敵対者

敵対者


「処置は終わったぞ」

「ロー!さっきの人、どうなったんだ!?」

「あの症状は"ありふれた"気の狂いだ…。手持ちの鎮静剤を処方しておいた。あとは安静にさえしていればすぐに治る」

「いや気が狂うのにありふれたも何もねえだろ」

「でも治ったんだよね!?……よかった…ありがとう、ロー…!!」

「"あの"鎮静剤をローが持っててよかった。あれを今から作るのは大変だから…」

見聞色で見えたイヤな気配に向かったおれたちは、今なんと王宮の、それも王女様の部屋の前に皆して立っていた。

しかしまさか、ローたちの向かう先が王宮だとは思わなかったぜ。あの気配の中心にいた王女様はなんでも能力を使っておかしくなっちまったって話らしいが、ウタのことといい、悪魔の実の能力ってヤツはやっぱちょっとやべえモンなんじゃねえのか。

東の海の航海でもう、ルフィの腕がのびるのなんて当たり前に思うようになってた。生まれ育ったあの村に続く坂道で、おれはあんなに度肝を抜かれたってのに。

今は仲間にも能力者が増えて、色んな奴らと出会って感覚が麻痺しちまってたが、よく考えりゃあなんであんな力が使えんのかすらおれは知らねえんだ。

「ヴィオラを救ってくれたこと…王として、なにより父として感謝する」

もやもやする考えをさえぎって現れたのは、白いもこもこの縁取り付きの、立派なマントを羽織った王様だった。

「お爺様!」

「なっ…!?」

「あれ?じゃあレベッカも王女様なのか?」

「なんだ、ローも知らねえで一緒にいたのか」

「どういう経緯で王族が花畑のど真ん中に住んでるんだ……」

「どうなってんだよあんたら」

呑気なチョッパーとルフィの言葉に眉間を押さえたローを見て、おれも流石にツッコミを入れておいた。そりゃ王女様なんて分かんねえよ。

「あ!そうだ!これローに渡してくれって頼まれてたんだった」

気を取り直して国王に向かい合おうとしたおれたちをよそに、ルフィはポケットからあの白い丸薬の包みを取り出しローに押し付ける。

「病気の薬なんだけど、どっから出てきたのか分かんねえアヤシイやつらしいぞ」

「セニョールって呼ばれてる賞金稼ぎにもらったんだ!お前知り合いだろ?」

「セニョールが…そうか、助かる」

「これって"M"の薬だな!おれたちも調べたかったんだけど、ぜんぜん手に入らなくて困ってたんだ!」

どうやらチョッパーたちもこの薬を探してたらしい。医者の二人が手に入れられねえって、ホントにアヤシイ薬なのかもしれねえな。

「それが例の…」

「すっごく高い値段で売ってるやつだよね。やっぱりアヤシイんだ…」

よし確定だ。ローとチョッパーがげんなりしてて王様たちからもアヤシイって思われてんだからアヤシイやつだこれは。

「すぐ解析したいけど…その前に調査で分かってることがあったら教えてもらってもいいか?」

「無論だ」

即答した国王に、チョッパーの隣で渋い顔をしてたローは少しだけ表情を緩めた。

「政府に見捨てられた国に、ずっと諦め悪く残ってるようなあんたらだ。当然原因も調べてるだろう?」

戦う男の目をした王は、その言葉にしっかりと頷いて語り始めた。


赤目の病の最初の患者は、なんとスラムのネズミだったらしい。

下水道を根城にしてるネズミたちの目が赤く染まって凶暴化する。それがこの病気が知られるようになったきっかけだった。

それからほどなくして、今度はそのスラムで赤目の男が暴れてるって話が上がった。駆け付けた王国軍はとんでもねえ馬鹿力とタフさの患者にだいぶ手を焼いて、やっとこさ牢に入れたもののそっからがまた大変だった。

なんせ体力もあるし傷もすぐ治るし落ち着かせるような薬もあんまり効かねえし、能力者でもねえから海楼石も役に立たねえ。患者が増えるに従って、かなりの兵が暴れるそいつらを抑えるためだけに駆り出されるようになってったわけだ。

それにこの病は人死にが出るようなもんじゃねえ。

普通に考えりゃもちろん良いことなんだろうが、医者も食べ物も足りねえ、海兵も撤退していねえ国で、延々と暴れる患者をどんどん抱え込むのは難しい。

「現に、発症者に襲われ命を落とした者もいる。まだ症状の進行していない患者までも排斥せんとする動きが生まれつつあるのも確かだ」

そう言って重苦しい息を吐きだした王様を、レベッカは不安そうに見ていた。

どんだけ患者の近くにいても感染したりしねえから、どっちかっていうと中毒に近いようなモンなんじゃねえかって話にはなってきちゃいるが、むしろそのせいで誰がいつ発症するか分からねえってことらしい。

