日常回

日常回

ガチムチダイナレスリング


「知り合いから栗をいただきました」


味覚の秋。

様々な野菜や果物が旬を迎える中、我が家にもその恩恵が訪れた。


「茹でてそのまま食べるのもいいけど料理にも使いたいので下拵え手伝ってもらえるかな?」

「構わないぞ」

「ありがとうパンクラトプス、愛してる!」

「いいから、ホントそういうのいいいから」


未だにこうやって律儀に反応した上に薄ら紅潮してくれるおかげで、嫌がるのわかっててもついつい言っちゃうんだよなあ。

それはさておき、栗の準備にとりかかる。

まずは表面を水で洗い、ぬるま湯に浸けて鬼皮を柔らかくしておく。


「野生の栗だから穴空いてるのは中が虫喰いになってるんで気づいたら取り除いてね」

「野生のってことは、売るために栽培してる栗なら大丈夫なのか?」

「栽培してるからというより、売り物にしてる栗は殺虫剤や温度管理で仮に卵が植え付けられていてもその卵を孵化させないようにしてるから虫喰いにはならないらしいよ」

「へー」

「因みに美味いものだけ食って育ってるから栗の中の芋虫自体も美味しいらしいよ、試しに集めて食べてみる?」

「冗談でも止めろッ!!」


パンクラトプスを揶揄う間に選別も終わり、栗の尻を包丁で切り落として手で鬼皮を剥いてゆく。

残った渋皮を包丁で剥いてアク取りのために水に晒せば一先ず栗の下拵えは完了。


「栗の料理といえば……」

「栗おこわ、とか?」

「だね、山菜も加えて具沢山にしようか」


山菜は市販の水煮の山菜ミックスを使うことにした。

春先の山菜を塩揉み冷凍保存できていれば塩抜きして使ったのだが、生憎残りがなかった。

山菜の水煮をザルに開け、油抜きして千切りにした油揚げと同じく千切りにした人参を加えておく。

米はもち米を使うが、全部もち米だと粘りが出過ぎるためうるち米と混ぜて調整し、研いで十分に給水させる。

出汁、酒、みりん、醤油で味をつけ、もち米のベタつきやすさを考慮して水分量を少なめに調整したら、あとは先ほど用意した具材と洗った剥き栗を加えて炊飯器で炊くだけである。


「これでよし、と……次は肉食向けの料理も作らないとね」

「でも栗と肉って、そんな料理あるか?」

「Shakh Pilaf」

「…………なんて?」

「アゼルバイジャン風栗おこわ的なやつだよ、王道の和風栗おこわの対になるように作ってみようか」

「アゼルバイジャン……どこらへんの国だったっけ……」

「ジョージア、アルメニア、イランに隣接する国でトルコにも近いんだ。アゼルバイジャンの伝統料理は世界三大料理に数えられるトルコ料理の源流に近いとも言われ……」

「オタク特有の急な早口止めろッ!!」

「キングからならまだしもパンクラトプスからそのツッコミはちょっとくるものあるな……」

「そりゃ悪かったな、でもまた妙なもの出されるのも怖いんだけど」

「大丈夫大丈夫、ラム肉を牛肉に替えたりインディカ米をうるち米に替えたりしてメニューの忠実な再現より食べやすさ作りやすさ重視でいくから」

「それなら……まあ……」

「じゃあ先ずはドライアプリコットとドライチェリーを用意して」

「早速先行き不安なんだが!?」


アプリコット、チェリー、レーズンなどのドライフルーツを一口大に切り、サフランをお湯で抽出しておく。

鍋にたっぷり目のバターを溶かし、刻んだ玉ねぎを炒め、しんなりして色が透き通ったあたりで鍋から掬うように取り出して、鍋に残ったバターで大振りの角切りにした牛もも肉を炒めていく。

牛肉にも火が通ったらドライフルーツと剥き栗を加え、玉ねぎを戻して水を注ぎ塩胡椒で味を整えてレモン汁とサフランの抽出液を加えて煮込む。


「ピラフって定義的には炒めた具材と生米を炊き上げるんだけど、今回は元にしたレシピ通りに既に炊き上がったご飯と混ぜる形にするね」

「さっき言ってたインディカ米がどうこうってやつか」

「パサついたインディカ米と日本のうるち米じゃ勝手が違うかも知れないけど、この後の工程である程度の水分量に関してはちゃんと馴染むと思うからね」


できあがった具材と米を混ぜ、バターを塗った春巻きの皮で挟んでホットサンドメーカーで焼き上げる。


「これも本来は『ラヴァシュ』っていう薄い種無しパンを使ってたけど簡略化の代替メニューです、というか参考動画では30cm超えの巨大な深鍋の壁面いっぱいに種無しパン貼ってそのサイズのまま焼き上げてお出ししてきてた」

