承認せよ!承認せよ!決闘を承認せよ!今、勝者は定まった!
モビルスーツ同士による決闘。
それはこのアステカシア学園に定められた、勝者を決めるルールである。
「ālea jacta est.(賽は投げられた)」
「決闘を承認する」
シャディクが手を合わせると、場の空気が和らいだ。
決闘が成立すれば、緊迫した空気になるというのに、奇妙なこともある。
決闘者の二人はお互いに笑っている。
意気揚々とした表情で笑っている2年生の、ジェターク寮のキープ君11号君はすでに勝ったような顔をしている。
一方の、こちらは1年生の、同じくジェターク寮のボブ・プロネも、わずかに頬を緩めた穏やかな表情だ。
賭けた内容は、負けた方が相手の機体を清掃するといった他愛のない内容。
しかも、ボブ・プロネは経営戦略科ということもあり、無謀すぎると賭けの対象にもならない、誰の興味も引かない下らない決闘。
けれど、シャディクは、この決闘の立会人は引き受けた。
ボブ・プロネ。彼の戦いに興味があるからだ。
ことの発端は学期の後半に、1・2年生合同で行うモビルスーツの大規模な模擬戦である。
その模擬戦で活躍できれば、一気に評価があがるため、どこの寮も殺気立つ。
一応、寮を超えて組むことも出来るが、まずありえないため、寮対抗戦の様相を呈するのでどこも本気だ。
ランブルリングと違い授業の一環のためデミトレーナーを一律に使っている。
経営戦略科も参加し、費用対効果もみるためだ。
そんな一大イベント、出場する選手は責任重大だ。
普通は経験豊富な2年生が出場する。
けれど、ジェターク寮では、下克上がおきた。
起こしたのは1年生のフェルシー・ロロ。
女の子にしても小柄で、仔猫のような可愛らしい外見に反して、負けん気が強く、2年生の男子選手に出場権かけて挑んだ。
その現場が土手のある一般に開けた場所であったのもあり、面白いことをやっているなと、シャディクは他にも集まった野次馬と共に直接、見ていた。
大方の予想としては、2年生が1年生に勝って終わるだろうと思われた。
それを、フェルシー・ロロは、ボロボロになりながらも、勝ってみせた。
「なかなかやるね」
シャディクは、強い女の子が好きだ。
恋愛感情ではないが、弱者のはずの女の子が強者に勝つ姿に敬意と好感を覚える。
シャディクの仲間が、そうであるからかもしれない。
久しぶりに、いい試合が見れたと気分が上がった。
しかし、それは、コックピットからパイロットが降りてきたことで一気に凋落する。
「決闘だ!フェルシー・ロロ!!!」
遠くにいても聞こえる大声で、負けた2年生が怒鳴った。
空気が一瞬にして張り詰める。
この学園において、決闘を叩きつけることは、明確な敵対行為である。
思わず、眉間に皺を寄せて2年生をみる。
フェルシー・ロロは、強気な顔をして応戦しているが、声の震えは隠せていない。
2年生はお互いの専用モビルスーツで再戦しろと迫っている。
それをフェルシー・ロロは、必死に回避しようとしているが、2年生は認めない。
下克上をした気質を考えると、再戦を嫌がる性質ではない。喧嘩は買うタイプだ。
嫌がっている理由は、おそらく、そのモビルスーツの性能に大きく差があるのだろう。
フェルシー・ロロが、苦しそうに言葉を紡いでいる様子からして、勝算が低いことが察せられる。
助けを出そうかと、考えるが、すぐに切り捨てる。
ここでシャディクが割って入っても、彼女の名誉は守れない。
特にこれは、ジェターク寮の問題だ。他寮のシャディクが助けたら、フェルシー・ロロはジェターク寮での尊敬は受けられない。
下手をすれば、シャディクに守られて、決闘も逃げ出す臆病者扱いだ。
それよりは、決闘で堂々と負けた方が失うものは少ない。
負ける悲しみが深いようであれば、こっそり慰めてあげればいい。
そうして、シャディクは、フェルシー・ロロを助けることを切り捨てた。
弱者は強者に敵わない。
白日の下では、弱者は、弱者のままでいるしかない。
それは、シャディクにとって、変わらない現実だった。
興味が失せた。
