旅の行方

旅の行方


あ熱い熱い、熱い熱いあつい熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!どうしてわちきはえらいのにこんなこんなあついあついあついいたいこわいいたいいたい!!!


「お前らのせいで!故郷は燃えた!」

「私の息子はもう戻ってこなかった!お前たちのせいで!」

「天竜人は許せない!許せない!許せない!」


あ、あいつら、ころしてやる!あああああいたい、う、あづい、どうしておまえらはおれをきらう!?!!わらっていた!ちゃんとあいつが言うとおりにおまえらとはなした!わらっていた!どうしておれを、おれに石を投げる!どうしておれから逃げる!


「あ゛にう゛え゛ いだ、い゛だい… ! も゛う」

「ロシ、」


「も゛う…………… !  死゛にだい゛ !!!」


不意にヒュ、と風を切る音がした。それから鈍い音がして、“あ゛ ッ”と重い悲鳴を上げたきり弟の声が聞こえなくなった。


「あ… ぇぁ ?」


泣き声がしない。自分よりずっと小さくて弱くて泣き虫な弟の泣き声が。キーキーと鳴く誰かの叫びと火の粉の爆ぜる音ばかりが脳みそに焼き付いていく。ガンガンと頭が壊れそうな悲鳴をあげる。

音もなく、赤い血が弟の涙の跡の残る頬を流れてゆく。顎から空中に放り出された血は痩せ切った足にぽとりと落ちた。頭が急に重さを思い出したかのように俯いた。弟の顔は見えなかった。

足元で騒ぐ奴らが投げた石が、ロシィの頭に当たった。遅れてそう気づいた。



「……死んだ?」



「…うそ、せっかく捕まえたのに」

「簡単に死んでんじゃねェよクズ!」

「え…で でも天竜人だもの そうよ、同じ苦痛を味わえばいいんだわ」

「もう死んだのか!?」

「おれの妻の仇だ! ざまをみろ!」



「あ





ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



ロシィ、おれの、おとうとがしんでいる、おれの目の前で


喉が痛む。流した涙で顔の傷が痛んだ。

まるで他人事のように耳に入るおれの慟哭が止むころには、手に拳銃が握られていた。


「なぜおれの力まで奪った!!!なぜロシィの命まで奪った!!! もう取り返しはつかねぇんだぞ!!!

お前の首で…!!!聖地に戻る!!!」


「私が父親で ごめんな」


情けない男の声がする。引き金はあまりに■■かった。



ドンッ !






「ドフィ!!!」

「…!」


目の前にあったのは情けない女の顔だった。おれが起き上がると安息を得たとばかりに目尻を下げる。


「心配したのよ」

「…お前に心配されるほどやわじゃないえ」

「フフフ、相変わらず言うことだけは立派なんだから。あと語尾、『だえ』出てるよ」


ハッ!と思わず口を覆うと何が面白いのか盛大に笑われる。この女は相手が元天竜人だろうとなんであろうと失礼なのだ。しかしそんな女の笑い声にささくれだった心が凪いでいくのも事実だった。


酷い悪夢だった。珍しい夢ではなかったが。

銃声に飛び起きることもこれで何度目だろうか、とドフラミンゴは思案する。とある海賊団に入り、すっかり慣れたと思っていた破裂音は、忘れるなと言わんばかりに夢の中で響く。慣れるどころか今日の夢など旅した街の子供たちまで出てきて自分に石を投げる始末だ。すべて現実に起こったことなのが殊更おぞましい。

だが夢は夢。そもそも現実ではおれはロシィの死んだ姿なんて見れなかった。目隠しをされてつるされていたのだから、分かったのは弟を殺したつぶての音ぐらいだ。そう心を落ち着かせる。

横目でラミを見る。と、視線に気づくなり花が咲いたようにぽやぽや笑いかけてくる。


「ん?なになに、今日の私の夢が気になる?」

「いや別に」

「そ~か!フッフッフ!ならば聞かせてしんぜよう!」


そういって聞いてもいないのにつらつらと語りだす。これは最早こいつとの旅の朝の恒例だった。

この女は夢の話をしようものなら美味しいアイスやら可愛いぬいぐるみやら、お気楽なことしか語らない。いつからかそんな夢に『ドフィが出てきた!』とおれのあずかり知らぬところで勝手に参加させられるようになった。本当に、ほんッとーに遺憾であるのだが、まぁ他人を夢を操作できるわけもないので許しているのだ。仕方なく。

その実、女が熱病を患ったように悪夢にうなされる夜があることを、ドフラミンゴは知ってはいるのだが。

眼前で馬鹿みたいにはしゃいで楽しかった夢を話すこいつを見ると、無駄にその口を閉ざすようなことを指摘せずともよいか、と思うのだ。それがドフラミンゴの夢について何も聞かない女への彼なりの思いやりだった。


