早朝はめっちゃ寒い
それは唐突に訪れた。
理由もわからず体に染み付いた習慣のまま続けていた、早朝の料理。弟を名乗る男が自室から出てくる前に片付けてしまおうと、手早く完成した炒め物の味見をしていた時だった。
「…まあ最初の炭に比べれば上出来だな。これならあれに食わせても——」
——今、俺は何を考えた?
「何、だ?」
突如虎杖宿儺の脳内に溢れ出した、16年間の記憶。
大部分を片割れの顔が占める記憶の奔流から宿儺を引き戻したのは、手をついた水切りから落ちたコップが床で割れる音だった。
「…ゆう、じ。悠仁ッ!」
キッチンから弟の部屋まで駆ける。さほど離れていない距離にある扉が、今は遥か遠くに思えた。
ノックもせずに開け放った先には、身支度を整えるところだったのだろう制服を手に持つ弟がいた。
「えっ、宿儺…どうしたん、俺うるさかった?ごめん、静かにする。ごめんなさい」
こちらを向きカタカタと震える弟に、真っ先に浮かんだ感情は怒りだった。ふざけるな、何故そんな目で俺を見る。
ついには視線を逸らし床に蹲る弟へ大股で近寄る。守るように頭を抱える腕へ掴みかかるが、頑なに抵抗し顔を見せようとしない。
「離して、謝るから。ごめん。また俺が何かしたんだよな」
「うるさい、いいからこっちを見ろ」
「俺、馬鹿だからわかんないんだ。怒らせてごめん、教えてくれたらちゃんと直すから」
「こっちを見ろと言っているだろう! 愚弟!」
力ずくで引き剥がした腕の下にあったのは、弟が初めて見せる青ざめて怯えきった顔だった。…初めて?
違う。この六ヶ月、毎日のように見ていた。
些細なことで謝る弟に、俺は何と声をかけた? ふいに持ち上げた腕から己の頭を庇う弟に、俺はどのように接した?
「ごめん…お願い、嫌わないで」
「…俺がお前を、嫌うわけないだろうが」
急速に萎んでいく怒りの後から湧いてきたのは、身を凍らすような恐怖だった。