聞けば聞くほどやべえ状況だが、問題はそれだけじゃねえみたいだった。

妖精やら守り神やら呼ばれてたトンタッタ族が、盗みをやる奴やらねえ奴に分かれてあれこれやらかしてる。しかも、そっちも病気の問題に関係して出てきたモンだっていう話だ。

「だが調査の結果、盗みを続けているトンタッタ族の拠点はこの国に眠る巨大な地下墓地であろうと分かっている。そして赤目病の発生源が、おそらく地下遺跡を源とする、水の汚染によるものであることも」

「水の汚染…!?大変だ!!!」

「じゃあ水飲んだらビョーキになっちまうのか!?」

「それほど単純な問題じゃねえ。汚染された水の影響を受けるのは動植物も同じだ。初期の、スラムの患者はおおかた赤目のネズミを食ったってところか。飲料水を別に手に入れられる家庭でも生物濃縮が問題に……」

ローはそこまで言って、ちんぷんかんぷんなおれたちに考え込む素振りを見せた。

「つまりこのまま放置すれば、この国でメシを食っただけで病気になるようになる」

「あんなにうめえのにか!!?」

「つーか、そのトンタッタの連中はなんか知ってんじゃねえのか!?」

「都合良く薬をばら撒いて金を集めてる、"M"という医者もな」

地下遺跡の探索はずっと昔から王家の掟で禁じられてるそうだが、流石に国が亡ぶかどうかの瀬戸際で放置はできねえ。それであの胸像の男、そんでもってレベッカの父親の、キュロス率いる国王軍が明日から調査を始める予定になってたらしい。

「私、お父様や皆のことが心配で、ヴィオラさんに話したら先に様子を見てみるって言ってくれて……」

「そしたらああなっちゃったのか…」

「おれは今話を聞いて心配ががっつり増えたぞ…!!」

どう考えてもやばい臭いしかしねえ話だ。そんな遺跡にノコノコ入っていって大丈夫なわけねえだろ。頭を抱えたおれの隣では、ルフィがまたまた首を傾げてる。

ものすごく嫌な予感がしてきたぞおれは。

「今から見に行きゃいいじゃねえか」

やっぱりな!

「君達がか!?待て、危険すぎる!!君達にこの国を守る義務など無いはずだ…!!」

「ギムとかじゃねえよ」

ばっさり言い切ったルフィに迷いなんてねえ。

おれは怖えよフツーに。怖えけど。

「お、お、おれも行くぞ!!!」

今夜、誇り高き戦士たちの武闘大会があるんだ。病気が治るって信じて踏ん張ってる男が、この国にはいるんだ。

おれだって、おれだって命はって、胸はってめェいっぱい笑ってやるんだ。

「うし!!行くか!!!!」

膝が震えたままのおれに、ルフィはニカっと太陽みてえに笑った。


王宮の入り口から入った地下遺跡は、カビっぽい臭いとひんやりした空気に包まれていた。

「おい…なんで石像のランタンに火が灯ってんだ…?」

「誰かいんじゃねえか?」

「そ、そうかこれもトンタッタの仕業ってワケだな!全く驚かせやがって!」

途端、視界の端で真っ赤な光が動いた。

「ギャー!!」

「うりゃ!」

ルフィにぶっ飛ばされたそいつは、バカでかい赤目のネズミだった。

「こんなにでけェのかよ!!」

「目ェホントに真っ赤なんだなー」

凶暴になってようが、ネズミはネズミだ。

タネが割れりゃ怖くもねえ。赤目の奴は火を怖がるって、こちとらローとチョッパーにも聞いてんだ。ルフィと一緒にネズミを追い散らしながら、ぬかるんだ砂利道を進んでいく。

そんな時だった。

「…まさか、王宮側の入り口から海賊がお出ましとはな」

暗い遺跡の奥から、一人の男が現れた。

顎のバツ形の傷に、胸に刻まれたデカいXの字。

コイツの顔を、おれはどっかで見たことがあるぞ。

「誰だお前」

「待てルフィ!こいつ確かお前とゾロと同じ…!」

「最悪の世代か。今となっては意味のない呼び名だ」

やっぱりだ。いつだったかシャボンディで手配書を見たことがあった。

しかし、今は意味がねえってのはどういう話だ。

「おれは百獣海賊団、飛び六胞がひとり。X・ドレーク」

両刃剣と斧なのかメイスなのか、とにかく物騒な武器を構えたそいつが一歩、重たい足音を響かせる。

「お前達の敵だ」






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