日出日沈

日出日沈


※暴力表現ありなのでご注意を

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 ミレニアムサイエンススクール、アリス保護財団が所有している運動用、というよりはリハビリ用の施設。そこには損傷を負った、若しくは修理を受けたアリス達がリハビリを行ったり修理したパーツの動かし具合を確認したりしていた。

 そう、そのような用途を意図している施設なのだ。なのだが……何やら最近は、そうでない者が出入りするようになったそうだ。


「フッ、シュッ、ハッ…!」


 わざわざ持ち込んできたサンドバッグへと一心不乱に拳を、蹴りを叩き込んでいるアリスが一人。他のアリスと比べてもかなり長身かつ、スタイルも良く、顔つきも大人びている。そして頭の上に有るのは量産型アリスには中々見られないヘイロー。彼女、リウは海賊版。非正規品アリスであり、それを考えると更に珍しい存在である。


「精が出るね。リウ。」

「ウタハさんか…だいぶ動けるようになりましたよ。」


 そんな彼女に声を掛けたのはミレニアム最高の技術者集団であるエンジニア部の部長にしてマイスターの一人、ウタハだ。


「パーツの具合はどうかな?」

「最高ですね。かなり馴染んできてますしね?」


 リウの両腕と両足は、黒くて無骨な物だ。彼女の気質を考えてエンジニア部が作成した戦闘用に作成したパーツである。相変わらずサンドバッグに打ち込みながら最高だと答えるリウ。その姿は、彼女がヘイローを得る以前は考えられないものだ。


「君は本当に珍しく興味深い。そもそも、非正規品でヘイローを得たという事が始めての事だ。勿論、戦闘技術の高さもね。」

「あー、やはりそうなのですね。」


 ウタハは、リウの事を興味深いという。非正規品アリスという存在がヘイローを発現するという事自体が初の出来事な上に、更にヘイローを発現する以前、つまりはキヴォトスの住民達のような頑強さを得る前から相当に高い戦闘技術を得ているからだ。教練だけでは身に付かない動き、それは死の危険が身近に状況下で生き残ってきた証であるのだ。


 「といっても、君に何か特別な事をしようとは思っていないさ。少し、テストに協力してもらうだけだよ。」

「確か、開発した装備のテスター、でしたっけ?」

「あぁ。勿論、君が良ければ、だがね。」


 エンジニア部は、ハッキリ言ってかなり変な技術屋の集まりである。それ故に(いい意味でも悪い意味でも)個性的な装備を開発することに余念がない。そのテスターとして、実戦経験豊富なリウを選ぶというのは間違いなく合理的なものではある。とはいえ勿論、ウタハも無理やり参加させる気は無いようだが。


「答えは決まってますよ。だって、そうすれ、ば…!」


 既に答えは決まっていると告げるリウ。とはいえまずは鍛練を一段落させようと考えたらしく、床を踏み砕かんばかりの力で踏み抜く。その音はとても大きく、同じ部屋の中で運動していたアリス達にも聞こえたらしくそちらを振り向く。


「墳ッ!」


 そして、そこから発せられた勢いを止めることなく、拳に乗せてサンドバッグへと打ち込む。彼女が古巣で教えられた武術の技術の一つ、発勁である。その一撃は疾く、同時に彼女の体重全てが拳の一点に集束したかのように、重い。


「……これは、凄いな。」

「まだまだです。教えが書かれた書曰く、極めれば一撃で命脈を断てる一撃なのですから。」


 なんと、一撃でサンドバッグを破けさせ中身が飛び散ったのだ。機械を使って強力な力を導き出す事にも長けているエンジニア部の部長であるウタハからしても、それは正に規格外。しかし、リウはそれでも理想には、極みには足らないという。


「ウタハさん。テスターの話、受けますよ。」

 「……理由を、聞いてもいいかな?」

「そんなもん決まってますよ。」


 ウタハの方へと振り返り、大人びていて整った顔でニッとした笑みを浮かべながら、こう答える。


「もっと強くなれますからね。私は、ククラを守ろうと決めているのですから。」


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「う、ううっ……」

「アリス!しっかりして!アリス!」


 此処はトリニティ自治区。そこではアリス否定派─といっても、組織化されたものではない単独犯だが─による攻撃が行われた。幸い実行者はすぐに正義実現委員会に拘束されたものの、一体の量産型アリスが銃撃を受けてしまった。購入者の生徒が必死に呼び掛けるが、不味い状況であるのは容易に理解できた。


「これはっ……ミレニアムに連絡を!」

「でも此処からじゃ間に合うかどうかっ…」


 慌ただしく動いていく正義実現委員会の委員達。しかし、修理してもらうにもミレニアムは此処から遠く、かといって販売されている簡易修理では対応できる損傷ではない。兎に角搬送するための用意を整えていくが、厳しいことには変わらない。


「マス、ター……」

「アリス…誰か、助けて…」

「大丈夫ですか!」


 消え入りそうな声で呟くアリスを抱きしめるトリニティ生徒。その時、その二人に声を掛ける人物がいた。


「え…?」

「ミレニアムサイエンススクール、エンジニア部委託修理エンジニア。量産型アリス999号、ククラです。」


 そう、それはエンジニア部から指導を受け驚くべきスピードで技術を吸収し、適切な応急措置を行えるようになるまで成長したククラであった。勿論、護衛としてリウも来ている。


