新時代の誓い

新時代の誓い


 私たちは逃げ続けている。いろいろな場所を転々と移動しながら。

 ううん違う、私は守られてきただけだ。私はずっとルフィに助けられ、いろいろなものを背負わせてしまっている。

 そして今回もそう、ある海兵を倒して逃げてきた。スモーカーさんとたしぎさんだ。当然私は何もしていない。“あの日“以来、戦闘——特に海兵と戦うことはおろか、楽しく歌い、楽しませることすらできない。私はルフィに守られるだけで、優しい彼にかつての仲間を倒すという苦渋の決断を迫らせておいて、それをただただ泣いて見ているだけだった。

ルフィはいつも以上に口数が少ない。誰よりも友達を、仲間を大切にするルフィが二人をぶっ飛ばしたのだから当然だ。ルフィはそれでも明るく振舞おうとしているけど、ずっと一緒にいた私じゃなくたってそれが空元気だってわかるだろう。

大切な人がこんなに苦しんでいるのに何もしてあげられない。今の私が歌ってもルフィの心を癒せるわけがない。じゃあ私が彼にしてあげられることは何?わからない。

いや、まだあった。今の私が彼にしてあげられることが。

 

「ねぇ、ルフィ」

「…ん?どうした、ウタ?」

 

ルフィはいつも通りの明るい笑顔で答えてくれる。そんな彼に私はもたれかかるように抱きついて———

 

「……ウタ?」

 

キョトンとした反応をした彼の耳元で囁くように歌を歌った。



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 ウタワールド。私のウタウタの能力によって作られた夢の世界。そこに私とルフィはいた。


「ウタ、どうしたんだ、急にここに連れてきて…」


ルフィは疑問を投げかけてくる。当然だ。いつも暗くて歌うこともほとんどしなかった女がいきなり抱きついてきたと思ったらウタワールドに引き込んできたのだから。

 

「ごめんね、ルフィ。いつも迷惑かけて。」

「…気にすんな!おれが勝手にやってるだけなんだからよ!」

 

ああ、やっぱり私はルフィが大好きなんだ。こんな私に対していつものような太陽な笑顔で優しい言葉をかけてくれる。積み重なった罪悪感に押しつぶされそうなのに、私は心が満たされ、温まるのを感じる。

そんな自分が嫌だった。これ以上私はどれだけ彼に甘え続けるつもりだ。

 

「ねぇルフィ、お願いがあるの。聞いてくれる?」

「おう!いいぞ!なんだ?」

 

本当にどこまでも優しいな。まだお願いの内容も言ってないのに二つ返事で叶えようとしてくれてる。

そんな彼に私はゆっくり近づき、押し倒す。そして彼に跨る体勢となり———

 

「………私を抱いてくれない?」

 

そう、彼に言った。

 

「ウタ…?」

 

突然のことにルフィは困惑している。そんな彼に構わず私は続ける

 

「私はずっと迷惑かけてきたのに……!傷ついていくルフィをずっと隣で見てきたのに…!何もしてあげられなかった!あなたが好きって言ってくれた歌も歌えない!なのに…なのに…!」

 

目頭が熱くなり、涙があふれだしてきた。それでも言葉は止まらない。

 

「ずっと私のために戦って、弱音も言わないで…!あなたの方がつらい思いをしてるのに私はあなたに励まされ続けて…!」

 

私の醜い号哭を彼は静かに聞いてくれている。この期に及んでまだ甘えるのか。それでも私は言い続けた。

 

「お願いだから、私にも恩返しさせてほしいの!あなたを支えたいの!助けになりたいの!お願いだから…!」

 

———私があなたの隣にいていい理由を与えてよ———

 

最後の言葉は出なかった。言えなかった。それだけは言ってはいけない、そう感じてしまったから。私は溢れる想いを抑えるようにルフィに胸に顔をうずめて泣いた

 

そんな状態でもルフィはただ静かに聞いてくれていた。そして

 

「ウタ」

 

