折れたツノに宿るフェルシーの誇り

折れたツノに宿るフェルシーの誇り


許されるのなら、今すぐに目の前の男をぶん殴りたい。

いや、手に持っているモビルスーツのヘルメットを顔面に叩きつけてもいいかもしれない。


「決闘だ!フェルシー・ロロ!!!」


公衆の面前で、年下の女子に対して上から怒鳴るなど、小物のすることではないのか。

そんな小物の怒りに乗せらせそうになる口を、意識して噛み締める。

困ったことになった。決闘だ。決闘を申し込まれてしまった。


私の在籍するアスティカシア高等専門学園には一つルールがある。

モビルスーツ同士の決闘に勝利したものが、なにもかも手に入れる。

名誉も、お金も、権力も、それ以外も賭け皿に乗せたもの全て。



そんな私が、初めて決闘を挑まれた。

私が、この目の前の男に、———勝ったせいだ。



実際の機体を使っての模擬戦の授業。

学年も2年生から1年生を交えての、パイロット科、整備科、経営戦略科でチームを組み戦う。勝敗はもちろん機体の損耗率、かかった時間などを総合的に見て判断される。

ここで評価が上がれば、一気にエースパイロット候補として見て貰える大事な戦い。


だから、私は、この授業でパイロットとして出場したかった。


しかし、実際にパイロットとして出るのは経験豊富な2年生で、1年生は控えに回る。

それが我慢できなくて、パイロットの出場をかけて、2年生へ勝負を仕掛けた。

使用するのは、お互いに授業で使うデミトレーナー。

2年生はフェルシーの容姿を見て、侮った顔をしたことを忘れない。

同級生に比べても小柄で、ミルクティー色の仔猫のような容姿は軽く見られる。

けれど、そんなものは、機体に乗れば関係ない。


「絶対、勝つ!」


コックピットの中で、元気よく叫ぶフェルシーのようにデミトレーナーは伸び伸びと動き。双方ボロボロになりながらも、フェルシーは勝利した。


やったーーー!!!!っと喜び勇んでコックピットから出てきたフェルシーを迎えたのは、健闘を称える声でも、賞賛の声でもなく、——負けた男からの決闘の宣言だった。


「再戦だ!!今度はお互いの機体で戦うぞ!」


負けたくせに偉そうにすんじゃねえよ!!

そう叫びたいが、フェルシーはその衝動を抑え込む。

ここで、乗せられたらフェルシーはせっかく手に入れた出場権を失う。

この2年生の専用機は現在第一線で活躍中のディランザ。

一方、フェルシーの専用機は型落ちしたデスルター。

 

勝敗は機体の性能のみで決まらずとも、差は付けられる。

悔しいが、この2年生と性能差のある機体で戦って勝てるとは思えなかった。

 

「こ、の勝負は!デミトレーナーでの優越で判断すべきだろ!」

 

「逃げる気かよ。まぐれ勝ちで出場できるのが、嬉しいのか?」

 

まぐれじゃねえ!!って叫びたい。

でも、そう言ったら、じゃあ再戦しろと言われる。

周りから、関わりたくない気持ちが伝わってくる。

味方はいない。自分ががんばるしかない。

 

「なら、もう一度、デミトレーナーでやればいいだろ」

 

「お前が我儘言って勝負したせいで、ボロボロだ。模擬戦までに整備し直さなきゃいけないのに使えるか」

 

「だけど、・・・」

 

「臆病者に従うやつなんてここにはいない!模擬戦に出たいなら、お互いの機体で再戦しろ!そしたら、認めてやるよ」

 

どうしたらいい?

やっと勝ったのに、このまま再戦して出場権を奪われるのか。

でも、このまま再戦せずにいたら、周りの仲間はフェルシーについてきてくれない気がした。

決闘を断ることはできる。

でも、この学園で決闘から逃げた人間を評価することはない。

目頭が熱くなってきても2年生を睨みつけることはやめない。でも、それ以上は出来なかった。

 

誰かに、心の中で、助けてと求めた。

その望みをすくいあげる人が現れるとは思ってなかった。

 

「先輩、よろしいでしょうか」

 

二人の傍に近づいてきた男は、何でもないような顔で2年生へと話しかける。

たてがみの様にうねるブラウンの髪に、経営戦略科にしてはがっちりとした体形。

やや厳つい整った顔立ちをしているが、笑うと優しそうに見える。

ボブ・プロネ フェルシーと同級生で、アーシアンかもと言われてちょっと浮いている奴。

 

そんな、フェルシーと直接関わることのなかった男が、頭を下げる。

 

「その試合、フェルシー・ロロの代わりに俺と戦ってはくれませんか」

 

「は?」

 

2年生は不可解と思いっきり顔に出している。フェルシーも似たように顔になった。

なんで、無関係のボブと戦わないといけないんだ?

