抜かれるための赤い舌

抜かれるための赤い舌




「一度寝たくらいで調子に乗りすぎだぞ、ロー?」


 爪を立てた仔猫を窘めるような。

 口調は優しく穏やかで、けれどローの思考に冷や水をぶっ掛けるには十分すぎた。

「……ぇ、」

 否。冷や水どころか凍れる息吹。ローの思考も身体も完全に停止して、ぽかんとロシナンテを見返した。

 対し、ロシナンテは困り顔。ピエロメイクも拭い取ったすっぴんに、浮かぶのは笑みは笑みでも苦笑の類い。八の字に眉を下げた顔は子供の間違いをどう正そうかと思案しているかのような表情だった。

 ローはとうに子供ではない。子供だった時分にもロシナンテにこういった表情を向けられたことはない。言葉で諭されるより行動で示されてばかりだった。ローは言われたことを素直に受け入れるようなお上品なガキではなく、ロシナンテは口下手だった。

 自分たちには言葉も時間も足りなくて。別れの挨拶すら返させてもらえないままで。

 奇跡が幾つも重なった先で再開を果たして、想いを告げて、身体も繋げて――なのに。

「ぁ――どういう、意味……?」

 言葉はみっともなく震える。鳥肌が立つのはなにも下着姿でいるからではない。


 遊びだった?

 本気ではなかった?

 ローだけが舞い上がって子供みたいに浮かれていただけ?


 疑問符が頭の中を占領する。ロシナンテは困ったようにまた笑う。ローは問いのかたちで言葉を投げかけたことを後悔した。ロシナンテの大きな唇が肯定を紡ぐか、もしくは尖った顎先が頷けば、次の瞬間、ローは愛しいひとの身体をバラバラに分解して箱の中に仕舞い込んでしまう――、

「ロー、」

 はたしてロシナンテは唇を動かした。

 断頭台の虜囚の気持ちでロシナンテの言葉をローは待ち、


「ついこの前まで処女だったのに『今日はおれがリードする』なんて張り切らないでいいから。少し落ち着いて――本当に落ち着いて。おれの身体の上からどいてくれないか……?」


 ――瞬いて、ローはロシナンテの身体の上からそっと真横に移動した。

「よかったぁ……」

 ぐす、と鼻を啜る音を聞く。

「ローがおれに乗っかりたいならやぶさかではなけど、違うだろ……?」

「え、ええ」

 特に趣味で乗っかったわけではないことは見抜かれていたらしい。

「見たら分かるぞそれくらい……よかったぁ……ローにヘンなコトをさせずに済んでよかったぁ……」

 仕掛けたのはローの方であるのだが。ローはポリポリと頬を掻く。『見たら分かる』と断言されるくらい見て貰えていたことが妙に気恥しかった。

「この前は何も出来なかったから今度こそはって思ったのだけど」

「そこを頑張らなくてもいいんだぞ、ロー……」

 ロシナンテが上半身を起こす。逞しい両腕が広げられたので、ローは満面の笑みで飛び込んだ。

 抱き締められる。温かい。心臓の音を聞く。心地良い。

 心音も血潮もダイレクトに感じ取れるロシナンテの腕の中がローは好きだ。一度この温もりを知ってしまえば、もう、冷たくて静かな場所には戻れない。

 ローは裸の胸板に頬を擦り寄せながら、

「心拍数すごい、コラさん」

「ローのせいだろ」

 つむじに落とされた唇がこそばゆくて、もどかしい。

「コラさん、」

 甘えきった声が出た。

 こんなの、このひと以外に聴かせられない。

「ヘンなコト、するんでしょ?」

 囁けば、ローの臀部をぐっと押し上げてくる感触がある。

「ぁっ、」

 ――声は、上手く出せた。多分。さらに強い力でぎゅうぎゅうと抱き締められながらローは見られぬようにほくそ笑む。

 優しいひとだ。なので、少しぐらい過激に煽らないとちっとも本気になってくれない。

「ヘンなコト、かぁ……」

 ロシナンテは呟く。胸の中に抱え込まれるような体勢であるから顔は伺えない。お互いに。

「やりたいことがあれば何でも言ってね。出来る限りなんとかするから」

「……だからそういうことは簡単に言わない方がいいぞ……」

 あやすように頭を撫でられてローはむくれた。口先だけと思われているなら心外だ。

「でもまぁ、」

ローの耳朶をロシナンテは甘く食んで、

「――お前は実践で覚える方が得意だろ」

 流し込まれる吐息の熱さがローの背筋を震わせた。



***



 倒錯している。なにもかもが、最初から、どうしようもなく。


 保護対象として接していたかつての未成年者で、誘拐した子供で、暴力を振るっていた相手との、セックス。

 誘ったのは元被害児童だ。まともな大人であれば健全な精神状態に依る判断ではないと諭してやるべきなのだが、聡明かつ修めた医療知識すら用いて弁論を展開する彼女に口で勝てるはずもなく、そしてロシナンテはまともな大人ではなかった。


