明日ありと思う心の仇桜

明日ありと思う心の仇桜


ロレンツォが刺されて死んだ。

その日は蒸し暑い熱帯夜だった。


***

付き合って5年になって、プロポーズの準備をしていた。

スナッフィーの夢を手伝い終わって、燃え尽き症候群じみていたアイツを自チームに引き入れた。どうやって?俺の力で。

あの時もそう、アイツは自身の価値をいつも見誤っているバカなヤツだった。

フィレンツェのゴミ捨て場から這い上がってきた事を自分から積極的に言ってくるようなヤツではなかったから。

告白して数度目にようやくOKを貰えて。

酒の入った状態で10回は超えるくらいには告白したと思う。でも、ある日。いつも断る理由を聞いてみたら曰くシラフの状態で言って欲しかったようで。

そうして、シラフの状態でみっともなく縋ってお前しかいないって告白をした。

俺ドイツ人なのに。告白文化ねーのに。

イタリア人ってばクソ慎重すぎんだろ。

いや、今思えばロレンツォが自身のことで負い目を感じていただけか。

5年、この5年で色々あった。

ブルーロックで対戦もした。

存外寂しがりなアイツに会うためにその日の夜訪ねたら全然凹んでなくてムカついた。

初めてのSEXも一悶着があった。

いやいや俺が上だろ?!なんて攻防戦をしたりもしたけど、抱きたいって目を見ながら言ってグリグリと押し付けたらあっさりと没落した。にゃんにゃんとあえやかに低い声で鳴いてきて、俺しか見なくて、キュンキュン締め付けてきて。可愛かった。愛しかった。

………そのSEXの後にポツポツと過去を聞いて、ハジメテじゃない事も春を売っていた事も知った。

「初めての男じゃなくても構わない。

俺を最後の男にしてくれ。」

とピロートークでギュッと抱き寄せたら腕の中で震え始めた。俺にはそのつらさを知る資格が無いと思っていたから。暴くなんて無責任な事はできなかったから。

その晩は、寂しがりで傷だらけなのにヘラヘラとなんでもないように笑うガキを寝かしつけたものだ。

アイツは移籍した後はドイツのこぢんまりとしたマンションに住んでいて。

セキュリティが足りて無いんじゃないか?とかぐちぐちと文句を言っていってやった。(一緒に暮らしたかったから面食らった仕返しとも言う)

ケラケラと笑ってきた後に「俺を訪ねるヤツなんてミヒャとスナッフィーくらいだよ。あとはゴシップ目当ての張り込み記者とか?」とのほほんと言ってきたお前に「………新世代世界11傑のCBとして有名な自覚が足りないんじゃないのか?」で済ました俺を殴りたい。


付き合って5年が経って、プロポーズをしようと思って指輪も買った。

プラチナにしようかと思ったけど、お前の金歯に似てるなぁと思った純金のいかちぃヤツにした。 

きっといかちぃよミヒャなんていつもの歯をニィっと見せて笑いかけてきながら幸せそうにはめてくれるだろうななんて妄想力逞しい想像をして。

『明日空けておいてくれ。大切な話がある。』なんていかにもな文面でハードルを上げておいた。

コイツはサプライズも好きだけどあれこれ想像するブラックボックス的遊びも好きだから。

『OK』っていうコイツのお喋りな口とは裏腹にいつもの淡白な文面を見てにやけてしまった。

でもその数分後にポンって送ってきた『俺も話がある』って文面を見て、耐えきれなくて笑った。

なあロレンツォ、どういうプロポーズがいいかな?お前はみっともない俺が好きでクソ趣味が悪ぃからな。

今回は良いところ見せてやりたいんだ。


**

ロレンツォが刺されて死んだ。

その日は蒸し暑い熱帯夜だった。

朝1番の電話で叩き起こされて、出てみたらアイツの養父であるスナッフィーからだった。

内心安眠を邪魔されてイラつきながらも出たら嗚咽を抑えながら極めて手短に「ロレンツォが死んだ」と伝えられた。

急いで着の身着のままで病院に行った。

暗くて冷たい場所に連れて行かれて、亡くなりましたって医者に念入りに言われて。

俺ってこんなに冷たい男だったのか。

涙の一つも出やしなくて。

そうやって固まっているとスナッフィーが抱きしめてきて。

気持ちはわかるって言われて。

分かるってなに。分かるワケないだろお前に。

「どう、して……」

何故なのか問うたら犯人は見つかっていないなんて言われて。

ネット記事にはもう死んだ事も全て書かれてて早いなぁと思ったし、俺とスナッフィーがその白くて大きくて無機質な病院に留まっていると30分後にはあっさりと刺した犯人が捕まったって連絡がきた。

誰に刺された?血縁上の父親。

どうして刺された?金の無心。

なんで。なんで。どうして。

ふざけんな。なんでだよ。

俺を慰めようとしたスナッフィーに「今日、プロポーズする予定だった……」って告げたら目を見開かれた上に更に表情を曇らせて泣かれてしまって。

滅多刺しにされてぐちゃぐちゃになったロレンツォの死に顔を見たくなくてその後の記憶は朧げだ。


次の記憶は3日後の葬式。

現役サッカー選手なのに、寂しいくらいにこぢんまりとしたモノにした。

何故かって?

