掌編・無題

──別に、女として育てられたことに言う程の不満は無い。
ウチの家系には御巫を輩出し続けてる誇りがあって、女の子が産まれなかったからといって「じゃあ今代は諦めます」などと見切りをつけることもできなくて。
だから、長男であった自分が苦労を負う役になるのは、仕方のないことだった。
女物の服装も、アタシという一人称も、物心つく頃から使い続けていれば違和感は無くなるもので。何だかんだ、今まで“女”をやれて来ている。
御巫として生きることも存外に苦ではない。舞を踊るのは大好きだし……何より、共に大成することを契った相手がいる。
だから、このまま自分は女として生きていくんだろうと思っていた──
「……うあ~~……やっちまった」
──生理現象というどうしようもないモノによって、やはり自分は“男”であるのだということを突き付けられる歳になるまでは。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
白濁で染められた哀れなパンツを手早く洗い終えて、目覚めのブラックコーヒーを飲み、寝間着から着替え始める。
朝の起き抜けからヤッてしまったせいか、視界に入る自分の肉体についても、つい色々と考えてしまう。
「思春期ってやつかー……我ながら、体つき変わってきたかもなぁ」
胸筋はバストの誤魔化しになるから助かるけど、腕や腹部なんかの筋肉があんまり付きすぎると、御巫としては悪目立ちしてしまう。
激しい剣舞の練習を重ねている以上、体が鍛えられていくのはどうしようもないのだから困りものだ。
舞踏用の衣装に着替え終わって、鏡の前に立ってみる。
うーん、スタイリッシュに割れた腹筋が実にスポーティ。
……もう少し露出を抑えた衣装に変えたい、と親に打診してみるべきか。
「──おはようございまーす! ハレ、起きてるー? 来たわよー!」
と、ここで我が家の玄関口から声が届く。
朝のアレのせいで、こっちは少々気まずいんだけど……それはこっちだけの話だ。
自室を出て、台所を経由し、急ぎ玄関へと向かった。
「おはよう、ニニ。ほれ、おまえの分のコーヒー」
「ん、ありがと」
アタシの手からコーヒーが入ったマグカップを受け取る、この少女はニニ。
幼馴染であり、お互い立派な御巫になることを契った親友であり──心の内でなら白状することも許されるだろうか──“オレ”が大好きな女の子。
玉のような肌。綺麗な青の髪。コーヒーを飲む姿すら絵になるほどの美貌。
彼女もまた成長の途上なれば、この美しさは今後も更に磨かれるのだろう。
……彼女が成長しているからなのか、自分が今になって気付いたからなのか。
ニニは本当に美人になった──アタシの中のオレが、淫夢を見てしまうほどに。
「ふぅ……な、なによハレ。私の顔、何か付いてる?」
「──うぇ!? い、いやぁその……コーヒーの熱さは丁度良かったかなって!」
しまった。不躾にも、無意識の内にニニのことを見つめ過ぎていたらしい。
「コーヒー? ええ、いつも通りで美味しかったけど……どうして?」
「どうしてって、猫舌だろニニは。淹れる時には毎回ちゃんと冷ましてるけど、もしヌルくなり過ぎてたらマズいな、ってさ」
「……心配しなくても、今更コーヒー淹れるのにヘマなんてしないでしょアンタは。変なこと言ってないで、早く神楽の練習に行くわよ」
「そ、そうだなっ! んじゃカップ片してくるから、ちょっと待っててな!」
嘘もつかず、なんとか上手く誤魔化せた。次が無いように気を付けなければ。
ニニからマグカップを受け取り、アタシは素早く台所へと駆けこんだ。
「…………知らなかった。そういうところよ、ハレったら」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
練習場までの道を、ニニと並んで歩く。
……アタシよりも幾分か低くなった彼女の頭を見ると、やっぱり自分の成長を実感させられてしまう。
身長は高くなっても困らないから良いけど、こうなると怖いのは変声期だろうか。
声だけで「女じゃない」と思われるほどになってしまえば、流石に誤魔化しようが無くなってくる。
……アタシは、いつまで御巫で在り続けられるのだろう。
叶うのであれば可能な限り、とは思うけれど。同時に、アタシはどうしようもなくオレでもある。
いつか女だという誤魔化しが効かなくなった御巫の身体には、やがてはオオヒメ様だって降りてこなくなるかもしれない。
自分が御巫をやめるのは、まだ良い。それが“アタシ”の運命だ、仕方ない。
でも。そのせいで、ニニと──大好きな彼女との契りが破られてしまうのだけは。
「……ハレ、背が伸びたわよね」
「ひょえっ!? き、急にどうしたんだよ」
「別に、こうして並んで歩きながら改めて思っただけよ。驚くことないじゃない」
考え込んでいたところへニニから声を掛けられて、ビックリしてしまったけど。
どうやら、お互い似たことを考えてしまっていたみたいだ。
「羨ましいのよね、ハレの方が目に見えて成長してる感じあるから。身長もだけど、特に胸! けっこう育ってきてる自覚あるんじゃない?」
「そっ……そうかな? それを言うなら、ニニの方がよっぽど……」
膨らんできているよ、と。
アタシなら言い切れたかもしれないけど、オレがそれを許してはくれなかった。
「本当にそう思ってる? ……減るもんじゃなし、ちょっと試しに触らせてよ」
「へぇッ!? いや、それは流石に……!」
まずい。非常にまずい。
ニニの(きっと間違いなく)柔らかな脂肪と違って、自分のコレは硬い筋肉だ。
鷲掴みになんかされてしまえば、絶対に違和感を持たれてしまう。
なんとか……同性同士の戯れと思って両手をワキワキさせているニニを止める考えを、なんとか出さなくては──
「──ハレさーん! ニニさーん! おはようございまーす!」
と、そんなアタシとニニに背後から抱き着いてきた、救世主が一人。
「うおっ……フゥリちゃんか。おはよう」
「きゃっ……もう、ちょっとフゥリ!」
吹き抜ける翠風を思わせるような緑髪が特徴の少女、フゥリちゃん。
アタシたちの後輩にあたる御巫で──偶然ながら、オレの秘密を知っている子。
その上で、秘密がバレないように協力してくれている、可愛い後輩だ。
「朝から仲いいですね~。ところで、わたしの記憶が正しければ今日の小道具を用意する当番ってハレさんじゃありませんでした? のんびりしてて良いんです?」
「あ……あー! そうだったかも! ごめんニニ、アタシ急がないと!」
別に今日の当番は自分じゃない──けど、つまりこれは助け舟だ。
ありがたく嘘に乗っかりつつ、フゥリちゃんへ耳打ちする。
(フゥリちゃんサンキュー、マジ助かった。今度なんか奢るよ)
(じゃあ、麓の町に出来たお団子屋さんがいいです。餡子も付けてください)
(オッケー、お安い御用だ。ニニも誘って一緒に行こう)
恩を取り返す約束だけ取り付けて、駆け足でこの場を去る。
どうにか、今日も自分はアタシで居られそうだ。
「……いつまで、誤魔化していられるかなぁ」
男である自分も……ニニのことを愛しく想う自分も。
考えたくはないけれど──どうにも、そう長くはないように思えてしまった。