日常回

日常回

ガチムチダイナレスリング


「キングー! 俺のこと食べてー!」

「いいぞー!」


頭からガブリといかれた。


「ぎゃああああああああああああああああ

あああッ!!!?」

「もがっ、どしたよパンクラ?」

「どうしたもこうしたもあるかッ!! おい大丈夫かッ!?」

「楽しかった」

「心配して損したァ…………」


頭がキングの口の中にすっぽり収まった状態でも聞こえた耳をつんざく悲鳴の主はパンクラトプスだった。

呆れながらも衝撃冷めやらぬのか胸を押さえて息を荒くしている。


「なんだよちょっと遊びで頭丸呑みしたぐらいで大袈裟な」

「普通に衝撃映像じゃボケェッ!!!」

「えっ、だってキングのおっきなお口見たら誰でも一度は頭を丸呑みされてみたいって思わない?」

「普通思わねェけど!?」

「いや案外頼まれるし実際今まで結構な人数にやってきたし例外なく馬鹿ウケだったぞ」

「俺の常識を壊すなよ…………」


常識崩壊のダメージからその場に膝をつくパンクラトプス。

まあ傍目から見たら大変面白い状態だったことは想像に容易い。


「何が面白いだよ、お前に借りた漫画みたいな状態になりやがって」

「『お前、中の奴になんて言われた?』ってか?」

「キングも読んでたのか」

「俺が布教しました!」

「あんな人を選びまくる漫画ホイホイ布教すんなよ……」

「あっ、折角その話になったし今日のご飯は餃子にする?」

「いいじゃねえか、ご主人の餃子楽しみだなぁ〜」

「たまにはキングも手伝ってみない? たくさん食べたいなたくさん自分で作ってよ」

「自慢じゃねえがお前らみたいに上手くはできねえぞ」

「大丈夫大丈夫、皮の生地こねるのはキング向けの力仕事だし、餃子包むのなんて子どもに料理お手伝い頼むときの定番ってぐらい簡単だし」

「よっしゃ、じゃあ早速作って早く食べようぜ!!」

「その前にそのよだれ塗れの頭を洗ってこんかッ!!」

「は〜い」


そういうことになった。





──

────

──────


「はい、じゃあまずは皮から作っていきます」

「作んの!?」

「キングだっていっぱい食べたいでしょ? いっぱい作るなら自作が一番」


ボウルに薄力粉と強力粉、ひとつまみの塩を混ぜ合わせ熱湯を注ぐ。

菜箸でポロポロになるまで混ぜたら一度広げて粗熱を取り、再び生地を集めてまとめるように捏ねる。


「はい、力持ちのお仕事の時間だよー」

「任せろ!」

「ある程度塊にしたら手のひらの根元で押しては畳んで、生地を回して方向を変えながら繰り返す感じで」

「こうか?」

「そうそう、上手上手。 その内生地がツルッとして弾力も出てくるからそこまでお願いね」

「応よ!」

「できたら濡れ布巾被せて生地休ませておいてね」


皮はキングに任せて中身の餡の準備をしていく。

今回は3種類、オーソドックスなタイプと梅と大葉を使ったもの、水餃子用の炒り卵と海老を使ったものだ。

まずはキャベツとニラをみじん切りにし、それぞれ軽く塩を振って揉んでおく。

玉ねぎも刻んで一度レンジで加熱し甘みを引き出しつつしんなりさせ、粗熱をとっておく。


「さて、鍋に油を沸かして……」

「揚げ餃子作るにしても準備早くないかご主人?」

「あ、これ? 今から中華風の炒り卵つくるからその準備」

「え、いや……この油の量……」

「油をたっぷり吸わせたジューシーな炒り卵を入れると美味しいんだなこれが」

「えっ、ええっ……」

「大丈夫大丈夫、フィナンシェ生地のバターの量とか見たらこれぐらい普通だから」

「俺は今知ってはいけないものを知ってしまったのでは……?」


割と本気の表情で大げさに慄くキングの姿がどこか可愛いと感じる俺の性格は捻じ曲がっているのかも知れない。

それはさて置き、溶いた卵液を鍋に沸かした油に注ぎ、油と混ぜ合わせながら綺麗な炒り卵になるように混ぜる、混ぜる、ひたすら混ぜる。

色も良いし、油もしっかり抱え込んで分離していない、いい仕上がりとなった。

こちらも粗熱をとっておく。


「キングに任せた生地を休ませ始めてそろそろ30分ぐらい経ったかな?」

「そんなもんだと思うぞ」

「じゃあ改めて捏ねなおしてもらえるかな? そうすると弾力も生地の艶も更に良くなるから」

「よっしゃ任せとけ!」


その間に水分が出たキャベツとニラを絞る。

合い挽き肉を用意し、おろしニンニク、おろし生姜、醤油、オイスターソース、胡椒、ごま油を加えて捏ねる。

塩分で挽き肉に粘りが出てきたところでキャベツの全量とニラの半量を加えて更に捏ねて全体が馴染んだら基本の餃子餡の完全である。

次に大葉を繊切りに、梅肉は叩いてペースト状にする。

鶏ひき肉におろし生姜と塩を加えて捏ね、粘りが出てきたら先ほどの大葉と梅肉、玉ねぎを加えて混ぜる。

全体がしっかり馴染んだら大葉餃子の餡は完成である。

最後にエビの剥き身を荒めに叩く。

おろしニンニク、おろし生姜、醤油、オイスターソース、胡椒を加えて捏ね粘りを出し、炒り卵とニラの残り半量と混ぜ合わせれば水餃子用の餡も完成となり、これで三種の餃子餡が揃った。


