敗北者
「本日の相手なんですが...『唯一の敗北者』の通り名を持っています」
「へー!面白そう!」
いつもの如く、対戦相手を聞く彼らだったが御手洗の顔色が悪い。どちらかと言うと、怪訝な顔つきだ。
「どうしたの? 御手洗くん。下痢気味?」
「違いますよ。いえ、この人の経歴が可笑しくてですね………その、ワンヘッド、負けてるんです。この人」
*
「勝者の条件を知っているか? 負け犬。それは──寄り添える者だ」
ポットの中に閉じ込められ、餓死を待つだけの受刑者に彼は告げる。自らの強さ、その原点を。
「私の職業はカウンセラーだ。他者の悩みに寄り添い、理解し、支えてあげる。酷く立派で奉仕甲斐のある仕事だとも」
「へーへー、じゃあ俺みたいな弱者にも寄り添ってくださいよ、カウンセラーさん」
負け犬の遠吠えに、勝利者はただ口元を歪めた。嘲笑うように、貶すように。
「誰もが悩みを抱えてる。しかし、その悩みは突如降ってきたものではない。自身の重ねてきた経験の中に答えがないから、人は悩むんだ。己の人生の怠慢を棚にあげてね」
「失礼な! 俺はこう見えてMARCH出てるんだぞう!! 卒業してからはギャンブルばっかりだけど!」
「故にお前は負けるのだ。理不尽な事への悩みなど、この世にはない。全て理解できる物事の範疇でしかないのだから」
そして、勝者は立ち去る。敗者が死ぬのをただ待つために。彼は日常へと帰るのだった。
勝負から1週間後、担当が伝えにきた。勝負の決着を、自らの選んだ結果に──
「対戦相手が1週間生き延びた為に、貴方の負けになります。なので、今からペナルティを受けていただくため、ご足労をお願いします」
彼は言葉を失った。抗おうとすれば、暴力を振るわれ、逃げようとした矢先に捕まって、這いずるように連れていかれる。
「いやぁ、残飯でも美味いっすね!! 俺もこんな飯が食えるようになりてえなぁ」
そこには富豪達から残飯を投げられては犬食いする浅ましき負け犬がいた。
彼はこちらに気がつくと、汚れた手を振って肉を食う。その姿がまるで理解できない。
「理解できないって面構えしてんな。言っておくが、アンタ魔法の存在は信じてるか?」
「な、何故貴様は生きてる! 何故死なない! 普通の人間は死ぬんだぞ! 理解できない! 出来るはずがない!」
「俺は魔法はあるって信じてる。だって、こんなに世界は広いんだ。人が理解できない事だってきっと山ほどあるに違いない」
まっ、銀行で賭博も大概か。と彼は言いながら、肉を食べ終わって勝利に驕っていた男の肩に手を置いた。
「そもそも、世界を全て理解したなら、そいつは神様かなんかだろ。だけどお前はただの人だ。その考え方直したほうがいいぜ。1週間、飲まず食わずでな」
親指でポットを指差しながら、彼は立ち去る。漸く理解した。
世界は理不尽なものなどないと思っていた自分がどうしようもない愚者だったのだと。
*
「他にも聖杯の毒で腹下すだけだったりショートホープで落下地点から這い上がってきたり加圧から減圧の逆転を我慢したり氷点下100の冷風と100度の熱波を耐えたあと特0のリンチにゲストが白けるまで耐えたそうです」
「一応聞くけど人間だよね?その人」