怒気がわずかに緩んだ。その隙間を縫うようにボブは2年生を説得した。

 

2年生の戦いに感服しただとか

貴方の腕にはデスルターは勿体ない。

専用機での戦うのなら、僭越ながら、俺が戦いたいだとか

フェルシーに言葉を挟ませない。

 

なぜか、ボブが2年生を熱烈に尊敬し、ぜひディランザでの決闘を受けたい。

フェルシーに対して、決闘する権利を譲ってくれという話になった。

 

なにがどうして、そうなったのか。

面倒なので、割愛するが、フェルシーは決闘しなかった。

フェルシーの代理人としてボブが2年生と決闘することになった。

ボブが負けたら、ディランザの清掃をボブがする。だけが条件になり、出場権はフェルシーのものになった。

 

「なんで、助けてくれたんだよ」

 

出場権が奪われなくて済んだ。それが実感して最初に出てきたのは感謝よりも当惑だった。

2年生は満足して帰り、他のメンバーも厄介ごとが終わったと分かるとそれぞれ帰っていった。

残ったのは、同寮で同学年のフェルシーとボブだけになった。

感謝しなければと思うけれど、助ける理由が分からない。私のことが好きなのだろうか。

 

じっと下から上目遣いにボブを見つめると、なにか懐かしいものを見た顔をされた。

 

「大した理由じゃない」

 

「そんな訳あるか!ちゃんと言えよ!ちゃんと・・・言ってくれなきゃ、感謝だって出来ないだろ!」

 

なんだか恥ずかしくなって下を向いたフェルシーに対して、ボブは、やはり懐かしそうな顔をする。

 

「あー・・・、俺の大切な子にフェルシーが似てて」

 

「うん?」

 

「その、なんか、そいつがイジメられてるみたいにみえてだな・・・」

 

「つまり?」

 

「その、妹がイジメられてるみたいでほっておけなかったんだよ!」

 

「同級生ですけどーーー!!!」

少しだけ、甘酸っぱい気持ちかもと期待があった分、なんか、ちょっと、すごく、ムカついた。

けれど、それだけで、あんな面倒な仲裁と決闘を受けたのか。お人よしにもほどがある。

 

「・・・いつか、体壊すよ、そのお節介で」

 

「・・・分かってる。だけど、嫌だったんだ。」

 

ボブは凄く苦しそうな顔で、でもはっきりと言った。

 

「頑張って手に入れたものが理不尽に奪われていくのを見るのは。ましてや、妹に似てたら、余計に嫌だ」

 

その顔が、なんだかかっこよかったから、なんだか、すっと胸の中に入ってきた。

アーシアンかもと噂もどうでもよくなった。

ただ、フェルシーを助けてくれたお節介が嬉しかった。

 

「そーかよ。でも、ありがとな。おかげで出場できる」

 

するっとお礼が言えたから、もう、フェルシーにとってボブは友達になった。

 

「なあ、ボブ、所であの野郎と戦う機体はちゃんとあるのかよ?」

 

ボブがそっぽを向いて、「学校の備品借りればいいだろ」なんて呟いたから、やれやれと笑ってやった。

パイロット科でもないのに、モビルスーツが簡単に借りれるわけないのに

 

フェルシーは、自分の末端を操作すると、ボブに見せてやった。

 

「私のデスルター貸してやるよ!」

 

 

 

さて、ボブか勝ったか、負けたかについてだが、結論として負けた。

でも、フェルシーは見た。

ブレードアンテナ以外、どこも損傷せず、2年生の攻撃をかわし切った姿を。

鮮やかに、踊るように、動くデスルターを見て、私は叫んだ。

 

「負けないからな!!!!!」

 

ボブに、模擬戦に、2年生に、全部に!

フェルシー・ロロは、元気に戦場で戦っている。

 

Report Page