日落つれども星見えず

日落つれども星見えず


「久しいな継家、元気だったか?……まあお前が元気な日など存在しないだろうが」

「相変わらず人を不快にさせることだけは得意らしいね、従兄殿は」


年末年始の際には歴史ある貴族として祭事があり、否が応でも本家へと赴かねばならない。

辛うじて親交のある時灘も死に損ないの木偶人形であった私をせせら笑いながら話をするのでどうにも気分が悪かった。

そんな時は何時だって屋敷の中央にある大きな書斎へと足を運ぶ。

歴史を司る家系なだけあってその書架の数は甚大であり、幼い時から本家に用がある際は立ち入っているが一向に読み切る気配は見えない。

四大貴族の権力をいい事に無理やり歴史を捏造改変した記録や、陰湿な所業が詰まった手記などもあり、その一端を読み解くことに悦びを感じてしまうのもまた血筋のせいか。


「何だこれは……?」


私はその時、本棚の奥に眠っていた小さな手帳を見つけた。見つけてしまった。

その手帳は古ぼけており、中身の文字も走り書きで清書された気配もなく覚え書き程度のメモのようだった。しかし、その文字列に目を通していくにつれ私の心は高鳴り、冷や汗が滲み、紙を持つ手が震えた。


それは恐ろしい実験記録で、常人が読めば気でも可笑しくなるのではないかと思うほど狂気と恐怖に満ちている。

荒れた筆跡がこの内容が嘘八百ではなく真実であるということに臨場感を持たせ、まるで追体験しているかのようであった。


書かれた時代は恐らく死神による滅却師殲滅が行われる200年よりもはるか昔。

もはや顔と胴体しか残されないほどに細かく解体したというのに、尚も綱彌代家は霊王を恐れていた。

三界の楔にした報復を、自らの身体を散り散りにした御礼参りをされるのではないか、と。

そんなに恐れるのなら最初からやらなければいいのに、と私は思うが、それ程三界に分かたれる前の世界は混沌で満ちていたのだろう。

霊王の意趣返しに怯える綱彌代家の前に、とある天啓が降りた。

新たな霊王を作れば良い。それも綱彌代家に従順で、扱い安いものを。

その時偶然にも元純血滅却師と霊王の欠片持ちの死神間に子どもが産まれる。綱彌代家はすぐさまに親を謀殺し、子どもを半ば無理やり引き取った。

その子どもの名前は墨か何かで塗り潰されていて、最早解読することは不可能だ。

そして子どもの霊王適正を引き上げるために様々な実験を行った。

この記述のなんとまあ惨いことか。


魂魄に無理やり現世や尸魂界の者から剥ぎ取った霊王の欠片を埋め込む。

当然拒否反応が出るので適応させるために薬品を投与したり、回道で強制的に治癒したり、逆に痛みを与えることで安定させたり。時折ページに赤黒い液体が滴り落ちた痕跡があり、その場で取ったメモだと推察できる。


滅却師の力を引き出すために限界を超えた霊子操作を行わせ、拒否すれば直ぐに拷問を行い、両親の親族を人質にして鍛錬を行わせる。


捕らえた親族の中から死神適性が高いもの魂魄を抽出し子に喰らわせる。必要も無いだろうに親族の命乞いの声もしっかり録音して本人に聴かせたようで、実験者の趣味の悪さが滲み出ている。


霊王適正の確認のために定期的に身体の一部を切除し、再度修復する。どうやら子どもは切除した部分は接着したにもかかわらず頻繁に幻肢痛に悩まされていたらしい。その苦しむ声すらもきちんと記録が取られており、書き手の趣味の悪さを感じさせる。


そして最後には身体も魂魄も歪に捻じ曲がった所で零番隊に回収されたと書かれていた。


人の業を煮詰めたような書物の頁を止めることは最早出来なかった。私もその忌み嫌うべき血の混じった者なのだから。

実験は先程で終わりを告げたが、まだ記述は残っている。零番隊に回収されたあとも書き手は執念深く情報を追っていたようである。

念入りに〝壊された〟子どもを元通りにするのも難しかったのか、それともあちらも新たな楔が欲しかったのか。彼らは子どもを再度解体して作り直そうと考えたらしい。

詳しいことは調査できなかったのか手順などは書かれていないが、斬魄刀を魄睡に埋め、和尚が新たな名前を付けることでなんとか魂魄の形を保てたようだ。


私は思わず息を飲んだ。そこに記された名前に見覚えがあった。


「刈薙剣司……」


古紙の香りと静寂に包まれた書庫で、私の声だけが虚しく響き渡る。

脳裏には1番隊の副隊長に常に付き従う長髪の男が浮かぶ。あの美丈夫にこのような秘密があろうとは。

思わず手で口を抑えるが、そこから漏れ出た小さな笑いは止められなかった。

この大きな時限爆弾は、いつか絶対に爆発する。その時に生じる混乱を思うと胸が踊った。


私は背後から見つめる時灘の姿に気付かぬ振りをして部屋を去った。哀れなことに、彼もまた自らを知らぬ稚児にちょっかいをかけに行くだろう。私には何の関係もない事だが。

さあ、アレが爆ぜるまでの日をいつも通り、ただ地蔵のように動かず待っていよう。

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