日常回

日常回

ガチムチダイナレスリング


「夏だ! 太陽だ! カレーの季節だ!!」

「おお、いいじゃねえか」

「というわけでサグカレーとチキンムグライを作ります」

「……何だって?」

「そうだね、ナンも焼こうか」

「そういう意味じゃねえよ!!」


聞き慣れない料理名に戦々恐々とするパンクラトプスを尻目に材料を揃えてゆく。


「あの、カレールーはどこに……」

「スパイスから調合するからそんなもの使わないよ?」

「変な凝り性を発揮すんな! 普通のカレーを食わせろ!!」

「まあまあ、カレールーでカレー作るとか誰でもできるんだからこういう機会は大事にしなよ」

「大丈夫なんだろうな!? ちゃんと作れるんだろうな!?」

「多分ね」

「ふ、不安だ……」

「作り慣れてないとはいえ初めてじゃないから安心しなよ」


勢いで揃えたスパイスってなかなか消費できなくて定期的に凝った料理作る羽目になるんだよねぇ……

というわけで早速ほうれん草を茹でてゆく。

繊維がクタクタになるまでしっかり火を通したら青唐辛子も加えてミキサーでしっかり粉砕する。

鍋でギーを沸かしカルダモン、ベイリーフ、シナモン、ニンニク、生姜を炒め焦げないように香りを引き出したら微塵切りの玉ねぎを投入。

玉ねぎが透き通り飴色に色づいてきたら湯剥きし種を取り除いたトマトを角切りにして投入し更に炒め、パプリカパウダー、ガラムマサラ、 カスリメティ、カイエンペッパーを加える。

ミキサーのほうれん草を鍋に戻し、塩で味を調えたら軽く煮込み、器によそって生クリームを飾るように垂らしたら完成。

鮮やかな緑に白いラインが映えるサグカレーの“サグ”とはほうれん草を意味し、その名の通りふんだんにほうれん草を使った日本のカレー観を右ストレートでふっ飛ばしてくれる一品だ。


「はい味見」

「お、おう………………あ、美味い」

「でしょ?」

「でもあんまりカレーっていうか……辛ッ!! 今辛さがきためっちゃ辛ッ!!?」

「これぐらいの辛さは必要かと思ったんだけどカイエンペッパー入れすぎたかなぁ?」

「あ、いや……耐えられない辛さじゃないんだけどカレーって印象と違うところに不意打ちで辛さがきたから……」

「ターメリック入らないと色も香りもカレーっぽく感じないよね、分かる」

「カレーと言われたら面食らうけど、こういう料理だと思えばまあ」

「ちなみに本場インドではカレーは煮込み料理ぐらいの意味なんで、日本のお鍋とか西洋のシチューぐらい範囲が広い料理だと思えば納得できるかな?」

「あー、ホワイトシチューとビーフシチューとかぐらい振れ幅あるならまあこういうカレーもアリになるのか」

「そういうことだね」


続いてチキンムグライに取り掛かる。

鶏もも肉を一口大に切り分け、下味としてターメリックパウダーをよく揉み込んでおく。

鍋でギーを沸かしカルダモン、ベイリーフ、シナモン、クローブを焦げないように炒め香りを立たせる。

本来ならカシューナッツのペーストを使うらしいのだが、入手も手間だし自作するには油分が染み出すまで練り続けるのが大変過ぎるためここは簡略化して、無塩のカシューナッツをニンニク、生姜、青唐辛子と共に細かく刻むにとどめた。