………アイツの死と、父親が殺したというあまりにも刺激的なスキャンダルはこの3日でゴシップとして消化され尽くされた。

散々色々と有る事無い事言われて、スラム育ちという過去も全て暴かれて。

そして、売春をして日銭を稼いでいた事も昔買ったという客のインタビューから全部全部掘り尽くされて。

それが早くも出回ると父親を誘ったんだ!だのとまた言われて……コイツの死に、皆一様に群がってしゃぶり尽くして。

死んだ後なのに死体蹴りをしやがって。

悔しい。どうしてあの日の夜に会わなかったのだろう。

悲しい。悲しいのに何故だか涙は出ないんだよロレンツォ。

虚しい。心の穴がポッカリと開いたようだ。

いつもはロレ公とカイザーは不釣り合いだの散々とギャンギャン吠えていたネスは号泣していて。

そうだよな、お前存外可愛がられてたもんな。

クソXゴリラはあの逆立てた髪を下ろして下を俯いてて。

やっぱり仲間意識あったのな。お前狼なのに。

皆俺とロレンツォが付き合って、存外プラトニックな純愛を営んでいた事を知ってるからか気を遣って話しかけに来なくて。

焼いてる時に隅っこの方でぼぉーっとしてたら喪主のスナッフィーが話しかけてきて。

半分無気力だったのにロレンツォという単語を聞いて背筋を強張らせてしまった。

そもそもこれはロレンツォの葬式なのにいまいち実感が無くて、棺の中身をどうしても吐きそうになるから最期なのに見れなくて。

「ロレンツォから……、君にって」と俺の髪色のようなプラチナに、俺の目のような青いサファイアが埋め込まれた薔薇モチーフのネックレスを握らせにきて。

「ロレンツォも、プロポーズ、したいって言って、て……」

バカなのかロレンツォ。俺の要素マシマシで一つもお前の面影残ってないじゃないか。

バカじゃないのかロレンツォ。青薔薇は夢叶うって、奇跡って花言葉なんだぞ。

俺はタトゥーを見るたびに、好きな花を見るたびにお前の事を思い出す呪いをかけられたのか。

ロレンツォ、会いたいよロレンツォ。会いたい。

そう思うとポロポロと初めて涙が溢れてきて。泣いてるスナッフィーから背中をさすられて。泣いてるネスに手を握られて、泣いてるチームメイトやブルーロックスから慰められて。

やめろって言おうとしても引き攣った声しか出なくて。暖かいけど悲しいよロレンツォ。

見ればよかった。

最後に死に顔見てやればよかった。

ゾンビなんだろ???土葬でもしてやればよかったのに。

「お前は何か貰ったのか?」と嗚咽混じりにスナッフィーに聞いた。

「………ロレンツォのサッカー人生の年俸のほぼ全てが入った通帳」

と喉の奥から絞り出すような声で言われて。

通帳、年俸、金。

そうだった。アイツは銭ゲバと思いきや実はわりかし節制家だった。

あぁ、虚しい。

虚しい。

そんな。そんなはした金がお前の代わりになると思っていたのかよロレンツォ。

なあ、ロレンツォ。

仇なんて取られても困るってきっとお前は困ったように笑うだろうから、こんなにこんなにこんなにも殺したいほど憎んでいる相手を殺せないんだ。

『L'amore è una bellissima rosa rossata senza un ragione apparente.』

なんて言うけど、お前の中の薔薇は青くて気まぐれと思いきや打算的で。

お前の存在全てが俺の目に、鼻に、耳に、口にこびりついていて。

「アイツの父親を殺したらアイツは報われるか?」

「ロレンツォは、君を思って泣くだろうね。」

あぁ、虚しい。


『明日ありと思う心の仇桜とは』

桜の花が明日もまだ咲き誇っているだろうと思っていると、夜半に嵐が吹いて花が散ってしまうかもしれないという意から、世の中や人生、いつどんなことが起こって、 どうなるかわからないということ。 人生の無常を歌ったもの。



Report Page