昼寝の記憶

昼寝の記憶


幼い頃の記憶と言えば、と修兵が回想する度に浮かぶのは執務室で眠った昼下がりの光景だ。一人の留守番も慣れたものとは言え幼さ故に寂しく思うことはよくあり、耐え切れなくなるとひとりで九番隊の隊舎に向かったものである。拳西はしょっちゅう来たら駄目だって言ったろと諌めながら、それでも追い返すようなことはしなかった。いつも紙と墨の匂いがいつも漂う執務室で、拳西の膝に乗って書類に筆が走るのを眺めていたように思う。八つ時になれば白が騒ぎ出して菓子が出され、或いはそろそろ来ているかと思ってと京楽や浮竹が訪ねてきては修兵に飴玉や饅頭の類を与えてくれた。

そうして満腹になれば長椅子の上で柔らかな毛布に包まれてぐっすりと眠る。養い親として深く慕った拳西の気配を感じながら落ちる眠りは至福そのもので、今もそれを思い出す度に修兵は胸にあたたかなものが広がる感覚を覚えて笑うのだ。



九番隊の執務室は、あの頃と全く変わらない。細々とした調度品はいくつか新しくされてはいるが、長椅子も机もそのままだ。あれだけ広く思えた長椅子はかなり窮屈に、あれほど大きく感じた机も今は丁度良い。よく修兵の身長を知りたがる笠木や藤堂が目を細めて大きくなった、と笑う意味がわかるような気がした。

思い出に浸る時間の余裕と、柔らかな陽射し。思わず小さな欠伸が漏れて、一瞬きつく目を閉じる。滲んだ涙を指先で拭って顔を上げると、丁度衛島と目が合った。

「……衛島四席?」

「いや、もうこんな時間か、そろそろお昼寝の時間だと思って」

「は……ええっ!?」

素っ頓狂な声とともに思わず仰け反る。違うのかい、と笑う彼に違いますよと叫んで視線だけを室内に走らせ、修兵は味方が居ないことを悟った。本日非番の藤堂と白は除いてここにいるのは笠木と東仙。笠木は俯いて方を震わせているし、東仙は頑是無い子を見るようにして微笑んでいる。衛島は完全に面白がっている顔だ。

「そ……んな歳でもないですよ!昼寝とかそんなん、もうガキじゃないんですから!ただ天気がいいからちょっと眠くなっただけで……!」

「隠さなくてもいいよ、檜佐木」

「東仙五席まで何言ってるんですか!?違いますからね!?」

失礼な態度と思いながらも手のひらで机を数度叩き抗議の姿勢をとると、丁度その時に執務室の扉が開く。うるせえぞ、との一言とともに姿を現したのは拳西だ。

「六車隊長!」

「おう。外まで声丸聞こえだぞ。衛島、あんま修兵をからかってやるな」

「申し訳ありません。つい」

言葉だけ聞けば拳西は修兵の味方なのだけれど、生憎その口元にはなんとも悪そうな笑みが浮かんでいる。何となく嫌な予感がする、と恐る恐る拳西を仰ぎ見ると、彼は修兵の目の前までやってきた。

「別に昼寝したって構わねえぞ?」

「構ってくださいよそこは!しませんってば!」

「馬鹿、真剣な話してんだよ。最近根詰め過ぎだって言ってんだ。休め」

隊長命令、と言い放たれて一瞬思考が停止する。

「……普段そんな言葉使わない癖に」

「そりゃお前普通に俺の指示聞くからな。こういう時は聞かねえが。……久しぶりの昼寝の時間だ、嬉しいだろ。分かったら寝ろ」

「わかりませんけど……」

だってまだ仕事時間中ですよ、と小さく悪態混じりの抗議を零す。流れた無言の時間に怒らせたかと俯いたのも束の間、頭上から降ってきたのは楽しそうな拳西の笑い声だ。

「なんだ修兵。子守唄か添い寝がないと寝られねえのか?」

「ああ、成程。好きでしたもんねえ、あれ」

「何でそうなるんですか!いりませんよ!?……ああもう……!」

がたん、と椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった修兵は熱い頬を手のひらでぐいと撫でる。確実に情けない顔をしている、という自覚はあった。

「半時だけ寝てきます!起こしてくださいね、拳西さん!」

「おう、いい子で寝てろよ」

「〜〜〜〜っ!」

答えは放棄し少々乱暴に扉を閉めて、修兵は喉の奥で唸る。相変わらず子供扱い、と愚痴を吐き出して仮眠室へと足を向けた。窓の外の陽射しは冬とは思えないほどやわらかく暖かい。よく眠れそうなそれは、拳西達から向けられたあの優しい視線によく似ていた。






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