「――ぁ、おっきくなってきた」

 涎と先走りで濡れた唇が弧を描く。ベッドの縁に座るロシナンテの脚の間、四つん這いで蹲る姿は憐れなほど可愛らしい。舌先でつつくばかりの拙い口淫。刺激そのものはくすぐったいばかりだが、『あの』ローが行っているという事実がなによりもロシナンテを興奮させた。

「ローが可愛いからな」

 黒髪を撫でれば金眼がとろりと溶ける。猫科の獣を思わせる風貌であるのに良く懐いた犬のような反応。

 本来ならば陽の当たる場所で生きていけたはずの少女を物騒な二つ名を持つ海賊に貶めて、それだけに飽き足らず、尻尾を振らんばかりに媚びて甘えて全身全霊で喜びを示す『女』にしたのは間違いなくロシナンテの罪過だった。

「ぅぷ、また、おっき、」

 男根がローの頬を滑る。人によっては強い嫌悪を覚えるだろうに、嬉しげに頬を摺り寄せてくるのだからとんでもない。

「ん、……ぃう、」

 再び舌を伸ばしてちろちろと舐め始めるローは、教えればそれこそ娼婦もかくやという技巧を身につけるのだろう。

「んぁ、」

 小さな――ロシナンテにしてみれば――口が亀頭を咥える。ふるり、と豊かな乳房が揺れた。黒髪の隙間からロシナンテを伺うように金の視線が向けられて、白い指が幹に絡みつく。

「……」

 前言撤回。

 敢えて教えなくとも勝手に学習しかねない。

 ロシナンテは確信して、ローの両脇に掌を差し込んだ。猫の仔のように持ち上げてベッドの上に引き倒す。仰向けに押し倒されたローはぱちりと瞬き頬を染めた。初心な反応だ。羞恥が先に来て、『次』にロシナンテがどう動くかまで意識が追いついていない。

「っ、あっ」

 両膝をシーツに押し付けるように割り開く。極端に布地の少ないデザインは所謂勝負下着というやつだろう。可愛らしい。ロシナンテを想って選んでくれたことも、すぐに脱がされてしまうことを想定していないことも。

「可愛いけど、脱がすぞ?」

 腰骨で結ばれたレースを、引く。それだけでショーツだった代物は一枚の布切れと化した。

「へぇ、」

 覗き込む。

「おれのを舐めてただけなのに濡れたんだな。ロー」

 淡々とありのままを言葉にする。抑えた内腿が小さく跳ねた。

「照れるなって。濡れやすい方が、おれとしては助かるよ」

 ロシナンテは上半身を傾けて、蜜壺へと顔を寄せる。

「ぅあっ!?」

 驚いたような声が上がった。

「まっ、待って、コラさん、ゃめ、っ、きたな、ぁ、ぁぁっ!」

「汚くねぇよ」

 唇を押し当てる。ローの身体が汚かったことなんてない。珀鉛の白に侵されていたときだってそうだ。痛みと寒さに震える小さな身体を抱き締めたことを忘れてしまったのだろうか。

「ぁ、ぁぁっ、だっ、め、ぇっ、ぁっ、ぁ、」

 あのときは内心はともかく、触れた手つきに淫らな意図があったわけではなかったけれど。

 結局は、こうなってしまった。

「ふぁっ! ぁ、ぁぁ、ひ、ぁ、ぁっ」

 鼻先で陰核を捏ねて吸い付いて。溢れてくる愛液を舌で掬い取るように割れ目へと塗り拡げていく。背を反らして喘ぐ姿は、先程とは異なり、演技ではないのだろう。悪意があっての振る舞いではないと分かっているが、ことこの場における嘘は好ましいものではない。

 なにせ。

「んっ、く、!」

 ――息を飲んだ気配。

尖らせた舌先で膣の入り口をつついてみたわけだが、やはり、

「キツいな……」

 よくもまぁ前回は入ったものである。

「っ、」

 ロシナンテの呟きにローがびくりと震えた。あきらかな、恐怖を映した震え。

「……」

 無理矢理入れてしまったのではないか、という懸念は確かなものとなった。

 ロシナンテの舌も指も体格に応じたサイズであるので、ここまでの体格差がある以上は解す役割にすら適していない。勃起した陰茎ともなればどれほどの痛苦を与えたのか。

 ローが演じる痴態に年甲斐もなく興奮しきっていたロシナンテは、そんな当たり前のことにも気が回らなかった。

 痛くて苦しいだけならば『ヘンなコト』と形容するのも当然だ。

「……コラさん……?」

 動きを止めたロシナンテに、ローがおそるおそるというふうに口を開く。

「いれないの……?」

 言葉とは裏腹に見上げてくる表情はいっそあどけない。故に反応してしまう己がどうしたって好きにはなれなかった。

「だ、大丈夫よ。この前だってちゃんと入ったでしょ? それに、せま、狭い方がコラさんだって好き――、」

「ロー」

 ふ、と息を吹きかける。連ねられる言葉は「ひゃ」と甘い悲鳴で打ち切られた。

「可愛いなぁ」

 本心を言葉にする。

 偽りの表情を作る。

 諜報員時代を思い出せ。大事なひとに覚えてもらいたい気持ちばかりが前に出た不格好な笑みではなく、任務を円滑に進めるための笑みであるならば、口紅を塗りたくらなくたって上手に作ることが出来る。

