掌中之珠
・過去スレとかに出てきた概念をお借りしています
・ざっくり言うと父親宿儺とその息子小僧15歳が膝上で色々思い出す話
「今日は、早く帰ってこい」
そう宿儺に言われたのは朝食の時だった、普段通りトーストを齧りながら俺は頷く、特に用事がある訳でもないし、誰かと遊ぶ約束をしている訳でもない。
珍しいと思った、結構、放任主義と言うか、締める所は締めるけど、こちらの好きにさせてくれる所は結構好き勝手にさせてくれるのが宿儺だった、こうやって早めの帰宅を促す事もかなり珍しい。
何かあったっけ、と壁に掛かったカレンダーを見るけれど、何も目印などついていなかった。
宿儺は俺の父に当たる人になる、と表現するとちょっと他人行儀に聞こえるかもしれないけど、どうしてか父さんとかそう言った呼び方をするのがしっくり来なくて、名前で呼んでいる。
母さんは俺が産まれて直ぐ亡くなって、俺は宿儺の男手一つで育てて貰った、いやまぁ、宿儺の部下の裏梅さんにもちょくちょくごはんの面倒は見てもらったけど、そこら辺は誤差だろう、あの人宿儺の事大好きなので宿儺の手伝いをするのは半ば呼吸みたいなもんだ。
「別に良いけど、何かあったっけ?」
なんとなく理由を聞いてみる、別に何か理由があったら断ると言う事も無いけど、全く理由が思いつかないので、だったら聞いた方が早かった。
俺の誕生日は三か月前に終わってるし、宿儺の誕生日でもない、父の日には少し日があるし、こっちは確かにちょっとしたプレゼントは用意してるけど、宿儺が帰るように言うのはちょっと違うと思う。
「内容に関してはサプライズと言うやつだ、楽しみに帰って来い」
「サプライズって言っちゃうんだ……ま、いいや、分かったまっすぐ帰るよ」
「あぁ、あまり遅いようだと俺が迎えに行くからな」
「宿儺が?へー珍し、でもそんな事させたら俺が裏梅さんに怒られるし、大体、俺もう高校生なんだけど……」
「酒が飲めない間はまだまだ子供、半人前の小僧だな、それにお前が早く帰れば問題ない」
じゃあ後五年はお迎えとかに来られる訳か、と考えるとちょっと複雑だった。
宿儺はどうにも大変な仕事をしているようで、俺が小さい頃にも何時帰ってきたか分からない日だって何日もあった、帰ってきた時間も知らない、起きた時間も知らない、でも、家に帰って来ない日はなかった。
テーブルの上に朝食と共に置かれたこちらを気遣う文面の書置きだとか、俺の事を可愛がってくれているのだろうと言う実感をこれでもかと与えられてしまえば、それを否定する事は出来ない。
でも、だからこそ、何時までも子供で居たくないと思うのも仕方ないだろう、早く大人になって、一人前になって、宿儺に認めて欲しかった。
道のりは確かに遠いけれど、何時かは、立派に育ったなと言って貰えるような人間になりたかった。
朝食を食べ切って、空になった食器を食洗機にセットする、宿儺は未だコーヒーを飲んでいるので後でまとめて洗うだろうとそのまま学校に行くために用意していた鞄を掴む。
「じゃ!行ってきます!」
「あぁ、早く帰ってこい、小僧」
「小僧じゃないっての!」
揶揄い半分の小僧呼ばわりに憤慨しながら返事をして、玄関から出て学校に向かう為に走り出す、別に走らなくても全然間に合うけど、何となく、そう、ちょっとだけ、気分が良いのかもしれない。
どくどくと心臓がいつもよりも早く動く、もしかしたら、梅雨に入ったけど晴れだったからかもしれないし、ただ単に、宿儺との約束が楽しみだったからかもしれない。
兎も角その気持ちは表情に出ていたみたいで、学校に行ったら散々友達に揶揄われた。
結局放課後になるまでふわふわとした気持ちは消えなかったし、帰る時間になればよりその気持ちは強くなる。
その気持ちに押し出されるように、朝に登校したよりも早いスピードで帰路をただ走る、いや、うん、ほら、宿儺も早く帰ってこいって言ってたしなんてそんな誰に言う訳でもない言い訳を頭の中で呟いた。