「よし、捏ね直した生地をまた休ませて30分ぐらい経ったら切り分けて皮に伸ばしていくからねー」

「じゃあ休憩だな」

「キングでもやっぱり疲れる?」

「だなー、想像以上に手ごたえあって筋力も体力も使うわこれ」

「それを初めてで完璧にこなしちゃうキング素敵! 惚れちゃう!」

「おうおう好きなだけ惚れろよご主人」

「さてと、ここからは人手がものをいうしパンクラトプスやカパプテラもそろそろ呼んでこようかな」

「暇ならあるんだし俺とご主人だけで完成させて自慢しね?」

「俺は構わないけどその分キングにも頑張ってもらうよ?」

「ドンとこいや! なんだか料理するのも楽しくなってきたしな!」


休ませた生地を棒状に伸ばして皮1枚分の分量に切り分けていく。

軽く丸めて押し潰し、打粉をしながら中心の厚みを若干残すように麺棒で外側に伸ばしていく。


「こんな感じかご主人?」

「そうそう、キングって意外と器用だよね」

「ふふ〜ん、俺って何やらせても様になるからな〜」

「じゃあこの調子でがんばろうか」

「よっしゃあ! …………なあ、この量を二人で全部やるの?」

「やっぱり皆んなに手伝って貰う?」

「男に二言はねェ! やってやらァ!!」


鼻息を荒くするキングとともに皮の量産に努める。

キングの方は一定の厚みに広げるようにしてもらって、水餃子用のちょっと厚めの皮は俺が担当した。


「っしゃあああああ!! 終わったああああああ!!!」

「お疲れ様キング、じゃあ次は具材を詰めようか」

「…………そだな」

「皮を作り終えて燃え尽きてるところ悪いけど、ここからが本番だからちゃんと見て覚えてね?」


それでも追加の人員を呼べとは言わないキングの意を汲んで丁寧に餃子の包み方を教えていく。


「餡は入れすぎないようにね、水で皮をくっ付くようにしたらヒダを作りながらこうやって」

「おお、上手いなご主人」

「ほらキングも」

「ん? なんか上手くいかねーなぁ……」

「ヒダの形は気にしなくていいから、しっかり皮を閉じて肉汁が溢れ出ないようにだけ気をつけて」

「あ、わかってきたかも」

「本当にコツ掴むの早いねキングって、その調子で頼みます」


ほんの数回で俺の包む餃子と遜色ない仕上がりにまで熟達したキングとともに餃子を量産してゆく。

談笑しながらの作業は次第に集中力を増し、いつしか無言で餃子作りに直向きになっていった。

言葉はなくとも、こうして肩を並べて同じ作業に没頭するというのもそれはそれで得難い幸福感がある。


「なーににやにやしてんだよご主人」

「いや、キングと一緒に料理作るの楽しいなって」

「俺も楽しいぜ、ちまちました作業は向いてないと思ってたから自分でも意外だわ」

「まだ半分もできてないからもっともっと楽しめるよ、一緒にがんばろうね」

「げんなりする事実いうなよご主人……」


苦笑するキングに笑い返しながら、再び作業に没頭する。

時間に余裕を持たせたつもりだったが、包み終えた頃には夕飯の時刻は目前に迫っていた。


「あちゃー、炊飯器はタイマー予約しといたけど餃子焼く時間が……テーブルにホットプレート置いて焼こうか」

「じゃあ俺延長コード取ってくるわ」

「水餃子もスープとして食べられる感じに茹で汁にしっかり味付けして、副菜は……」


ホットプレートに並べた餃子に水を差し蓋をして蒸し焼きにしながら、食器を並べ飲み物と副菜を用意した。

タレは好みで合わせられるように醤油、酢、ラー油を用意して刻みネギやおろしニンニクなどの薬味も添えておく。

水餃子はカセットコンロを卓上に据え、冷めないように加熱を続ける。

にわかに慌ただしくなっていく中でなんとか皆が集まる前にそれらしい形は整えられたようだ。


「ごめん、餃子仕上げるからもう少しだけ待って」


ごま油を回し掛け、残った水分を飛ばしながらパリパリに焼き目をつけていく。


「はいお待たせ、それじゃあみんな手を合わせて」


いただきます。

そう声が揃い、焼き上げられた餃子が次々と取り皿に取り分けられてゆく。