「ひえっ……」

「ピニャータってわかる? メキシコあたりのお菓子たっぷり入ったくす玉みたいなの、あれの中身がピラフになったみたいな」

「分かんないもので分かんないものの例えされても困るんだが、とにかくヤベーってことは分かった」

「まあ今回はホットサンドサイズの縮小板なので安心してください」


一人前ずつホットサンドメーカーで量産しながら、蒸らし時間を考慮したタイミングで栗おこわの炊飯器にもスイッチを入れた。

サラダや和物などの副菜や汁物も用意し、食器とともに順番にテーブルに並べてゆく。

準備が整う食卓に、次第にダイナレスラーたちが集まり始めた。


「飯だ飯ー! ご主人、もうできてるかー?」

「待たないかキング、腹が減っているのは皆同じだ」

「へいへいわーってるよ、最近スピノの口出し多くね?」

「自覚があるなら少しは年相応に落ち着け」

「キング、そんな男は放っておいて私めの隣へどうぞ」

「ッス」

「アハハ、それを言うのは野暮ってもンさァ」

「私アンペロ語は修めていませんが、今回ばかりはわかりましたよええ……後で御覚悟を」

「ひっ!?」

「なぁカパプテラ、冗談だと分かっとるなら許してやってくれんかのぉ……?」

「駄弁るのもそこら辺にしないとご飯冷めちゃうッスよー?」

「はい着席、それでは皆さんご一緒に」


いただきます。

システゴくんの号令により揃ったその言葉とともに、一度は収まった喧騒が再び湧き起こる。


「おっ、栗おこわか、いいねェ」

「アンキロは赤飯とかのもち米系好きじゃよな」

「ッス」

「ご主人肉! 肉はどこだ!?」

「はい、じゃあこれにナイフ入れて開いてね」

「おおーっ!! 肉がゴロゴロ出てきたぞ!!」

「だから落ち着け、どこまではしゃぎ回るんだお前は……」

「あっ、キングさんこれ肉だけじゃなくて栗も入ってますよ」

「マスター、この料理は一体何ですか?」

「アゼルバイジャンの伝統料理、Shakh Pilaf」

「…………なんと?」

「悪ぃカパプテラ、その流れ俺が先に済ませておいたから」

「美味いぞご主人! なんか初めて食った味で違和感すごいけど!!」

「私もキングと同じ感想ですかね、味自体は美味しく感じられるのですが、このドライフルーツ主体の風味はなんとも珍しく」

「俺、酢豚のパイナップルとか苦手なんッスよねェ〜……」

「そうですか? このレーズンなんかの風味がレモンでまとまってる感じ結構俺好きなんですけど」

「不味いとは言わないッス、でもやっぱり果物を肉や米と食べてるのって違和感スゲーッス」

「これの後に食べる栗おこわの優しい味わいの安心感がたまらないさァ」

「…………大好評とはいかなかったみたいだな」

「うん、俺も試作した時だいたい同じ感想だった」

「おいっ!!」

「でも不思議と食べられるっていうか、ゲテモノ感の割にはスッキリ纏まってるんじゃよなあ」

「ッス」

「バターで炒めて旨味を引き出した玉ねぎと肉っていうベースがしっかりしてると多少の違和感ぐらいなら呑み込んじゃう感じするよね」

「あとは香辛料やハーブ類のキツい風味の変化がないのでそこまで激しく好き嫌いが分かれないという感じがしますね」

「トルコ料理って結構そういう素朴なところあるらしいしね。 あっ、アゼルバイジャンの伝統料理はトルコ料理の源流と近く……」

「だからそれもういいっての!」

「俺、マスターのそういううんちく聞くの結構楽しいです」

「私めにも今後の勉学のために聞かせていただければ」

「あ、あれ? まさか聞き流してるの俺だけ……?」

「パンクラさん安心するッス、俺も聞き流すタイプッス」

「それでは説明しよう、そもそも世界三大料理の一つに数えられたトルコ料理とは……」


見慣れぬ料理へ侃侃諤諤の面々と、それに得意げに高説を垂れ始める俺。

ダイナレスラーたちと囲む食卓はいつも通り賑やかに盛り上がるのだった。


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