「……腹部に銃傷。重要パーツに損傷あり。機能停止しないように応急措置を開始。」


 冷静に損傷部位を見つめてどれだけ危険な状況であるかを確認すると、両腕を換装している安心と信頼のミレニアム製のより高性能なロボットアームから応急措置用のより小型のアームを取り出し修理を始める。


「大丈夫…なんです、よね?」

「ご安心を。ククラは、あのマイスターの直弟子ですからね。貴女も、手を握ってあげていてくださいね?」

「っ…はい!」


 その様子を不安そうに見つめていたマスターに優しい声色で声を掛けるのはリウ。ミレニアムマイスターのから直接教育を受けた弟子。それはこの状況でどんな言葉よりも安心感を与えるものだ。


「リウさん。車両が来ました。」

「よし…ククラ。車両が来たぞ。」

 

 そうこうしている内にやって来たのはミレニアムとアリス保護財団のマークが付いた車両、要は救急車のようなものである。それを伝えるのは西部劇のガンマンを思わせる衣装をしたアリス、マクリーだ。


「はっ…」

「大丈夫だ。応急措置は終えれた……後は、あいつ次第だ。」

「あのっ、ありがとうございます!」


 リウに声を掛けられたところでピクッとした反応を見せてそちらを振り返るククラ。集中すると周りが見えなくなるきらいが有るようだ。そんな二人にそのトリニティ生徒は、お礼を言って頭を下げた後アリスと一緒に車に乗ってミレニアムへと向かっていった。


「……リウ。」

「んー?震えてるな…大丈夫、大丈夫だ。」


 やりきった。それでも不安は有るようでリウの袖を握るククラ。それに対して震えていることを冷静に確認した上で頭を撫でながら大丈夫、大丈夫と何度も声を掛けるのだった。


「……(なんでこの二人付き合ってないんだろう…というか早くくっ付け)」


 そんな二人の事を少し離れた場所から見ているマクリー。肉体関係もあり互いに想い合っているというのに中々踏み出せずにいる二人の関係をずっと見ているマクリーは、早くくっ付けという視線を送るのであった。


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 そんな事がトリニティで起きていた日、日は落ちて再び夜がやって来た。とある路地裏を、一人の非正規品アリスがステッキを突きながら歩いていた。彼女は過激なアリス保護団体、アリス解放戦線のメンバーであった。


「もし。そこのアリスさん?」

「ん…何の用ですか?見たところ、同じアリスのようですが。」


 そんなアリスに、声を掛ける人物が一人。振り返って見るとそこには自分と同じ非正規品と思われる量産型アリスが立っていた。長身カスタムが施されているとはいえ、纏められた長い黒髪はアリスのそれだ。


 「アリス解放戦線の武闘派、刃先さんですね?」

「!…なんでそれを知ってる?」


 警戒心が、上がる。アリス解放戦線に所属していることを知っているというのもそうだがよくよく見てみれば、その立ち姿には一切の隙がない。明らかに、手練れだ。


「さぁ、なんででしょうねぇ?」

「まぁ何者かは今はいいです……敵なら、容赦はしませんよ?」

「ふふっ、ふふふふふ…!」


 何度かの問答の後、声を掛けたアリスが殺気を漲らせながら一気に駆け出す。笑みさえ浮かべながら向かってくるその様子は、とてもまともな者の姿ではない。


「カァアッ!」

「っと。」


 そこから繰り出されるのは凄まじい横薙ぎ。刃先と呼ばれた非正規品アリスは持っていたステッキを掲げる。それだけなら両断されてしまいそうなものだが、返ってきたのは固すぎる感触と甲高い金属音。


「シュッ!」

「おおっと。成る程成る程……」


 そこから流れるように銀閃が走り、顔を逸らした刺客のアリスの頬に一文字の傷が走る。刃先の手に握られているステッキの持ち手の先にあったのは木製の杖ではなく、鋭い切っ先を持った細身の剣身である。そう、いわゆる仕込み杖。より詳細に言えばソードスティックと呼ばれるものだ。


「何者かは知りませんが、敵なら穴だらけになってもらいますからね?」

「ふははっ…!強いなぁ!」


 そこから一気に打ち合いへと雪崩れ込んでいく。刃先も解放戦線で武闘派を張る人物なだけはあり突きも切り払いも相当に鋭い。

 だが、剣術という点においてこの刺客は住んでいる世界が違っていた。


「じゃあね。」

「え…!」


 気付いていた時にはもう、胴体を一気に薙がれていたのだ。背骨に当たるパーツも、両断された。致命傷である。


「……多少は強かったけどねぇ。これじゃあ、楽しめないよ……」


 一気に大の字に崩れ落ちる刃先を眺めながら、手に持っているブロードソードの刃に付いた燃料を布で拭っていく刺客。明らかにこの手の事に手慣れている。


「やっぱり、あいつじゃないとつまらないなぁ……でも、内部のパーツはだいぶ馴染んできたかな?やっぱり、正規品のパーツは違うなぁ。」


 そんな事を呟きながら剣を鞘に納めた後、右手を動かす。体の内部にあるパーツを馴染んできている、正規品という言葉から、継ぎ接ぎ修理を行っている事は明確であった。


「なぁ、お前は私を楽しませてくれるよな?……リウ。」


 リウの名を呼ぶこの非正規品アリスの名前は、センク。かつてリウと同じマフィア組織に戦闘要員として工場から購入された、『辻斬りセンク』の名で裏社会で知られた非正規アリスである。そして現在は、他の裏社会の組織にも、また自らを保護するアリス解放戦線にも所属していない──

 根無し草の、『アリス殺しのアリス』である。

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