昼下がり
現世に逃げ延びたと思ったら妊娠が発覚して、つわりが始まったかと思えば身体を起こすこともままならなくなり、ようやく自力で座れるようになった頃にはとっくに腹が膨れていた。ちょっとだけ勿体無いなァと思いつつ、背もたれに背を預けてぼんやりと外を伺う。
郊外にある打ち捨てられていた家屋をどうにか使えるようにして、そのうちの一室を割り当てられている。オレの意識が安定する頃にはとっくに堕胎を選べる時間は過ぎ去っていて、もうすでに産むより他に選択肢は無くなっていた。
まァ、堕すか産むか選べと問われていたとしても、産むと答えただろうけど。
「平子サン、お久しぶりですねえ」
「おー、喜助やん。久しぶりやなあ」
「どっすか?調子は」
「ぼちぼちやな。最近は歩くくらいならできるようになったわ」
検診、と言ってもコイツもまた、オレと同じくらい妊婦の知識はない。加えて虚化という要素まで加わって。誰も彼も、何もかもが見様見真似、手探りだ。ただ、産まれてくる子がどうであろうと対応できるのはコイツくらいなものだろう。
「……産んで、育てられるんスか?」
「それ以外に選択肢あるんか?」
「まあ誰も想定してない出来事ですから……もしかしたら、産まれることにすら耐えられないかもしれない。子供も、アナタも」
「せやなあ」
ただまあ、やるしかないのだ。どっちみち。
「なるようになる、としか言えんな、オレは」
「平子サンは、今は死なないことだけ考えてください。それ以外は全部アタシらが請け負います」
「頼むわ」
「……とはいえ、産まれたときには既に亡くなってる可能性もあるんスけどね」
「縁起でもないこと言うなアホ」
スパン、と頭を一発はたく。体調はまだ悪いとはいえ、この程度なら問題ないらしくいい音が鳴った。
多分コイツは言外に『育てたくないなら殺すことも厭わない』と言いたいのだろうが、余計なお世話というものだ。それに直感でしかないが、腹の中にいる子供は二人揃っていい子であるような気がするので。
「名前とか考えてたりするんすか」
「産まれてから考えるわ」
「そんなもんなんですか?」
「オマエも産めばわかる」
「ボクは男っすよ……」
「分からんよ、男でも子供産むかもしれん」
このあと、コイツは本当に二児の父親になるのであるが、それはまたもっと後の話である。