星の化身と不殺の蛇

星の化身と不殺の蛇


 満月の浮かぶ雲1つない空。その下に広がる暗い森の中、何の前触れもなく『あるモノ』が顕れた。

「……?―――ああ、またか。またなのか」

それは一瞬ながら解せないと顔をしかめたが、すぐに自身が置かれている状況を把握し溜め息を吐く。

 「カルデアのレイシフトも不安定でよく事故や異常が多発するが、我が単独顕現もこうして稀に“位置ズレ”が生じるのは玉に瑕だな……」

 自らの次元を越えて移動する権能の欠点に愚痴を溢すその者の名は藤丸立香――否、それは数ある偽名の一つに過ぎない。

その者の正体はヒトではなく、地球が人類史と星の記録、そしてとある遊星の尖兵の存在情報を掛け合わせた事により誕生した星のアーキタイプにして最強種。

 究極の一――アルテミット・ワンと呼ばれる存在。その本来の名は【タイプ・アース】である。

 ……なのだが、そんなアルテミット・ワンがどうしてこんな森にいるのか。彼には単独顕現と呼ばれる超権能があるのだが、普段の様にそれを使って予めマーキングを付けた上で目的の時代に行こうとしたまでは良かった。

しかしあろうことか肝心の顕現先にバグが発生し、その結果時代どころか時空をも飛び越えてしまい今に至る……という訳だ。

 「まぁよい。なってしまったものは仕方あるまいからな。元いた世界へ戻れる手立てが見つかるまでは、今しばらくこの世界を散歩させてもらうとするか」

 少々落胆していたもののすぐに切り替えて行動を開始するアース。

そのまましばらく深い森の中を歩いていると、ふと何者かの気配を感じ取る。

 (?この方角に何かいるな。……随分と“クサい”が)

 十中八九この先の奥にそれはいるのだろうが、今の位置からでも感じられる強い『穢れ』にアースは不快感を催す。

それでも躊躇う事なくその先へ歩を進ませると―――前方に誰かが焚き火をして暖を取っているところを目撃する。

そしてそれを見たアースはすぐに異常を察知した。

 (……! 何だ?あやつ――ヒトではない?)

その者は深い紺色の中世風の外套を羽織っており、黒のパーカーに短パンと格好だけなら外套を除けば現代チックな装いをしていた。

だが、まず纏っている雰囲気が違う。姿カタチのガワだけならば人間だが、このむせかえる様な呪いの臭気は間違いなく死徒のそれ――しかもアースが元いた世界のどんな上級死徒よりも存在規模が上の怪物だった。

 (最初に迷い込んだ時点でここが朱い月めの影響が強い世界であると理解してはいたが……並みの幻獣より遥かに強いのではないか?)

 これほどの規模となると存在するだけで周囲に呪いを振り撒き、生命体の繁栄しない領域に変えてしまうだろう。例え当人にそのつもりがなくとも。

 (であるならば、これは見過ごせたモノではないな)

 例えここが別の時空とて地球である事に変わりはない。ならばここは星の代弁者としてこの場であの死徒を世界の毒として粛清すべきだろう。

そう判断したアースは改めてその死徒に近づき、まずは声を掛けた。

 「……おい貴様、死徒か?」

 「―――え?」

 いきなり話し掛けられた為か、それとも瞬間的に正体について言及されたからか、或いはこんなところに自分以外のヒトがいるとは思わなかったからか、酷く驚いた様子で恐る恐るその死徒は私の方を向いた。

「…あの、誰、ですか?それに今、なんて……?」

 「貴様は死徒なのか、と聞いたのだ。三度は言わんぞ―――答えよ」

 その時、アースは瞳を海の如き蒼に煌めかせてその死徒を威圧し、確認を問いかける。

 「っ……!?」

 その威圧を受けた瞬間、死徒は全身の細胞が恐怖で固まるのを直に感じた。目の前にいるのが生物として、存在としての根本的な『規格』が違うと強制的に思い知らされる。

“素直に答えないと確実に死ぬ。不死だろうと関係なく、間違いなく死んでしまう”――そう直感した彼女は、恐怖で半ば硬直している喉から無理やり声を出して返答する。

 「……は、い。私は、エレイシアと、言います」

 「ふむ、やはりか。して、それが貴様の名か。まぁもっとも死徒の名など聞くに値しないがな」

 エレイシア。そう名乗った死徒にアースは冷淡にそう吐き捨て、そして自身がこうして彼女に接触してきた理由を口にする。

 「この森を歩いているところ、偶然貴様を見つけたのだが……気づいているか?貴様自身の纏うその呪いは強すぎる事を。それは周囲を汚染し、やがて世界を侵食する劇毒となる。よって私はそれを阻止するべくこうして貴様に近づき、眼前に現れたのだ」

 「……それは、つまり?」

 恐怖に苛まれつつその先を促すエレイシアに、躊躇いなくあっさりとアースは言葉を続けた。

「つまりだ、貴様を今この場で粛清する……もっと直接的に述べると――殺しに来た」

 それを口にした瞬間、森中の生き物が身を潜めた。どうかその殺気が自身に向けられる事が無いように。そう本能的に祈った。

 そしてその殺気をその身にゼロ距離で受けている死徒……もといエレイシアは、気がつけば地に頭を着けて懇願していた。

 「どうした。まさか命乞いのつもりか?」

 「……はい、お願いです。今は、まだ、殺さないでくれませんか…?」

 臆しながらも彼女はアースの問い掛けに肯定する。

 「……ふむ、本来であれば無駄な戯言と切り捨ててその存在を末梢しているところだが……今はまだ、と言ったな?」

 エレイシアの言い分にアースは少しばかり気になるものがあった。

 今はまだ、という事は即ち自分が殺されるべき存在である事そのものは自覚し容認しているという事であり、そしてそういう言い方をするという事は『殺されるその前にやり遂げなければならぬ事がある』という意味にも取れる。

 「良かろう、申してみよ。“今はまだ死ぬ訳にはいかない”――そう宣う貴様の事情を我が耳に聞かせる事を許す。殺すか生かすかはその後で裁定してやろう」

 故にアースはこのエレイシアという死徒の背景が少々気になったので、戯れに聞いて上げようと判断した。

 「!………わかり、ました。では、まずは―――私の過去からお話します」

 そこから彼女は懺悔する様に自らが歩んできた地獄の人生をアースに語った。ロアという吸血鬼に目覚めて不本意に多くの人を殺めてしまった事、アルクェイドに殺されてからも肉体が吸血鬼のまま変わらなかった事、聖堂教会という組織機関からひたすら身を隠して逃げ続けている事、吸血衝動に苦しめられる度に自分の血を大量に飲んでそれをギリギリで安定させている日々を何年も送っている事。

そして――自らをこんな怪物に堕としたロアを殺し、その後でノエルという代行者の女のもとへ行き自ら処刑を受けると考えている事。

 「………………」

 「ですから、まだ私は今ここで死ぬ訳にはいかないんです……!せめてロアを殺し、あの男との因縁を絶つまでは……何があっても、死ねないんです……!!」


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