにしてやりたかったからだ。
痛みや恐怖や寂しさをその魂に刻み込むために出逢ったわけじゃないはずだった。
無力感に目を覆った手が、情けなく震えていた。
俺とあの日出逢ったことが、本当はあの子にとっていちばんの不幸だったのではないかと、そんなことすら思ってしまう。
ギリッ、と僅かに音がするほど歯を噛み締めて、呼びそうになる言葉を飲み込む。呼んでどうする?何もできないくせに。
「ねぇ拳西、」
「ロー、ズ、」
「夜中だけどさ、ちょっと飲まない?眠れなくてね、付き合ってくれる?」
「………、ああ…。」
こうなることは、初めてではない。
もう数えきれないくらい何度もあった。俺もローズもだ。
他の連中はたとえ起きていても入ってはこない。
「『月が綺麗ですね』、『死んでもいいわ』」
「は?」
「…これがね、風流なんだって。愛の告白で」
「何だそれは」
「どうやら、天上の美しいものをあなたと共に見たいということが、愛してるって意味で、あなたと共に見られたら死んでもいいわ、って答えるのが最上の愛の伝え方と答え方、っていう考え方が、…今はもう少し違うのかもしれないけど、ちょっと前はね、あったらしいよ」
「それがどうした」
「うん、馬鹿だよねって話。流石のボクもこれには同意できないかな。……大切な人とは一緒に生きて笑ってられることが最高に決まっているのにね。愛を確かめたのならそこから愛を育む時こそが本番なのに、思いを伝え、答える時点で天に昇ることを想定しているなんて、馬鹿だよ。どうして素直に、一緒に生きたいって言えないんだろうねぇ、どちらも…」
「……言っても詮無いことはあるだろ」
「そうだね、でもボクはね、拳西、」
ふと、ローズが笑みを引く。
「イヅルには生きていてほしいんだよ今度の戦い。たとえ僕がどうなっても、ね。それがもしかしたら今度こそあの子に、消えない悲しみを刻む結果になったとしてもだ」
「………、」
「君は?」
「……どう、だろうな。俺は自分が死ぬことは怖くねぇ。ただアイツが…、」
浦原達から修兵が院に入って間もなく俺と同じ69を頬に刻んだと聞かされた。
あの子は虚に襲われた時、俺に助けを求めただろうか。
それとも東仙にだっただろうか。
どちらにしても、俺が助けに行ってやれなかったことにはかわりない。
「修兵は生かすさ。そんで東仙のヤローに修兵に詫び入れさせて、その後、そこに俺の居場所が無くても構わねぇ。修兵がもう、泣かないで済むならな…」
「拳西がいないのに修兵君が泣かないなんてことあるのかな…」
「…あってもおかしくはねぇよ。百年は長ぇしな。お前だって解ってるから、さっきのセリフなんだろ?」
あの子達はもう、こちらのことなど、それほど深くは思っていないかもしれない。
そうなっていても可笑しくない時間が流れた。
時間が止まってしまったように、幼い姿のあの子の夢を見てばかりの、自分達と違って―――。
‡‡‡‡‡‡‡
けんせーだ!
倒れ臥した状態で意識を失わないために無理矢理開けた眼に姿が飛び込んできた瞬間、思ったのはそんなことで、自分が今どこにいてなんのために居るのか、そんなことすら忘れる。
ほらやっぱり、けんせー生きてた。
そろそろと重い腕を動かし、頬の数字に触れる。
しってたよ、だれよりもつよいこと。
「おれ、も…っ、」
強くなった。
頑張って強くなったから。
頑張る、から…。
「あなたには、たくさんのことを教えていただきました。本当に感謝しています。…だから今度は、教えて頂いた全ての技であなたの目を覚まさせて見せます。」
「目を覚まさせる?お前が私の?…そんなことを言わずに素直に言ったらどうだ、『修兵』、自分を欺き刺し貫いた私が悪いと。君の最も愛しい大切な人を奪った、私が憎いと!!」
「東仙…、さ、ん…、」
「君が私を憎んでいるように私が死神を憎むことがそんなに不思議なことか?綺麗事を述べる口で何を語ろうと無意味だ。その目には偽りしか映らないだろう」
「東仙隊長、俺は…、っ、」
親と慕った人からの指摘に、声が詰まる。たしかに図星も含まれていた。それでも…。
「俺は今でも、あなたを心から尊敬しています」
