接触
配管と煙で溢れるコルチカムを探検する麦わらの一行。
「んも~~!!!何でこんなに高いのよ!?」
「仕方ねぇだろナミ、寒い町なんだから毛皮や羽毛の入った服は貴重なんだよ」
ナミとウソップ、そしてチョッパーの3人は情報収集の建前のもと、彼女のショッピングに付き合わされていた。しかし、太陽の出ない寒いコルチカムでは畜産や野菜などは贅沢品であり、ナミが買おうとしていた羽毛の入ったコートもぼったくりと言ってもおかしくないくらい高騰しているのだ。
「これじゃあ何にも買えないじゃない」
「あぁ~おれもミルク飲みたかったな…あれ?」
「どうしたチョッパー?」
チョッパーが2人とは反対の方向を凝視している。見ると
「もしかしてあいつ…ルフィか?」
ウソップが目を見開いて呟く。
あの時ロビンを攫った黒いコートの男
間違いなく「ルフィ」であった。
「ルフィのやつ、どこへ行くんだ…?」とチョッパー。
「ロビンの件もあるし、ついていきましょっ!」
「ええ!!おいナミ、アイツの力見たか!?総出で攻撃してもビクともしなかったんだぞ!!?」
それでも彼女は「ルフィ」の元へ走っていく。それに続いて仕方なくウソップとチョッパーもついて行った。
人気のない路地裏に「ルフィ」は足を進めていく。
「おい…本当に大丈夫なのか…?」
「しっ!アイツがどこにいるか分かったらロビンの居場所も分かるはずよ」
ナミ達は尾行をしていた。「ルフィ」を見失わず、かつ近すぎない絶妙な距離で彼を追っていく。
黒ルフィは薄暗く、一度見失えば二度と見つからないような配管の入り組んだ路地裏の迷宮を迷いもせず進んでいく。
「どこへ行くんだ…?」
ウソップが小さな声で呟く
「分からない…」とナミ
「アジトでもあるのかな…」
3人で彼の行先を推測して追っていた時だった。
突然、黒ルフィは歩みを止める。
「…止まったぞ?」
チョッパーが首を傾げる。
「後ろにいるのは分かってるぞ」
黒ルフィの冷たい声が響く。3人は一斉に血の気が引いた。
「ひいいいいい!!!」
ウソップが小さな悲鳴をあげる。彼らはその場から動かなかった、いや、恐怖のあまり動けなかった。
「こっちに来い」
再び黒ルフィが声をあげる。ウソップはチョッパーと共にくっついて配管の裏に隠れることしか出来なかった。
「に、ににににに逃げるぞナミぃ…ってどこだ!?」
辺りを見回しても彼女の姿が見当たらない。まさかと思い、恐る恐る顔を配管から覗くと…
そこには黒ルフィに迫るナミの姿があった。
「ひぎゃあああああ!!!ナミ!!正気か!!?」
「逃げろーナミーー!!」
ウソップとチョッパーが叫ぶ。しかし彼女は後ろを振り返ることはなかった。
「ロビンをどこへやったのよ!?」
ナミは黒ルフィの肩を揺さぶり、問い詰め始めた。
「どうして!!?何でアンタがそんなこと…」
「お前は何も分かってねェ」
「は…?」
ルフィはロビンを攫ったような殺気立った時とは違い、草臥れたよう姿と虚ろな目でナミを見つめている。
「仲間が死んだだけだと思ってんのか。俺たちが冒険してきた島は大部分が滅んでローもキッドもみんな死んだ」
「…!?」
「絶望した俺に『生きろ』と言ったのは他でもねェ、死んでいった仲間だ。俺は仲間の分まで生きて海賊王にならなくちゃいけねぇんだ」
「……」
「だからポーネグリフの読めるロビンが必要なんだ、この腐った世界を終わらせるためにも…」
「な、何を言って…」
「世界政府の拘束や天竜人の支配は相変わらずだ。この世界には絶望も希望も無い。だから俺がワンピースを見つけてこの暗黒時代を終わらせる」
「ルフィ…」
それ以上何も言うことができなかった。かつて故郷をアーロンの魔の手から救うために少女時代を捨てた自分を重ね合わせる。しかし、目の前の男はそれを上回る時間と責任を背中に抱えていたのが分かってしまった。
「安心しろ、ロビンには何もしねぇ。用が済んだら解放する」
「用が済んだら…!?」
だが、仲間を道具とも呼べるような言動をナミは聞き逃さなかった。
「ロビンを何だと思っているのよ!?」
「……」
ルフィ自身も自分がすっかり変わり果ててしまっているのは分かっていた。
目の前にいるのは紛れもない仲間ではある。しかし、かつての仲間たちでもない全くの別人だ。苦楽を共にした彼らはもうこの世にはいないという事実を強く噛み締めていた。
「悪いな。でもやらなくちゃいけねぇんだ」
「あっ」
人形のような表情でナミの腕を振り払う。瞬間、彼が煙のように消えた。
「どこへ…?」
ナミが見渡すも彼の影すらない。
「消えちまったのか…?」
後ろからウソップが歩いてきた。
「剃を使ったのか…?」
ウソップの後ろにいたチョッパーが呟く。
かつてエニエス・ロビーで戦った際にCP9が使っていた六式の1つ「剃」。地面を10回以上蹴って驚異的なスピードで移動する技だ。彼もまた、この26年間の中で取得していたのだろうか。
彼らは誰もいない路地裏で立ち尽くすことしかできなかった。