捨てられた古工房
医療教会の工房から細い足場を慎重に降りた半ばというとんでもない所に、それはあった。
見かけはまるっきり見慣れた狩人の夢の工房だ。ローもゲールマンも使者たちもおらず、人形がピクリとしか動かない点を除けばだが。
家探しの前に注意深く状況を確認する。敵影無し。
辺鄙すぎる場所に位置しているせいか、獣もあの異様なイキモノたちも何もいない。
「…なんだこりゃ」
けれどその捨てられた工房でおれを待っていたのは、もっととんでもねえモンだった。渦巻く黒いナニかが、祭壇に捨て置かれている。
初めて見るものなのに、一度でも手に収めてしまえば渦巻く遺志がそれを手放すことを許さなかった。
これだ。
旧い血が、頭蓋の奥で声を上げている。これがあれば、"ローを助けられる"。
なぜ、なんてものは必要なかった。夢に呪われたおれは、時に裏切らない天啓めいた確信というものが存在することを知っていた。
あの夢が安全で、動く人形や謎だらけの助言者が味方であることを知っていたように。
3本の3本目。夢の狭間の教室で見つけたメモが脳裏をよぎる。
上位者を狩り、もたらされるものがそれなのだと。そしてその先に、月の魔物と青ざめた血とが待っているのだと。
あいつらは、ヤハグルを死体の山に変えたメンシスの連中は内なる瞳なんてものを求めていた。
それが人の進化なのだと信じて。
おれがやろうとしていることは、おぞましい所業なのかもしれない。それをしたローはおそらく、ローであってローではない何者かになるだろう。
だがそれ以外の方法が、例えばオペオペの実があいつを救えるのかどうか、おれにはもう自信がなかった。
気付いてしまったのだ。Dの血の、海の匂いに混じる甘い香りが人ならざる者たちの灰色の血にひどく似ていることに。
あれはきっと、呪われている。悪魔の実が果たして呪いなんてものをすら取り除ける代物なのか、確かめる術は少なくとも今この街にはなかった。
破れた秘匿の奥、産み出された悪夢の縁を探索するようになって、ようやくおれにも分かってきたんだ。この島の連中が探求していたものは、それこそ世界政府が躍起になって守ってきた秘匿の向こう側なのだと。
半端な踏み込みで外に帰れば、あるいはローだけでもと逃がしてしまえば取り返しのつかない事態にもなりうる。おれがもう後戻りできない所まで来ているのなら、それだけは避けたかった。
棚に置き去りにされていた小さな髪飾りと、夢の人形が度々祈りを捧げているという墓で見つけた狩人の遺骨を手に取り白い灯りに跪く。
まだ、もう少しだけこの夜を走らせてくれ。
知るべきことを知るために。
そしてなによりも、為すべきことを為すために。