不足したナッツ系のオイリーさはアーモンドプードルを追加することで補うことにする。

刻んだカシューナッツその他を鍋に投入し、微塵切りの玉ねぎも加えてじっくり飴色になるまで火を通していく。

湯むきした角切りトマトと水を加え、ガラムマサラ、コリアンダー、チリパウダー、カイエンペッパーを投入し塩で味を調えたら、先ほどの鶏肉を鍋に入れ煮込んでゆく。

その間に卵に生クリームを加えて、半熟のスクランブルエッグを作っておいた。

煮込み終えたカレーを火から下ろし、スクランブルエッグを混ぜ込めば完成である。

“ムグライ”は“ムガール帝国風”を意味し、彼の国の宮廷料理にルーツを持つカレーなのだとか。


「はい味見」

「おっ、これはカレーっぽいというか、イメージする『本場のカレー』っぽさを残しつつ別物っぽいっていうか」

「こうやってスパイスからカレー作るとターメリックやコリアンダーあたりが日本式カレーのカレーっぽさ支えてる気がするよね」

「あと卵入ってるのが珍しいけど、これが辛さをまろやかにして食べやすくしてくれてる気がする」

「生卵や温泉卵のトッピング好きな人も多いもんね」

「しかしよくこんな料理知ってたな」

「実は初めて手にした給料を最初に使ってインドカレー屋で食べた思い出の味だったりする」

「マジか」

「まあその思い出の店は俺が初めて訪れてからわずか半年ぐらいで潰れちゃったんだけどね……」

「世知辛ェ……」


本当に美味い料理を出す店でも生き残れるわけではないあたりに外食産業の悲哀を感じてしんみりしてしまったが、まだまだ手を休める時間ではない。


「それではナンを作りたいと思いますが……この捏ねて焼くだけでナンが作れる『ナンミックス』を使いたいと思います!」

「そこは拘らないんだな」

「粉系って自分で合わせると分量とか結構不安残るんだよね……量も作りたいから安全策で行きます」


ナンミックスと規定量通りの水をボウルに入れて生地がまとまるまでよく捏ね、1枚分ずつの分量に切り分けて濡れ布巾をかけて生地を休ませる。

楕円形に伸ばし、一端を更に細めに引き伸ばした“ナンらしい”形を作ってホットプレートで蓋をして片側ずつ焼いていく。

焦げ目をしっかりつけて、熱いうちにギーを片側に満遍なく塗っていく。

折角なので半分は中にチーズを仕込んでみた。

試しに1枚手に取り半ばから千切ってみれば、トロリと溶けたチーズが糸を引く良い仕上がりだ。


「因みにナンって釜で焼いたやつ以外は本当はナンって言っちゃダメなんだって」

「じゃあフライパンやホットプレートで焼いたら何になるんだよ」

「チャパティだって、生地の作り方からしてナンとは差があるみたいだけど」


更に補足するとこの窯はタンドールと呼ばれており、タンドリーチキンも窯焼き鶏の意味である。


「さて、ナン焼くのは俺に任せてパンクラトプスはサラダとか副菜を適当に構えちゃって」

「りょーかい」


ナンを量産する俺の後ろでテキパキとサラダを作るパンクラトプスの姿ももう慣れたものだ。

夕飯の時刻に近づけばシステゴくんとコエロも現れ、テーブルのセッティングをしてくれた。

配膳を終えた頃にはダイナレスラーたちが集まってくる。


「おっ、この匂いは今日はカレーかあ? …………ナニコレ」

「カレーで合ってるよキング、本格派で予想したのとは違うだろうけど」

「またハイカラなもん作りよって、まあ兄弟が作るもんは大抵ハズレはないがのお」

「そうだ、マンゴーコンクも買ってあるからマンゴーラッシーも作れるけどいる?」

「……うッス」

「牛乳と炭酸どっちで作ろうか?」

「ッス」

「はいはい炭酸ね、あとナンだけじゃなくてお米も炊いてあるから安心しなよ」

「毎度ながらよくそれで会話成立しますよね貴方たち」


各々着席し、いつもの騒々しい食事が始まった。


「チーズナンうまっ!!」

「この緑のやつ、辛さが効いてて酒が進むさァ」

「この卵入ってるカレー最高ッス、これがカレーのスタンダードになるべきッス」

「いや確かに美味しいけどそんな大袈裟な……コエロの卵好きだけはブレないなぁ」

「ッス」

「はいマンゴーラッシーおかわりね、あと折角だからちょっとだけでもナン食べてみて?」

「マスター、俺にもマンゴーラッシーを頼めるか?」

「おいおいスピノ、お前そんな可愛らしいもん飲むのかよ〜〜〜? ぷぷっ」

「俺もマンゴーラッシー欲しいッス」

「じゃあワシも」

「俺も」

「私も」

「……らしいけどキングはいらないみたいだね?」

「い、いらねーし! そんなお子ちゃまドリンクよりビールがいいし!!!」

(……この馬鹿のために一杯分でいいから材料残してやっといてくれ)

(分かってるよ)


苦笑しながら人数分のマンゴーラッシーを作りにキッチンに入る。

これが日常とはいえ、作った食事が皆にこうやって喜ばれることには今でも感無量の想いを抱くのであった。


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