宿儺に口酸っぱく言われているので赤信号はしっかりと守って、家が見えた時にはちょっとだけ笑ってしまった、どうしてここまで嬉しいのかよく分からなかったけど、きっと多分、こういう事もあるんだろう。
「ただいま!」
「おぉ、ちゃんと帰ってきたな感心感心」
「……今日の宿儺ちょっと意地悪」
「そうか?ほれ、小僧呼ばわりが嫌ならさっさと着替えてこい」
意地悪、と言うか宿儺の機嫌が妙に良い、だからコッチの事を揶揄ってくるし、何時もよりも口数が多い。
サプライズを宿儺本人も楽しみにしてるのかな、なんてことを思いながら、小僧呼びはちょっと嫌なので大人しく、鞄を置くのと着替えに自分の部屋に行く。
明日は土曜日なので今何かを準備をする必要はない、手早く着替えて、ブラウスとかはまとめて抱えて部屋から出た。
それぞれちゃんとした場所に放り込んだり置いたりして、宿儺が待っているだろうリビングに向かう。
その間、サプライズって何だろうって考えてみるけどやっぱり答えは見つからなかった。
「宿儺!答え教えて!」
「気が早い、取りあえず座れ」
「俺、手伝うよ?」
「座っていろ」
これは言う事聞かないと説教と言うか勢いよく言い負かされる奴だな、と察して大人しくリビングのテーブルの定位置に座った。
テキパキと動く宿儺の背や横顔を見ながらやっぱり機嫌が良いな、なんて事を思う。
そんな事を思って居る間にもテーブルの上にどんどん料理が置かれてゆく、赤飯、丸焼きの鯛、吸い物に煮物、和食の何となく縁起物っぽそうなレパートリーがどんどん並んで行く様を見て、思わず首を傾げた。
どう記憶を掘り返しても今日何かがある日と言う訳ではない筈だ、去年も、うん、こう言う事は無かった記憶だ。
じゃあ新しく何かが?でも、仕事関連なら多分裏梅さんが居るだろうし、そもそもあの人がいるなら宿儺がキッチンに立つことはない。
そう言えば、昔、裏梅さんがお母さんになるんじゃないか、と思ってドキドキした事があったななんて事を思い出す、今でも性別は分からないし、宿儺に随分と甲斐甲斐しいので小さい俺は勘違いして、うっかり言って怒られたと言うか窘められた記憶がある。
じゃあもしかして再婚話とか、いや、ならお相手を連れて来る気がするし、そもそもそんな様子は無かった。
ぐるぐると色々考えてみるけど全然答えは出ない、やっぱり宿儺に聞くしかないけど、今の所宿儺はそのつもりは無さそうだった。
「答えは食べ終わったら教えてやる」
「まだ引っ張るの!?」
「当然だ、俺が作ったんだ、残してくれるなよ?」
「……宿儺が作ったの?裏梅さんじゃなくて?」
「あぁ、俺が作った」
豪勢と表現されそうな料理はどちらかと言うと裏梅さんが得意な料理だ、宿儺の料理はもっと、どっちかって言うとそう、家庭料理っぽい料理が多い。
でも、こういう所で宿儺は嘘を言わないので、きっと宿儺が用意してくれたんだろう、そう考えるとちょっと嬉しくて、言われた通りに頂きますと言って食べ始める。
量はかなりあるけど、宿儺と二人で食べれば食べきれる量だった、俺も結構食べるけど、宿儺はそれ以上だ、身長も高いし、仕事も忙しいしできっと俺が思ってる以上に大変なんだと思う。
黙々とお互いに食事を食べ進める時間は嫌いじゃなかった、宿儺の箸の使い方は何時見ても綺麗で、憧れて俺も結構持ち方には気を付けて練習したけど未だあの域には達してない。
赤飯の米粒一つ残さないように食べ切って、口の中をさっぱりさせる為にお茶を飲み干す。
ご馳走様でした、と口にして、せめて片付けの手伝いはしなければ、と立ち上がれば、宿儺が片手をかざして押しとどめて来た。
「先に風呂に入れ」
「?なんで?と言うかいい加減答え教えてよ」
「急くな、だからお前は小僧なのだ、寝間着は用意してあるものを着て戻って来い」
急くなと言うけど結構待った方がじゃない?と思う、でもまぁ、こっちが駄々を捏ねようが教えてくれそうな様子は毛ほども無さそうなので大人しく従うしかない。
