『接待 灰の傷痕』

『接待 灰の傷痕』

Part17 - 182-187

……目を閉じて思考を回す。

今まで見てきた地獄を思い返す。数えきれないほど積み上げてきた遺骸と灰の山を想起する。


最初に見たのは夢だった。空で輝く星の様に、見ているだけで勇気や希望が湧いてくる存在を目指した。

次に目を開けると、見えたのは汚物と臓物で汚れた道だった。それは都市では珍しいものでもなく、犠牲と苦痛と憎悪で補填された星への道だった。

敵(裏切った同僚)を燃やした、敵(背中を斬りつけた友人)を斬り裂いた、敵(顔も知らない誰か)を殺し続けた。

他人の血で作られた道を歩む者に全うな幸せなど感じる資格は与えられなかった。たった一瞬、目を離した隙に妻と子は原型も解らぬ肉塊となり果てた。

この身に降りかかる理解できない憎悪を燃やす。見るに堪えない身勝手な悪意を潰す。悪因悪果、他者を食い潰し業を積み上げた者たちを欠片も残さず磨り潰す。

都市に君臨する積灰の王として。全ての悪徳を燃やし尽くす悪滅の剣として俺はそこに在った。

だがやがて覚るのだ。俺の為している事もまた、ただの殺戮であり、この都市に満ち、何れ当たり前のものになる現象に過ぎないのだと。

苦痛、怨嗟、嫌悪、侮蔑。都市に張り巡らされた血管を巡り続ける黒い血液。俺もその一つに過ぎず、何処かで新しい負債を生むだけの役だった。


……そして俺は燃え尽き灰となった。顔と身体に刻まれた傷痕だけを抱え、周りに蔓延るあらゆる悲痛と悲観から目を閉じ、耳を塞ぎ、己の命だけを見続けた。自分の心に、蓋をしながら。

そうして幾十年もの歳月が経ち、心もカラダも風に吹かれる炭のように朽ち始めた頃……面白い存在と出会った。


「俺は俺のやりたいことをするだけだよ。都市とかそういうのどうでもいいけどさ、他人に迷惑掛けないってんなら何やろうが俺の勝手だし、恥ずかしくもないだろ?」


損得や評価など関係無く、己の心に従う。長くフィクサー稼業を続ける者程、そんな考えからは遠くなる。都市がどういうものかを理解し、他人の命の軽さを嫌というほど知るからだ。

されど、それで良い。何であろうと、関係無い。他人など考慮せず己のやりたいことをやり続ける。

なんて身勝手で、耀かしいのだろうか。


……そうだ、俺はまだ生きている。時間がある。ならばやるべき事はなんだ。


思い出せ。

空を見よう。

自分が忘れ去った原初の憧憬を。


「ああ」

「そうだ」

「俺は───正義の味方になりかったんだ」


灰が吹き去り、炎が灯る。


…………


アンジェラ「……ようこそ、招かれざるゲストの方」

ソロモン「アポイントメント無しで足を運んだことを謝罪しよう、ミス・アンジェラ。だが私は本ではなく私用で此処に訪れた。故に案内は不要だ」

アンジェラ「図書館に訪れたのであれば、例外なく接待を受けるべきゲストとして扱うこととなっています。目に余る無礼を働かない限りは、という前提ではありますが」

ソロモン「故に案内は不要と言っている。今から行うのは君にとって目に余る無礼だろうからな」

アンジェラ「…………?」

ソロモン「俺は今から図書館全域に対して大規模侵攻を行う。君たちはどうかそれに対して徹底的に抗戦して欲しい」

アンジェラ「何を言っているの、貴方?」

ソロモン「侵攻理由については二つある。一つ、お前たちの存在意義を試すこと、そして二つ目……俺の切り札は多用するなと頭に釘を刺されていてね。だが些かオーバースペック過ぎて普通の戦いでは持て余してしまう。だが、使わねば何事も腐っていくものだ。わかるだろう?」

アンジェラ「……私たちを体の良いサンドバッグと勘違いしているのかしら?」

ソロモン「そう捉えてくれていい。だがそうされるだけの立場であることは自覚している筈だ、ミス・アンジェラ。都市に君臨する図書館の主よ」

アンジェラ「…………あなたの本が見つかりますように」

ソロモン「では、戦争を始めようか……」

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