捨てられた少女
夜が怖かった、眠るのが怖い。今日が辛くても明日の私はそれでも歩むのだろう。
そう信じて眠る。苦痛こそが孤独をまぎわらしてくれる友人である。
病の息苦しさは友人である。一人は寂しく無い。だから寂しくは無い。
その日は一番良く見るあの悪夢だった。薬を使わず眠るとよく見ることがある。
私は人より体が弱いけど、昔はこれよりも酷くよく体調を崩して熱を出していた。
私が人並みに強ければ置いていかれることは無かったのだろうか。
その夢は私が捨てられた時の夢。
あれは何処かの病院で眠っていた時の話だ。
その病院の人達はとても良く親切にしてくれた。
今まで人生を振り返ってもあんな人達にはそうは出会ってこなかった。
なんで夢って思い通りにいかないんだろう、夢の私が自由に動けてその夢を自由に変えられたらいいのに。
ベットの中から目を覚ます。外は騒がしく様々な音が聞こえてくる。
怒声、悲鳴、破裂音、笑い声。そのどれもが忌々しくてそんな音は消えてしまえばいいと願う。
でもここは夢の中で、消えろと願っても音は消えてくれない。
夢の中なのに、その匂いまで漂ってくる程に覚えている。
清潔な、消毒薬の匂いぐらいしかない病院に燃えるような異臭。炎の香り。
病室の窓、そのカーテンの先にはどんな光景が広がっていたか想像がつく。
このカーテンをあけようとしたら看護婦のお姉さんさんがやってくる。
いつも優しい顔を浮かべてたお姉さん。
息を荒くし強張った表情をしていたが、私を心配させないよう優しく笑うと、有無を言わさず私を抱え上げ病室の隅にあったクローゼットの中へと押し込めた。
「声を上げちゃダメ。何があっても静かにしてるのよ」
小さな私の視線にあわせるように屈み、私の頭を撫でてくれた。
そしてクローゼットの扉は閉められる。「行かないで」私は声を上げようとしても、夢の私は上げることはできない。
お姉さんは部屋の外に出て行った。
破裂音、破裂音、破裂音。
破裂音、悲鳴、破裂音、破裂音、悲鳴。
笑い声。笑い声。笑い声。
ずっと、クローゼットの中に隠れていた。
静かになって扉を開けると血で染まった世界が広がっていた。
いたるところに内臓が飛び散り、白く清潔だった廊下は赤黒くなった血でそまり、たくさんの人が死んでいた。
診断してくれた先生、病院の婦長さん、こっそりお菓子をくれたおじいさん、明日遊ぶ約束をしていた子供、すれ違う時挨拶をする他の患者さん。
そして先ほどまで笑顔を見せてくれた看護婦のお姉ちゃん。
みんな廊下の上で死んでいた、真っ白な服は真っ赤に染まっていた。
足音が聞こえてその場から逃げ出す。ソロは炎が街を爛々と照らし、真昼間のように赤く燃やす。
船から見た綺麗な港町は炎と瓦礫に包まれていた。遠くの港に黒い旗に髑髏のマークが書かれた海賊船が見えた。
背後から足音が聞こえて瓦礫の中に隠れる。隠れた先の瓦礫には既に先客がいて、男の子が瓦礫に足を挟み、縋るような瞳で私を見ていた。
海賊達の話し声が聞こえる程の距離、瓦礫の隙間からは何人もの足が見えた。
私は思わず、男の子の口を手で塞いだ。普段の病弱な私からはありえない程の力で抑えた。
お願い。声を出さないで。頭に先ほどの病院の光景がよぎる。気づかれたら殺される。
男の子を絞める両手に力が込める。必死で押さえる。無我夢中で押さえる。
気が付くと私は雨の音で目を覚ました。
どれ程時間がたっていたのかは分からない、ただ燃える炎がバケツをひっくり返したような雨で消えるくらいの時間はたっていた。
目の前でルフィが死んでいた。
違う、ルフィと同じ背格好の男の子が死んでいた。
私が殺していた。見開かれた瞳に私が移っている。
青ざめた男の子の体のように、私の体も青ざめて行く。
瓦礫の外へ出る。大雨で火は消え、色々なモノが混ざり合った異臭がする。
私はふらふらとした足取りで港に向う。素足でもおかまいなしし、そこらにいる事切れた死体の視線を浴びながら。
行ってはだめ。見てはならない。それでも足取りは変わらない。
すがるような気持ちで体は動く、港に。そしてたどり着いてしまった。
見てしまった。船尾を向け、遠くに進んでゆくお父さんの船。
ここから離れていくレッド・フォース号の姿を見た。
行かないで
私はここにいるよ。置いていかないで
お願い行かないで
私を捨てないで
ゴホッ、ゴホッ!・・・っ! <沈黙>
叫ぼうとして息を吸う。できなかった。
変わりに出てきたのは酷い咳き込みだった。
息ができず、糸が切れた人形のように濡れた床に倒れこむ。
あぁ、そうだ。私が悪いんだ。悪い子は罰を受けるんだもの。
これは罰だ。自分が助かるために、男の子を殺した自分への罰なんだ。
だから家族に捨てられる。自業自得じゃないか。
そうだよ、嫌いになっちゃったよね。お父さんは人殺しが嫌いだもの。
うずくまって丸くなった体から咳が止まらない。ただ遠め目で離れていく船を眺めていた。
苦しい、息ができない。こんな時家族がいれば、誰かがさすってくれるのに。
その家族はあの船の中で、その家族はもう水平線の向こうに消えてしまった。
苦しい、息ができない、息苦しい。夢なのは分かっている。
ふと。その息苦しさが消えた。誰かが優しく背中を叩いてくれるような小さな柔らかさを感じる。
後ろを向いても誰もいない。けれども、誰かがぎゅっと抱き絞めてくれるような暖かさを感じる。
雨で冷えた体を温めてくれる、咳は止み、雨も止んだ。雨雲の隙間から日差しが差し込む。
そうだ、これは夢だもの。夢なら自分の願いを叶えて欲しい。