日常回

日常回


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教室


 カワキは朝の教室でぼんやりと教師の声を聞き流していた。破面による現世侵攻、その翌日の話だ。


「黒崎が休み!? 珍しいな…あいつ授業はサボるけど休みは殆どないのに…」


 一護は学校に来なかった。昨日の事で、思うところがあったのかもしれない。霊圧に異常は無いから放っておく事にした。


「石田と茶渡は今日も休みか……って朽木も!? どーしたよホント…」


 石田の霊圧は相変わらず微弱なままだ。もうほとんど感じ取れない。残りの二人も一護同様、目立った異常はないから修行でもしているのだろう。放置でいい。


⦅今日来ているのは井上さんだけか⦆


 心做しか落ち込んだ様子の井上が視界の端に映る。理由は知らない。登校しているということは修行相手が見つからなかったのかもしれない。


⦅無理もない。井上さんの力は毛色が違うからな⦆


 そう言うカワキが登校したことに大した理由はなかった。昨日の事は報告しないと決めたので、することが無くてなんとなく来ただけだ。

――…死神経由で事のあらましは伝わる筈だ。私が報告しなくても問題はない。


 むしろ――…最後の報告は昨日の昼間。昨日の今日でハッシュヴァルトと話すことになったら今日が説教で終わってしまう。

 開き直ったカワキがぼーっと考え込んでいる間に出席確認は終わったようだ。教師の号令が響く。一日の始まりだ。


「よーし! 授業始めるぞー!」


◇◇◇


 結局、あの日から暫く、一護は登校しなくなった。

 今日の授業が終わって、通学路を歩く。カワキはここ最近、井上と行動を共にしていた。今日も井上を家まで送る。


「…ふう…、…結局今日も黒崎くん学校に来なかったね…」

『そうだね。……一護が心配?』


 井上は一護のことが好きだと言う。昔、女心とは移ろい易いものだとバンビエッタ達が言っていた。

 カワキは一護の身に何か起こった時、すぐに治療してくれる井上をありがたく感じている。心変わりしたせいで治してもらえなくなったら大変だ。それもあって、今の心境を訊ねた。


「…うん…。…こうして集中すれば霊圧を感じるから元気なのは確かなんだけど…。カワキちゃんは? 心配じゃない?」

『私? ……別に、何も? 元気ならいいと思う』

「……カワキちゃんは強いなあ……」

『? 井上さんだって充分強いよ。いつも助かってる』

「そ…そんなことないよ! あたしなんて……」


 カワキが褒められた理由はわからないが井上の能力は特異で替えが効かないものだ。誇っていい。そう思ったから、素直に褒め言葉を口にする。

 井上が照れたように赤面して、その横顔がすぐにまた翳った。


「黒崎くんのことだからきっとどこかでコッソリ修行とかしてるんだろうから……。捜さない方がいいんだよね、きっと……」


 捜したいなら捜せばいいんじゃないか、と思った。口には出さない。井上は答えを求めている訳じゃないと感じたから。


「でも朽木さんも心配してたみたいだったし…」


――どうしてそこで朽木さんの名前が出てくるんだろう。

 独白に首を傾げる。井上の顔はここ最近で一番暗いような気がした。何故だろう。


「な…なに今の! 暗っ! あたし暗っ! あーー! それにしても、石田くんも茶渡くんも、みんな学校休んじゃってさびしいなあっ!」


 突然、大声を出した井上に少し驚いた。これが空元気という奴か。井上が暗い顔をしていた理由は結局わからなかったが、心変わりしたわけではなさそうなのでよしとする。


『石田くんはよくわからないけど茶渡くんなら浦原商店に居るようだよ。さびしいのなら会いに行ったらどうかな』

「浦原さんのところかあ……差し入れでも持って行く? そうだっ! あたし、またカワキちゃんの手料理食べたいな〜!」


 他人に料理を振る舞うのは、あまり好きではないが取り入るには有用だと思って、少し前に振る舞った。あの時の料理を気に入ったらしい。

 面倒だからどうしようか考えていたが、返事をする前に話は次に進んだ。井上の顔がころころ変わる。


「それとも、明日はお休みだし、たつきちゃんも誘って何かおもしろいものでも食べに……」


 すらすらと紡がれていた言葉が止まる。


「…そうだ…たつきちゃんも、最近ずっと元気ないんだった…」


 井上がまた落ち込んだ顔に戻る。そんなに表情を動かして、疲れないのだろうか。

 何故、他人の事でそんなに一喜一憂するのかは理解できないが、気になる事があるなら調べれば良いのに。


『気になるなら訊いてみるのが一番だよ。話してくれなくても、態度からわかる事もあるからね』

「……そうだよね! よし! 決めた! やっぱり、明日はたつきちゃん家に行って来る! そんでちゃんと元気ない理由…」


 拳を握りしめた井上の言葉は「あら!」という女性の声に途切れた。箒を手にした住人と思しき女性が、親しげに声をかけてくる。


「おかえり織姫ちゃん!」

「あ! ただいま新村さん!」

「そっちの子はお友達?」

「そうです! 友達のカワキちゃん!」


 カワキはどうも、と会釈した。現世での任務中だけの仮初のものだが、順調に友情を感じてくれているようで何よりだ。それだけ潜入が上手くいっている証拠だと思うと嬉しい。


「そういえば織姫ちゃん! あなたの部屋に最近入り浸ってる二人組! あの人達、ホントに大丈夫なの?」


 二人組とは日番谷、松本のことだろう。カワキと井上はお互いに顔を見合わせて首を傾げた。


『井上さん、何かあったの?』

「えぇ? ……う〜ん、特に思い当たることは……」


 腕を組んで首をひねった井上が、女性に訊ね返す。


「? なんでですか?」

「いやね、さっき……なんか部屋に随分とヘンなモノ運び込んでたから…」


 尸魂界から武器か何か持ち込んだのか? 現世の人間に怪しまれる真似をするとは、死神は随分と迂闊な行動をするものだ。


『とりあえず、確認に行こう。私もお邪魔していい? 危険なものかもしれないし』

「…う、うん! じゃあ新村さん、あたし達はこれで!」


 何をしているかは知らないが、現世での行動は瀞霊廷内にある見えざる帝国からは把握し難い。直接、確認する必要がある。

 カワキは井上と共にマンションへと駆け出した。


***

カワキ…嫉妬はまだちょっとわからない。「破面の現世侵攻は死神の誰かが報告する筈なので自分でやらなくてヨシ!」した。授業は多分ほとんど聞いてない。不良娘。


井上…ルキアにちょっとヤキモチを妬いている。最近はよくカワキと一緒にいることが多い。部屋に通信装置を運び込まれた。


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