持ってきたのは越乃景虎の純米大吟醸

 持ってきたのは越乃景虎の純米大吟醸


「お見舞いに来てあげましたよ晴信ー!はいどうぞ!」

「何だその一升瓶は。ここで酒盛りする気か?」

出てきたのはまさかの一升瓶である。変わった字体のラベルが貼り付けられた、ありふれた見た目の、黒っぽくて大きな酒瓶。記憶が正しければ景虎の故郷で造られている日本酒。病室には全く似つかわしくないし、今の晴信には無用の長物だ。

「病室で酒盛りをする奴だと思われていたのは心外ですが、まあいいでしょう。これは早めの退院祝い兼癒しの置物です」

景虎が胸を張って得意気な顔をしている。

晴信は頭を抱えたくなった。

「退院も飲酒の許可もまだ先だし一升瓶を見て癒やされるのは世界中探してもお前しか見つからんよ」

「えー、この撫で肩が可愛いのに。とりあえずここに置いておきますね!」

「まあ確かに撫で肩……おいちょっと待て。そこに瓶を置くんじゃない」

いつの間にか一升瓶がテーブルに腰を落ち着けている。花瓶や私物に混じる焦げ茶色の酒瓶は存在感と違和感が強烈だ。『オブジェです』と言い張れるような大きさであれば良かったのに。

「持ち帰るという選択肢はお前の中にあるか?」

「見舞いの品を持ち帰る阿呆がどこに居るというのです。いいじゃないですか、ここで」

「……………」

『怪我人の見舞いに日本酒を持ってくる奴の方が数段上の阿呆だよ』とは流石に言えなかった。

喜ぶ顔が見たい。早く元気になってほしい。また一緒に酒が飲みたい。景虎なりに考えた結果なのだろう。少し間違っている気はするけど。


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