放課後と恋のcooking
晴コヨで学園モノ
イメソン
https://youtu.be/drCA3BNdlSA?si=_qkqA5GYUvSlfK9X
無断で借りた椅子に座る私、自分の机で大部分の顔を隠すような姿勢で寝ている晴人。曇り空の教室。体の力を抜いて熟睡中の肩を揺すり起こさずに、私は、その場に置かれていた教科書を読み耽っていた。
国語の教科書は、他の教材に比べて、甘い味がするらしいと聞いたことがある。紙を甘く感じる理由には、使われているイラスト量が関係しているかもしれないって言葉が添えられてもいたな。多分。他の教科書と食べ比べ、真実を確かめる気はないけど。何枚かに一枚、端が千切れている彼の教科書が発端でそんなことを思い出した。
だから、日常的に貴方が触れた紙の一片を自分の口まで攫って、胃の中に隠しても気付かれずに。
「ご馳走様でした」
その後も、しばらく指先でページを捲り遊んでいた。廊下から流れる冷たい湿気でひそやかに強く、雨の香りが二人きりしか、居ない教室内にばら撒かれる。それに思考が引っ張られ、私は、窓の外をぼんやりと目線を動かして確認する。全体を夜が滲み始めていた。
帰り道があまりにも暗くなってしまう。私のお父さんは、とても心配性だから探しに来てしまうと鉢合わせになって大変だ。晴人の教科書をこっそりと机の上に元通りにして立ち上がる。それと、足音で呆気なく起こすのは口惜しい気がしたから、忍び足で眠ってる彼の真横へと近づく。頭髪が寝息に併せ、ささやかに動くたびに、香ばしい風味の太陽と駆け回る大型犬を想像させる匂いが、立ちのぼっていた。
晴人の額の髪を梳きながら「起きて」と、呼び掛ける。
「…う〜ああ、ふぃー」
起こし方が違ったせいかな?寝起きが珍しく悪いみたいだ。
「おはよう。もう夕方だけれども」
「ごめん、絶対に寝過ぎたかもしれない」
「そんなことはないよ」と、私は素早く否定する。彼は「本当に」って少し疑う。
それよりも挨拶を返して欲しかったよ。なので、代償に、相手をじっと見る。
顔を上げた晴人が、私の視線を受けとめた。そうしたら、柔らかく甘い風が今日も通り抜けた。彼の好物だけを原因にして、この風が通る理由ではないってことを、実は、もう私は知っている。
「晴人から、いい匂いがする」
でも、気づかれたいけど、知られたくないから…私は、胃を疼かせながらも…。下唇を噛む。血は出ていない。
「あぁ~昼間に、一個食ったからかな…」
「またドーナツを?」
「そう、ドーナッツ。プレーンシュガー」
晴人は、にやりと口元で笑う。
「帰ろう。そろそろ雨が降るよ」
「ふぅーそうか。ならコヨミも、俺が後ろに乗せてく」
下校準備を手早く済ませた晴人の後を小走りで少し追う。この時間帯だと、まばらになって輝らされる通路を手を繋いで、焦らずに帰り道の階段を一段ずつ降りた。
雨がシタシタと振り始めていた。校庭の湿った土を踏み、革靴の裏で小石の存在を確かめつつ、黄昏の自転車置き場を慎重に隅々まで把握する。晴人は自転車通学だけど、私にとっては、初めて来る場所だからどうにも緊張してしまって嫌だな。気分を誤魔化す手荷物さえ、晴人に持って行かれて存在していないんだもの。やたらと、騒がしい気持ちが他の人に知らせて彼に伝わったら、恥ずかしくてどうしようもない。
「お待たせ。コヨミの鞄も籠の中に入れておいたから…」
籠を覆いかぶさるレインコート素材のカラフルな袋が目印の自転車を牽引している晴人が、緩やかな速度で停まる。
「念の為に折りたたみ傘が鞄に入れてあると思うの」
「あっ…そうなのか。先走ってごめんな」
首をゆっくり横に振る。そしたら、鞄を確認しやすい屈んだ体勢に変えて鞄のチャックを開け始めた。
「ハンカチ、持っていて良かった。ほいしょっと、コヨミは後ろの席に乗ってくれ」
傘をうわの空で準備してる間に、晴人はそう言って、下を向いていた。ポケットからハンカチをこちらに渡して笑いかける。
「ありがとう。ハンカチも」
手すり代わりとして片手を借りて荷台に乗る。
「どういたしまして、気にするな」
無地のハンカチを敷かれた自転車に乗り、広げた折りたたみ傘を両手で私がしっかりと持てば、帰り道を二人して体を濡らさなくても済むかもしれない。
自転車転倒の危険は彼が魔法使いをしてるから、傍観して見るより心配ないみたいだ。実際に例えば、私のスカートに、路上の泥の跳ね返りは付かないで車輪は回る。
「こっちに、もっと体重を掛けても良いんだぞ」道中で晴人は言う。
「後輩を怪我させたら、お父さんに怒られるからな」
私は、小さめに頷く。正面を見据えて答える晴人の背中に向けて静かに、壊れないように優しく。家に帰ったらハンカチ洗わないと。
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