多分、流石に寝る前には教えてくれるだろう、と思う。
だから大人しく時間は早いけどいつも通りに浴室に入って、身体を洗って、湯舟に浸かる、ちょっとした反抗心でいつもよりも長く浸かったりしてみたりしたけど、やっぱり答えは宿儺に教えてもらうしかないのでのぼせる前に終わらせた。
寝間着は用意したものをって言ってたけどどれだろうと脱衣室を見回す、しまった入る前に確認しておけば、と思ったけれど、分かりやすく置いてあったので、逆に入る前に気が付かなかった自分に呆れてしまった。
用意してあった寝間着はぱっと見た感じ旅館にあるような浴衣だった、模様は正六角形の中に複数の三角形が規則正しく置かれていて、何やら名前がありそうな模様ではあったけど、そう言う方面は詳しくないので分からない。
宿儺は結構こう言うの凝るからな、なんてことを思いながら腕を通す、着方は裏梅さんに教わったので大体出来る。
一旦着てから、可笑しい所がないか鏡で確認する、シンプルな物なのでそう間違えなんて起きないとは思うけれど、間違えれば容赦なく剝ぎ取られて着付けし直させられるのは間違いなかった。
「宿儺、上がったよ、そっちも早く……って酒飲んでる!」
リビングで待っているだろう宿儺を呼びに行けば、ソファーで寛ぎながら、珍しくお酒を飲んでいた。
ソファーの前に置いている瓶を見る限り多分日本酒だ、一人酒はつまらないと言ってあまり家では飲まないのだけれど、どうにも今日は何か本当にあったらしい。
宿儺はアルコールに強いらしく酔っぱらって答えを聞けない、と言う事はないと思うけれど、それでも今から風呂に入る事を考えるとあまり飲ませすぎも良くないだろう。
水を飲ませて風呂に叩き込まねば、と決意を固めると、ちょいちょいと指先で宿儺が手招きをしてくる。
あぁ、答えを教えてくれるつもりになったのかもしれない、と思って歩み寄れば、宿儺は自分の太ももをトントンと指先で叩いた。
思わず、視線を合わせる、何を促されているのかは何となく察しはつくけれど、俺は高校生で一人前を目指す一人の男だ、例え宿儺相手とは言え受け入れがたい物もあるのはある。
「座れ」
「……念のために聞くけど、横に座れば良いん、だよな?」
「膝の上に決まっているだろう」
ですよね、と思わず空を仰ぐ、定期的に裏梅さんの手によって清掃が行われている家の天井は今日も綺麗だった。
現実逃避がしたくなるのも仕方ないと思わないだろうか、流石にこの歳で父親の膝の上に乗るのは羞恥心で爆発してしまう。
確かに昔は乗ったりもした、けど大分小さい頃である、具体的に言うと幼稚園から小学校低学年、それ位までだった筈だ。
「宿儺……俺、高校生だよ?キツイって」
「すべこべ言わずに来い、それとも、答えを教えて欲しくないのか?」
それを言われるとちょっと困る、流石に乗らなかったからと言って教えてくれないままと言う事はないと思いたいけど、面倒な事になると言うのはあり得る話だった。
親子なので、長い付き合いなので、そう言う事は分かる。
一先ず、自分の中に恥ずかしいと言う感情は一時的に封印する事にする、当人が促したのだから後で宿儺に揶揄われる事も無いだろう、そんな事をしたら逆にこっちが揶揄ってやる、そう決心して、腹を括って宿儺の上に座った。
途端にその鍛え上げられたと表現するしかない腕で身体を抱きしめられて、後ろに引き寄せられる。
ぴったりと俺の背中と宿儺の胸が引っ付いて、恥ずかしいと思うよりも驚きの方が勝った。
宿儺はそんなに積極的にスキンシップ取るタイプじゃない、勿論、昔、小さい頃は抱き上げて貰ったり、今みたいな感じで絵本を読んで貰った事があったけれど、今ではそんな事は無い、無かった。
「宿儺?どうしたの、何か今日変だよ?」
「大きくなった」
「大きくは確かになったけど……宿儺、もしかして酔ってる?」
身体を捩って顔を確認しようとするけど、俺のお腹の方に回った宿儺の腕がぎゅうっと力を込めるのでそれが出来ない。