けれど、決闘を求めているのなら、決闘委員会の義務として、見届けるかと義務感だけで眺めていると、変化が起きた。
ブラウン色のまるで獅子のたてがみの様な髪をした男子生徒が、ハロを乗せたバイクで真っ直ぐに、フェルシー・ロロたちの傍へ向かった。
何をする気かと、眺めていると、彼は2年生に対して、深く頭を下げた。
「その試合、フェルシー・ロロの代わりに俺と戦ってはくれませんか」
シャディクにも聞こえる大声に、2年生も、フェルシー・ロロも、そしてシャディクにも虚を突かれた。
それから先は、つらつらと、2年生に対して、先ほどの戦いに感服したのだとか。
デミトレーナーでは、先輩の動きについていけていないことが残念だとか。
先輩がディランザで戦うのなら、ぜひ、俺と戦って欲しいだとか。
よくも、思いつくなあと思うような美辞麗句。
フェルシー・ロロは、完全に呆気に取られている。
でも、要所要所に「分かっているなー」と思わせる言葉を挟むから、なかなかだ。
それに、なによりも、顔がいい。
持っていたオペラグラスを取り出して、表情を細かく見る。
かなりの美形君だな。
顔のつくりは、彫りが深くやや厳つめの美形だが、眉を少し下げ、笑みを浮かべるとなんとも言えぬ人の良さと美しさを発揮する。
迫力のある美形が、例え男であっても、慕わし気に見つめられると、大抵の人間は挙動不審になる。
それに、よくよく顔を見れば、この2年生はレネのキープ君11号だ。
レネのキープ君たちは、あざといと分かっていても、こういう風に甘えられると弱い。
よく見ると、美形君の美しさに負けて、頬を赤らめている。
「ま、まあ!確かに、俺の動きにはデミトレーナーじゃあ測れないよな!まっ!デスルターなんて型落ちを使っているフェルシー・ロロの方が、デミトレーナーの操縦は上手いかもな!」
2年生が、にやにやと、褒め倒されたことの喜びが隠しきれていない様子で、フェルシー・ロロがデミトレーナーの操縦において優秀であることを認めた。
その瞬間、わずかに彼が安堵した表情の柔らかさが眩しかった。
この発言が、決め手になった。
結局、フェルシー・ロロがパイロットになることで話がまとまり、2年生と美形君が決闘することになった。
負けたら相手の機体を清掃する。
そんな下らない対価を賭けた決闘など誰も見向きもしない。
見苦しい男が、ニヤニヤとしながら帰っていく姿はなんとも白けたといった空気にしてくれた。
けれど、シャディクは、美形君から目を離せなかった。
漏れ聞こえた声によれば、ボブ・プロネと言う名前らしい。
ジェターク寮生の一年、経営戦略科だそうだ。
おそらく、決闘を行えば、彼は負けるだろう。
けれど、決闘が成立すれば、勝者はボブだ。
シャディクが見捨てたフェルシー・ロロの誇りと、権利をボブは負けることで、見事に守って見せた。
弱者は、決して白日の下では強者に勝てない。
弱味でも握らなければ、対等な場所に立てば負けるしかない。
けれど、ボブは、弱者のまま堂々と勝者になった。
シャディクにとって、初めて見る勝利の光景だった。
とてもではないが、弱者に見られるわけにはいかないシャディクには取ることの出来ない方法であったし、見習うところはあっても、真似しようとは思えない。
別の方向で見れば、言葉で相手を動かして、思い通りにする小賢しさにも見える。
けれど、いや、なによりも、それを、フェルシー・ロロの尊厳と権利を守るために、迷わずふるう姿が、美しく見えた。
彼は、獅子の様に美しく、頼もしかった。
シャディクは、その場から離れても、ボブの姿が頭にチラついた。
彼は、どんな風に戦うのだろうか。
ボロボロにされるのか、それとも、もしや、勝ってしまうのか?
分からなかった。
いや、経営戦略科なのだから瞬殺されるに決まっている。
けれど、彼の姿を思い出すと、なぜだか、負ける姿を思い抱けなかった。
だから、シャディクは、ボブと2年生の決闘の代理人になったのだ。
さあ、ボブくん?君は一体どんな戦い方をするのかな?
シャディクにとって、忘れられない決闘が始まった。