「お前を裏切り刺し貫いた私を?六車を裏切った私を慕っていると?……だとすればそれはただの醜い裏切りだよ檜佐木、他のだれでもない、六車拳西への!」
「―――っ、その、通りです。だからこそ俺は、あなたをここで止める。止めて、目を覚まさせる。そうしないとあの人がっ、…拳西さんが、貴方と戦うことになる。俺は…っ、あの人まで恨みや憎しみに囚われるところを見たくないんですっ」
あなたのように、という言葉は飲み込んだが、伝わったのだろう、東仙隊長が鼻で嘲笑う
「やっと少し正直になったが、やはり目も当てられぬ綺麗事だな、檜佐木―――。」
‡‡‡‡‡‡‡
あの男を見た時、返す時が来たのだと思った。あの子をあの男の元へ。
皮肉だな…。
クッ、と誰にでも何にでもなく嘲笑う。
生きればこの子はあの男の元へ帰る。
この子を私のモノのまま、連れて行くには殺すことだ。
「俺は今でも、あなたを心から尊敬しています」
「お前を裏切り刺し貫いた私を?六車を裏切った私を慕っていると?……だとすればそれはただの醜い裏切りだよ檜佐木、他のたれでもない、六車拳西への!」
「―――っ、その、通りです。だからこそ俺は、あなたをここで止める。止めて、目を覚まさせる。そうしないとあの人がっ、…拳西さんが、貴方と戦うことになる。俺は…っ、あの人まで恨みや憎しみに囚われるところを見たくないんですっ」
やはりだ。
寄り添ってほしいなどと言う気は元よりないが、この子は六車隊長のために行動している。すでに、この子自身が憎しみに捕らわれている。
ここで生きたとしても、まっすぐなこの子はいつか真実に辿り着き苦しむだろう。
いつか君は私の孤独を、霊王の孤独を、血の歴史を知る。
私を慕ってくれているという言葉に偽りが無いのなら尚の事…。
終わらせよう、全て。
君も、君の大切な人も、…私も、全てだ。
もう解放されよう、この醜い世界の全てから。
そのための時が、きっと満ちたのだ。
私とあの男の因縁も君の百年に渡る悲しみも苦しみも、全てを終わらせるための…。
‡‡‡‡‡‡‡
さがしたつもりもないのに修兵のことはすぐに見つかった。
「挨拶したい奴おるか?」
真子の言葉にリサが素直に動いた。
「…………」
「…………」
ローズと目が合うがどちらも動かなかった
「ええんかお前ら」
「…ああ、いい。全部、終わってからだ」
ひよ里からの確認には短く答えるだけにしておいた。
「ゴメンね拳西、ドジ、しちゃった。」
「全くだ。忠告聞かずにやられやがって」
「そのこともだけど、…私がドジしたせいで拳西、要と修ちゃんのとこ、なかなか行けなくなっちゃったから…。」
「……」
「ゴメンね…。」
「後でもし必要だと思ったら修兵には謝っとけ」
「…うん。でももうひとつ、ごめん」
「なんだよ」
「最近拳西が怒るの修ちゃんのためばっかだったから、私の敵討ちのために怒ってくれるの嬉しいなぁって。えへへ。」
「……百年前のどこが最近なんだよ」
「…修ちゃんはまだ小さいから百年は長いだろうけど長く生きてるとその程度最近になるよ」
「修兵はもう大人だし、俺もお前もまだそこまでじゃねえだろうが」
「そうだけどね。でも、嬉しいのは本当。でね、拳西、大丈夫だよ」
「何が」
「白がずっと、要を許さないから。…皆が許しちゃったら衛ちゃん達が可哀想だもんね。私は要を許さないから、拳西はいいよ、修ちゃんと一緒に、要を許しちゃっても」
「……許せるわけねぇだろ」
「うん、それも知ってる」
「グダグダしゃべんのはこの辺にして寝とけ。俺はあの餓鬼にゲンコツくれてやる」
白はこの戦いを生き延びた場合の話ばかりする。楽観的過ぎると思わなくはないのが正直なところだが、来てほしくない未来の話などしない方がいいのだと今になって思う。
修兵が居た。
ほんとうに大きくなった。立派になった。
百年間も離れていたのに、何故か解ることがある。
あの子はもう自分から、俺の傍に居たいとは望まないだろう。
東仙と過ごした時間が長すぎる。
たけど俺の傍にいたいと言わないのはそれが直接的な原因じゃない。東仙が助かっても死んだとしても、東仙に仕えた以上は俺の傍に居る資格はないと考えるからだ。
だけど修兵。違うんだ。
正直になろう。
俺はお前の傍に帰りたい。
時が満ちる
もう一度始めるための―――。