お酒の匂いはするけど、ほんの少し薫る位で酒臭いって程じゃない、宿儺が酔っぱらうなら今テーブルに置いてある瓶を三本位用意しないとダメだろう。
だから酔っぱらってるって事は無い筈なのに、まるで酔っぱらってるみたいな行動をする宿儺が不思議でたまらなかった。
「宿儺?宿儺ってば」
「……夜だ」
「えっ、本気で酔ってる?」
こちらの質問に答えず、どうでもいいことを言う宿儺は俺が知らない姿だった、やっぱり酔ってると思いたいけれど、これを酔ってるだけで済ませて良いのか分からなかった。
スマホがあるなら間違いなく裏梅さんに電話しただろう、それ位には可笑しな様子で、でも、スマホは今手元に無い。
ぎゅうぎゅうと俺を抱きしめる宿儺の腕から逃げれる筈もない、助けを求める手段も無い、兎も角どうにかして宿儺を正気に戻さないと思うけど、そんな方法思いつかなかった。
「口を開けろ」
「へ?なん、は、んん!?!?」
なんで、と聞こうと口を開けたら、まるで見えているように俺の口に宿儺の手、と言うか指がねじ込まれる。
たかが一本だけど一本、こんなことを宿儺にされなかったこともあって、酷く自分でも意外な程に身体が固まってしまった。
舌の上に乗せられた指はどうしてか酷く、苦い、もしかして酒を直接触ったままだったりするのだろうか、表現のしようのないえぐみはそう味わいたい物でもない。
今日の宿儺は、どこか、可笑しい、まるで俺の知らない人みたいだ、でも、宿儺は宿儺で、俺の父親で、俺の大切な人。
なのに、どうしてだろう、なんでか分からないけれど、ここから、逃げ出したかった、うきうきした気持ちがどこかに行ってしまって、今すぐどこか別の場所に、部屋に戻って布団を被って全部忘れて寝たい。
「さて、時間だ」
宿儺の言葉に壁に掛かった時計を見る、キリが良い訳でもなく、何かぞろ目だったりする訳ではない、いつも通り過ぎてゆく時間のはずだった。
その、はずだった。
不意に脳裏に過る、知らない筈なのに知って居る、誰かの顔、何を置いても助けないといけなかった誰か、そして、初めの致命的な過ちと青い目。
とめどなく溢れる記憶と自分自身の過ちの日々が一つ一つ頭の中を掻きまわしてゆく、記憶の量が多すぎて欠片を掴むので精一杯で、頭が痛くて、なにより、今、俺の後ろに居る人がどうしようも無い呪いだと言う事を理解してしまった。
「あ、アあっ!」
「さぁ、答えを教えてやらねばな、小僧」
頭痛のあまり暴れる俺を、片腕で抑えて、さっきまでのがただの抱擁だったと勘違いしてしまいそうになる強さで締め上げられる。
指が舌を抑えていて悲鳴もろくに上げれない、いや、例え叫べたとしても、この家の防音性ではきっと外にはこの声は届かない。
頭の中で俺の罪が積みあがってゆく、それを楽しそうに、自分の内側にいた宿儺が見ている、俺が知って居る宿儺だったら絶対にしない顔、でもその宿儺と俺の宿儺はきっと一緒で、だったらなんで、今まで。
「今日だ、今日お前は俺の指を飲んだ、であるならば、今日が相応しいだろう、お前に出会い直すには」
声が嬉しそうだった、記憶の中にある宿儺と重なって、ぐらぐらと頭が揺れる、嫌だ、なんでどうして。
こんな答えなら知りたくなかった、こんな事なら思い出したくなかった、でも、宿儺が俺の親だから初めから産まれた時から、逃げる事なんて出来なかったのか。
「料理は前祝いだ、本祝いはいい日を選んで盛大にするとしよう、まさか、嫌とは言うまいな、小僧」
舌が指で押さえつけられているのだから、嫌と言う事も出来ない、その事は宿儺も分かっているのに、わざわざそんな事を言う。
きっと首を横に振ろうとしても、それも出来ないようにされる、初めから俺がどう答えるなんて宿儺の中では決まりきっていて、そこから外れる事なんて俺には許されていない。
脳裏に過る記憶から、これから何が起きるか理解しながら、ただ、強いられた通り、頷いた。