斎藤硝太の日常

斎藤硝太の日常



僕には変わった兄と姉がいる。

キラキラした金色の髪を持った美形の双子。まるで人形のようなどこか魔的な魅力を持つ双子。星野アクアと星野ルビー。

兄のアクアは頭がいい。勉強している姿なんて大して見ていないのにまるで最初から知っているようにテストは毎回満点。宿題もすぐに片付けてしまう。その上器用で五反田というおじさんの家に入り浸って大人と混じってお仕事をしているというのだから驚きだ。

姉のルビーはいつも明るい。アイドルになりたいと言ってダンスの練習をしている姿をよく見る。そのダンスはとても綺麗で心の奥底を掴まれたように魅入られてしまう。歌の歌うのは少し下手っぴだけど、誰にでも好かれて、お友達も多い。

二人とも僕よりずっと大人で、優しい。同じ歳のはずなのに、僕よりずっと前を歩いている。

そんな二人と僕は、実は本当の兄弟じゃない。

兄と姉は実は僕たちがもっと小さい頃にアイドルとして輝いていたアイという女性の子供だそうだ。だそうだ、というのも僕達が小さい頃にその人はファンの1人に刺されて亡くなってしまった。アイという女性のことは朧気ながら優しいお姉ちゃんとして覚えている。彼女がアクアとルビーを溺愛していたことも。

そしてアイさんが亡くなった後、僕のお母さんである斎藤ミヤコが二人を引き取って育てた。

このことは四人だけの絶対の秘密。友達にも先生にも絶対に教えてはいけないよ、とお母さんがよく言っていた。


どうして秘密にしなくちゃいけないのかは分からないけど、秘密は守らなくちゃいけないなと強く思った。───何故なら、アクアとルビーがお母さんの子供である限り、僕のお兄ちゃんとお姉ちゃんなのだから───



「硝太のお姉ちゃんってさ、めっちゃ美人じゃん!連絡先とか聞けない?」

「えー、やめといた方がいいよー」

「そこをなんとか!」

「仕方ないなーお姉ちゃんに言っておくよ」


「硝太君のお兄さんに、その...この手紙、渡して欲しいんだけど...」

「わかった、渡しておくよ」

「ありがとう!」


いつものように近づく友達というレッテルを押し付けてる他人の言葉をのらりくらりとかわす。自慢じゃないけど友達の数はかなり多い部類だと自覚している。けど、その友達がどんな気持ちでこちらに近づいたかどうかは話が別だ。僕に近づく人はみんな僕のことを星野アクアの弟、或いは星野ルビーの弟として見ている。スクールカースト上位の上に想像以上にガードの高い本人達と仲良くなるのは正直至難の業だ。コネも何も無い学生では不可能と言っても過言ではないだろう。しかし、ここに例外が存在する。スクールカーストも双子より高くなく、ガードもゆるゆる。そのくせ仲良くしておけば勝手に星野兄妹まで繋がる待たなくてもいい、某遊園地のファストパスのような通行券。それが僕だ。兄も姉も弟である僕には甘いので友達になれば簡単に関わりを持つことが出来る。これは斎藤と星野という違う名字を持っているのに兄弟という変わった関係であることを知っている人しか使えない裏技とも言える抜け穴だ。だから僕には友達が多い。けど友達なんてこと言って遊びに誘ったりしてくる奴らが欲しいのは人気な双子と仲がいいという証明のみ。僕はどこまで行ってもそのための道具に過ぎない。

先程話しかけてきた男子には後でルビーには断られたと言ってかわりにルビーのエピソードで気を逸らして、手紙を渡してきた女子の手紙の中身はどうせラブレターだろうから念の為中身を確認したあとはアクアに見せる前に処理しておく。いわゆる汚れ役というやつだ。

しかし僕はそれでも構わない。下手に防御を貼りすぎるとルビーのように勝手に関係を作っていくならともかく、アクアだと一人ぼっちになるだけだ。僕だって独りよがりな幸せを二人に押付けたいわけじゃない。恋愛感情で近づいてくるやつ、素行不良、成績不振。そんな迷惑そうなやつだけ省いていけばいいのだ。その為にワザと緩く見える抜け穴を見せてそこに誘導していく。そこからいい人を通していけば「じゃあ俺も行けるかも」と勘違いした連中が勝手にこちらの道を選択してくれる。それだけで二人の負担は大きく減らすことが出来る。人はいつだって簡単な道を選ぶ言い訳を探しているのだから。


「あ、見つけた硝太!」


そんなどうでもいいことを考えながら女子からアクア宛のラブレターを確認していると後ろからいつもの元気な声が聞こえる。

声の主を確認するのに、振り向く必要すらない。その元気な声の主は僕の姉であるルビー以外ありえない。


「どうしたのお姉ちゃん」


アクア宛の手紙をルビーから見えないようにポケットに隠しながら振り向くとそこにはこちらに向かって大きく手を振っているルビーとそれを微笑ましそうに眺めているルビーの友達がいた。

この時間からして一緒に下校しようというだけの話だろう。アクアが近くにいないことから考えてアクアは五反田おじさんのところに行ってしまったようだ。


「一緒に帰ろっ!アクア先に行っちゃったし!...ん?」


予想通りの答えがルビーから返ってきたので安心して頷こうとしたその時だった。

ルビーが顎に手をやってこちらに何か疑いの目線を向けて来た。ポーズも表情も文句無い程可愛い...ではなく疑われるようなことはしただろうか。



「どうしたの?」

「硝太、今何か隠した?」


と、ふとポケットに入れたアクア宛のラブレターを思い出す。まさかアクア宛のラブレターを受け取っているだけじゃなく、中身を確認して処理するところでした、なんて言えるはずもない。


「え、いやー、隠して、無いよ?」

「隠してる感じじゃん。今日帰ってきたテストもないし...まさかっ!いいからお姉ちゃんにも見せなさーい!」

「うわ〜」


姉の目はどうやら蛇の目より鋭いようで、こちらの魂胆などお見通しらしい。抵抗する術など勿論ない。

ここはやられた振りをして大人しくアクア宛のラブレターを渡すしかない。念の為シールは綺麗に剥がしたので再びくっつければ預かっただけのラブレターとすることも一応不可能では無い。


「やっぱり!」

「これお兄ちゃんのだから!」

「え、お兄ちゃんの?...見る目無いね、その人」

「まぁまぁ」


ルビーの容赦ない罵倒を沈めながら周りに先程ラブレターを渡してきた女子が居ないことを確認する。運が悪いことに本人はいなかったものの、先程のやり取りをかなり多くの生徒に見られた。中にはお兄ちゃんとお姉ちゃんの共通の友達だっているかもしれない。

このままだとアクアに知らせずに処理したことが友達経由でバレる危険性がある。アクアにはラブレターをこのまま渡してしまう以外の方法ではアクアの世間体を崩してしまう危険がある。こうなったらアクアにちゃんと渡した上で断るように薦めるしかない。


「ほら、それより早く帰ろ?お母さんがご飯作って待ってるよ?」


これ以上学校に長居すると友だち面した奴らがルビー目的で近寄ってこないとも限らないのでルビーの手を取って駆け出す。


こんな少し変わってる日々が僕、斎藤硝太の日常である。

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