ルフィは私の名前を呼んだ。その声に反応して私は顔を上げ彼の顔を見る。すると彼の両手が私の頭を掴み、引き寄せられ———

 

キスをされた。


 とてもやさしいキスを彼にされた。正直混乱した。でも唇を伝う熱はとても心地よく、私はそれを静かに受け入れていた。

 おそらく時間としては数秒なのだろう。しかし私には永遠とも思える時間だった。彼はキスをやめると。

 

「ウタ、これはおれが勝手にやってることだって言っただろ?おれはウタがそばにいてくれるのが一番嬉しいんだ。おれはお前が隣にいてくれないと嫌だ。だからこれからも俺の隣にいてくれよ」

 

「頼む」

 

その言葉を聞いて私は再び泣き出してしまった。子供のようにわんわんと泣いた。そんな私を彼は優しく抱きしめてくれた。

嬉しかった。彼が私にキスしてくれたこともそうだが、それ以上に私が隣にいていい理由を与えてくれたことが。大好きな彼の傍にいていいんだ。

 

 そしてそのまま私は眠るまで彼の胸の中で泣き続けた。

 

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 目が覚めた。少し前までウタワールドにいたからか、あまり寝ていたという実感がない。だが傷ついた体がここは現実なんだと教えてくる。とりあえず起きようと体を起こそうとしたとき、右腕が何かに引っ張られるような感覚があった。

 ウタだった。ウタが自分の腕に縋りつくようにして眠っていた。おれはその顔を見てウタワールドでの出来事を思い出していた。悲痛に泣き叫ぶウタの姿は目に焼き付いて離れない。そしてあのキスの感覚も鮮明に残っている。そうして思い返しながら彼女の頭を撫でようとして気が付いた。

 

ウタは泣いていた。涙を流しながら眠っていた。

 

忘れていた。おれはウタワールドでウタと一緒にいるつもりだったけれど、現実は違う。ウタワールドの外のウタは一人ぼっちになる。そして、ウタはつい先ほどまで一人で泣いていたのだ。自分の心中を吐露していたときも、泣いていたときも、キスをしていたときも。もしあのまま彼女の願いを受け入れていたらどうなっていた?その間ずっとウタを一人ぼっちにする気だったのか?

自分が許せなかった。ウタに心配かけまいと、元気でいて欲しいと考えていたのに結果がこれだ。

 

『お前ら本当に仲いいよなぁ!いっそのこと付き合っちまったらどうだ!?』

 『ちょ、ちょっとやめてよね!ルフィと私はそういうのじゃないって!』

『おいルフィ!間違ってもウタちゃん泣かせんじゃねぇぞ!』

『当たり前だ!ウタを泣かせるようなやつはおれがぶっとばしてやる!』 

 海兵だった頃の思い出が蘇る。 だめだ、自分が思っていた以上におれ自身も追い詰められていたんだ。この終わりのない逃避行に疲れを感じ始めていた。友達も自分の手で傷つけて、挙句の果てに『一番大切な人』を苦しめた。


 ウタの涙を拭い決意する。もう、終わらせないといけない。『大切な人が笑える』世界を創らなきゃいけない。

 でもそれはどうすれば創れる?おれは一つだけその方法を知っている。ウタはどう思うだろうか。嫌がるかもしれない。もしかしたら嫌われるかもしれない。それでもいい。ウタがまたみんなの前で楽しく歌ってくれるなら。ウタの歌を聴いた人々が笑ってくれるのなら。

 

———かつて“それ”を見つけた人はただ一人。その男は死に際の一言で『新時代』を創り出した———

 

 なら次に“それ”を見つければおれの望む『新時代』を創れるかもしれない。確証はない。でもそれしか方法がわからない。だからやるしかない。ウタにどう思われても、嫌われても成し遂げないといけない。

 覚悟は決めた。もう迷わない。

 必ず“それ”を———“ワンピース”を見つけ出して———

 

「海賊王におれはなる!」

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