「はい!今日の夢はこんな感じ! さて、今日はバロン島に向かおう!」


長々とした夢語りが終わるとすぐにコラソンは立ち上がった。けれど、おれは座り込み、立ち上がらなかった。


「…ほ」

「ほ?」


「…ほんとに、行くのかよ…コラソン」


おれの言葉を聞くと、コラソンは一瞬驚いたように目を見開いて、それから困ったような顔になった。けれどしっかりと『うん』とうなずいた。




____この旅が始まってどれ程経っただろうか


最初は旅、というより誘拐と呼ぶのがふさわしい船出だったが、今ではオールを漕ぐおれの手にマメができる程になった。


おれを連れ出した女の意図のわからないまま、幾つもの島を巡った。様々な場所を見た。色んな人間にあった。何もかもが見たことのない世界に共通していたのは、おれを嫌っているところだった。

行く先々で石を投げられた。報復しようと何度も思い、拳を握った。おれは海賊だ、逆らうやつはみんなみんな殺してしまえばいい。船長。あの冷徹で、いつか本当に世界を壊すであろう尊敬する王のように。


けれど振り上げた拳を止めるのは、いつもその“王”の妹だった。


『やめて…! この子が何をしたっていうの! この子に罪なんてない!』

『邪魔だえお前!どけ…!』


何度も何度も繰り返した。おれが暴れようと、島の人間どもが武器を持ち出そうと、女は馬鹿みたいにおれを抱きしめるばかりだった。


その抱きしめる両腕の温度を、母様の様だと思う頃にはとっくに絆されていたのかもしれない。



コラソンに言われたとおりに言葉遣いを直した。『だえ、は正直無い』と断言された日の衝撃をおれは忘れない。

偉そうにするのをやめた。確かにロー船長と比べると、おれには偉ぶるための色々なものが足りなすぎる。

武器を簡単に向けることをやめた。これにはあまり納得していないが、コラソンが強く言うのでしかたなく、だ。



___それでも駄目だった。周りは変わらなかった。

最初はいい、軽口を叩いて丘をかけっこする。マリージョアでは絶対に見ないような野蛮で、楽しい遊びを島のガキとするのだ。刺激のない、平凡な時間。

けれど途中で全部駄目になってしまう。少しでも片鱗を悟られれば繋いでいた手は、おれを殴る凶器になる。

いつもコラソンが駆けつけておれを守った。だから大きな傷はできたこともない。痛いこともない。けれど振りほどかれた手に何も感じない自分は、とうに追い越していた。


「ごめんねドフィ」

「なんでコラソンが謝る。…それにそう言うぐらいならもういいだろ、こんな旅」

「それは無理かなぁ」


手をつないで船着き場まで歩いていく。


「こんな旅いつまで続けるんだ お前だって怪我をした」

「あ、心配してくれてるの?」

「~~~~~ッ!そんなわけないえ!ば~か!」

「痛っ も~そんな怒んなくてもいいのに。アイス買ってあげるから許してよ」

「そんなんで許すほど子供じゃない!でもアイスはもらう」

「ぼ、ぼったくりだあ!」


キャインとコラソンが抗議する。その顔を少し後ろから見つめる。


本当は、もうとっくに気づいている。おれが嫌われる理由など。

元天竜人だからだと言えば、コラソンは『でもドフィはいい子だよ』と笑った。


違う、違うのだ。いい子などではない。おれはもうただ高貴で馬鹿な天竜人ですらない。



おれのうちには悪魔が住んでいる。痛みを刻み込まれ弟を殺されたときに生まれ、父親を殺して嗤う悪魔が。

地獄の業火を瞼の裏に焼き付けて『許せない』と叫んでいるのだ。


コラソンと、島の人間と触れ合うたびに思い知る。あいつらは母様やロシィとよく似ている。陽だまりのような体温をしていて、心地よいにおいがする。

おれの温度はあいつの首を持ってマリージョアに行った時のままだ。死んだばかりの体の、温かいことが気味の悪い生ぬるさ。


コラソン、おれはきっとお前らみたいな“人間”にはなれない。誰も、許すことなんてできっこない。お前のように悪夢にうなされても優しく笑うことなんてできない。

あの怒りは風化などしない。そして、万一忘れるぐらいなら仲間や安息などかなぐり捨てて、死んだ方がマシだと、心底そう思ってしまうのだ。



「大丈夫だよ!ドフィだって頑張ってるもの、きっと素敵なお友達ができるわ!」

「…おう」



この旅の行方に、意味がないことなんて知っている。

もうとっくに諦めている。すべて許して、人間になることなどできやしない。


それでも、何を言っても性懲りもなくおれと一緒にいるコラソンとの時間は、誤魔化しようもなく楽しかったのだ。

だからおれはここにいる。これからも多分、ずるいことだと知りながらこの人の温かい手を離せない。













これは旅の途中。

この旅で得ることになるものも、最後に失うものもまだ何も知らない時間の少年の話。___少年が彼女を『コラさん』と呼ぶようになるまで、あと少し。

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