ホットプレートに残った餃子を一度皿に寄せ、軽くプレートを拭き上げてから俺とキングでまだ焼いていない餃子を並べ、水を差して蓋をした。

やっと一息吐けるところまできたので早速焼き餃子から頂く。

まずはオーソドックスなタイプから。

個人的な好みでお酢の割合を増やしラー油を効かせたタレに付け、パリッと焼き上がった皮を歯が突き破れば熱々の餡から肉汁が染み出してくる。

ニラとニンニクの強い香りが鼻腔を刺激し、キャベツの甘みと肉の脂の甘さが別ベクトルで舌を喜ばせる。

次に大葉餃子、こちらは梅肉の味も濃く何より香りを楽しみたいのでひとまずタレを付けずにかぶりついてみた。

パリッという小気味良い音に、大葉と梅の馥郁が咥内を満たす。

鶏ひき肉のヘルシーさに玉ねぎの甘さが足され、あえてニンニクを入れなかったことでサッパリとした風味が邪魔されない。

もちろんここからタレにおろしニンニクを足してガッツリと楽しむのも良い、日本式だと具材に直接混ぜることが基本となるニンニクだが本場では好みでタレに加える場合が多い。

そして水餃子。

鶏がらスープにネギを浮かべた茹で汁をまず啜ってみる。

皮越しに抽出されたエビや卵の出汁が足されたそれはスープとしてしっかり食べ応えのある完成度を誇っていた。

そして餃子本体にかぶりつく。

ニラの香りと卵の相性の良さは言わずもがな、プリッとしたエビの身の感触に、噛むほどに感じる卵の抱えた油分のジューシーさは食べ応えがある。

スープに醤油、酢、ラー油を加えて再び啜る。

味を足さなくても充分に旨味を感じられたスープだったが、やはりこの組み合わせを足すことで餃子との相性が非常に良くなった。

もちろんスープから引き上げて濃い味のタレにしっかり絡めて食べるのもよいだろうが、ここは好みの問題だろう。

味見する暇もなかった餃子各種の出来をこの期に及んでやっと確認し終え、満足ゆく完成度だったことに胸を撫で下ろした。

まあ周りの盛り上がり様を見れば皆不服などないことは分かっていたが。

火が通った2回目の焼き餃子に油を注いで表面を仕上げながら、今回の立役者でもあるキングの様子を伺う。

いつもなら豪快な食べっぷりを披露してくれる彼だが、今回は感じ入るように餃子一つ一つを丁寧に味わっているように見えた。

やはり手ずから作った料理への思い入れは一入なのだろう。


「ああ、キング! 私……キングの手料理を頂く名誉に預かり大変感激しておりますッ!!」

「大袈裟だってのカパプテラ、俺なんて皮捏ねて具を包んだだけで味決めてるのはご主人なんだし」

「お前のことだから手柄を自慢するかと思っていたが、随分殊勝な態度じゃないか」

「実際自分でやって大変さ分かったからなァ……毎日飯作ってくれてるご主人にはマジで感謝しかねーわ」

「ほお、これキングの手料理か。 美味いもんじゃのお」

「ッス」

「俺はこの大葉と梅の餃子が気に入ったさァ、さっぱりした味で酒も進むし肴にももってこいさァ」

「うめっ、うめえッス! 卵餃子サイコー! これが餃子のスタンダードになるべき傑作料理ッス!!」

「似たようなこと卵カレーでも言ってなかった? コエロの卵好きはホント最限ないなぁ」

「よしっと……次の餃子焼き立てだよー」

「ガハハハ! 焼き立て餃子はワシのもんじゃあ!!」

「……ッス!」

「いやまだ次が焼ける量残ってるから、そんな急いで奪い合いしなくても……」

「マスター、私めもおかわり頂きますね」

「あっ、俺も頂きます」

「はいどうぞ」


再びにわかに騒がしさを増す食卓に苦笑しているとキングと目があった。

先ほどは口では謙遜していたものの、やはり自らが手掛けた料理という意識は強いらしく、皆が群がるように餃子に手を伸ばす姿に満足げな表情を見せている。

その様子に思わずこちらも笑みが漏れ、互いに目と目で通じ合いながら笑い合った。

こうして今晩のダイナレスラーたちの食卓も大盛況の内に幕を閉じたのだった。


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