「ふぁ、ぁ、こら、さ、――ぁっ、ひぅ、ぁ、だめ、だめ、ぇっ!」

 かぷり、と花弁を頬張った。唇で挟み込んで擦ればローの声と身体が跳ねる。『駄目』な反応ではない。確認しつつ、ぢゅ、と音を立てて吸い付いた。

「ひぃっ、ぁ、ぁぁ、ぁ――――っ」

 ローの声がいっそう長く響いて、足先がぴんと伸びる。絶頂に至ったらしい。

 脱力した身体を見下ろせば濡れた金瞳と視線がかち合う。――ぞっと背筋を駆け昇る獣性を、理性の手綱で引き留める。欲に身を任せれば前回の二の舞だ。

 大事にしたいのだ。

 痛苦など、一欠片だって与えたくはない。

「こら、さ……? ぇ、え……?」

 ロシナンテの顔を見上げるローがどこか困惑したような声を漏らす。はて。『正しく』笑えているはずだが。

 外側に形作った表情は翻って内側にも影響を齎す。穏やかに、慈しむように。ポーズとして浮かべた笑みは今すぐむしゃぶりつきたい衝動を鎮めるのに多少なりとも有効で。

 けれどロシナンテの目論見をいっそ嘲笑うかのように、

「ぁ、入れるわよね……?」

 ローは自ら膝裏を抱えて秘部を晒した。

「……」

 あたまがいたい。

 興奮と、そうさせた自身への怒りで頭に血が昇りながらもロシナンテは表情を崩さなかった。昔取った杵柄である。諜報員時代ではなく、幼いローと旅していた時期に培った忍耐力。

 ……ロシナンテが向ける劣情を悟られていたのは分かっているが。分かった上で仕掛けるモーションが抱き着いてきたり手を握ったりでしかない、『きちんと』育てられた子供に手を出すものかと誓いを新たにしたわけだが。

「欲しがるにはまだ早ぇだろ? イイ子にしてろって」

 宥めるための言葉を選んで舌に乗せて、ロシナンテはローの胸元へと手を伸ばす。

「んっ、」

 脱がせるための下着だった。故にローの顔を見つめたままでも金具を外すのに容易い。

 ……ローの胸元に彫られた刺青への向き合い方を、ロシナンテは未だに少し図りあぐねている。


 薄汚れた欲を持つ自分など傍にいない方が良いと信じて背を向けて――逃げた結果、ローは身体と心のすべてでロシナンテへの愛を叫びながら追いかけてきた。


 クルーや同盟相手にはクールな女傑として振る舞っているくせに妙なところで子供っぽくて、一途だった。

 多分、ローはロシナンテがベッドの上で何をしたってゆるしてくれる。

 それはおそろしいことなのに、――その事実に満たされてしまう自分こそをロシナンテは嫌悪する。

「ふ……ぅ、ぁ、ん、……んん、ぁ、ぅ……」

 ごく弱い力で揉んで揺すって撫でて。性感を引き出すための動きはもどかしく思えるのだろう。ローの眦が吊った。

「ゃぁ……も、いい、から……ぃれて、こら、さん……」

「駄目だっての」

 乳輪に爪を立てる。強請る言葉が甘い吐息に溶けていく。

「でも、私、ばっかりで……ぁ、こらさんは、ぜんぜん……っぁ、!?」

「おれを気にしている場合か?」

 低く響いた言葉を誤魔化すために先端を摘まみ上げる。ローの顎先が天井を向いた。

 長い睫毛に絡んだ涙の粒が舞い散って、きらきらと、輝くさまを美しいと思う己の嗜虐性が疎ましい。

「……悪い。痛かったか?」

「ぅ、ううん。だいじょう、ぶ……」

「そうか。まぁ、腰、揺れてるもんな」

「ッ、」

 見たままを口にする。ローの頬が燃える。ロシナンテは曲線を辿るように片手をローの下腹部へと下ろしていく。健康的な肌色は内側から朱に染まり、薄く発光しているようだった。

「……おねがい……もう、いれて……いれ、て……ぇ、」

「まだ入れねぇよ」

 ぐちゅり、と。下生えへと差し込んだ指先を熱い粘液が迎えてくれる。

 けれど、まだだ。

 ローが痛みを感じないようになるまでにはまだまだ解し足りない。

「ロー、」

 ロシナンテは『笑み』を浮かべたまま愛しいひとの顔を覗き込む。金の瞳に脅えが走る。

 ああ。大丈夫。ぜったいに、痛みなど与えないから。

「気持ち良くなれるやり方を、教えてやるからな」

 ゆっくりとたっぷりと時間を掛けて。

 ローに気持ち良くなってもらうためならば今夜のロシナンテは挿入しなくてもいい。

「ひっ、ま、まって、ぁ、ぁ、ぁぁ――――、」

 声が響く。

 震えて跳ねる声と身体を見下ろしながら、ロシナンテはローを悦ばせるためだけに動き続けた。

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