手折る花

 手折る花

 ドゥリーヨダナの骨をビマニキにもっと軽率に折って欲しい委員会






 英霊となった今となっても未だ、あの感覚がこびり着いて離れない。

 幼少の頃だった。

 ドゥリーヨダナの腕を折った。特別なことはしていないつもりだった。ばき、と骨の砕ける音を聞いてもああ折れたんだなとしか感じなかった。だって骨折なんてのは寝て起きれば治るものだから。なのにヤツは喉の奥でヒュ、と喘いで、苦悶に顔を歪ませて、未だ掴んだ儘だった此方の手を引き剥がして、涙目で逃げて行った。

 一人きりの宮殿の廊下で、何度も何度も、掌に残った感覚を反芻した。何度も、何度も。気が狂れる程に。

 翌朝、ヤツは腕に包帯を巻いていた。其処で、ああ、自分はヤツとは違うのだなと思い知った。



 カルデアに召喚されて、ヤツも同じサーヴァントの身となって、又あの過ちを繰り返さない様にと、なるべくヤツに(力的な面で)優しく接しようと心掛けたし実際、其の様に振る舞えていたと思う。いや、なるべくは触れないようにしていたが其れも完璧に遂行できる訳でも無く、宝具の連発で魔力切れを起こして如何しようもないときやらはそう云う風に接してきた。

 そんなヤツが再臨で、実は女と知ってから更に其れは加速した。女だからと対応が少しでも変わってしまうのには我が身の事乍ら驚いた。でも、仕方ない。だって、実は今迄接してきたよりももっと脆いのだと知ってしまったのだから。又、折らないようにはそうするしか無いのだから。臨機応変ってやつだと、自分に言い聞かせた。

 ヤツが一時的に魔力切れを起こした、周回帰りの事だった。

 ツカツカツカと平らなパンプスの音が怒っている。

「おい!ビーマ!貴様何でわし様を女扱いするんだ!!」

「………………別に。してな、」

「何だあの接し方は!!それに力の加減!!貴様わし様を見縊り過ぎじゃないのか!!」

「………………」

 ぎゃあぎゃあぎゃあと森ん中の鳥の群れの様にヤツは吠え掛かってくる。

 こんなヤツに一々構っていられない、夕飯の仕込みをしなければと後ろを鬱陶しく付いて回る声を無視しているとヒュ、と拳が風を切る音がした。

 煩い分には不快だが別に良い。が、殴られるのとなると話は別だ。

 何故避けると云う選択肢を選ばなかったのだろう。と、今にして思う。咄嗟の事に、真っ直ぐ此方へ向かってくる手を掴んでしまった。其れも、力の加減をせずに。

 直ぐにやばいと思った。骨が拉げるよりも、その音が鳴るよりも。だからといって反射的に手を離すことはできず、見事に掌はヤツの腕を折った。静寂の廊下に骨の折れる音が鳴る。ずっと、ずっと、山彦の様に。そんな気さえしていた。頭蓋骨の内側で、削がれること無く響いていた。反芻していた。前も、こんな音だった。

 あ、と。そんな音の振動が口の中で鳴る。無意識に押されて出た様な声は空へと揺蕩う事は無く、咀嚼の必要もなく口腔内へと蒸散していった。

 ヤツは声も出していなかった。悪態は無かった。口をまごまごとさせる事も無く、歪に成った自身の腕を長い睫毛を伏せ、目を見開かせる事も無く眺めていた。何を思っているかなんて知ったこっちゃない。分かる訳なんて無い。

 此の儘では膠着状態が続くばかりだ。試しに少しの身動きをしてみるものの反応は無い。仕方ない、と覚悟を決める。

「来い」

 圧し折った手首から手を離し、肩に掛けた帯を引っ張って自室への道程を急ぐ。走ってはいないがなるべくの大股で急ぐ。ナイチンゲールもアスクレピオスもコイツが喚いていないからか姿は見えない。ならば好都合だ、なんて思ってしまって訳が分からなくなってしまった。


 充てがわれた自室へと着き、一先ずはの安心に詰めていた息を吐く。気配遮断のスキルなんて持ち合わせてもないのに、と何だか馬鹿馬鹿しくなった。が、そう思うよりも今は背後で大人しくしているヤツの手当の事で頭はいっぱいだった。

 ん、と適当にベッドを指さして座るように促す。ヤツは悪態を吐く事も無く、不気味な程に大人しくベッドに腰を掛けた。

 救急箱を探し当て、ヤツの何倍もの軋音を立ててベッドの対面に座る。用具を取り出し、歪な腕をなるべく優しく取り、締め付けすぎないように包帯を巻いていく。

 自身や兄弟の腕に巻くのと比べて、随分と包帯の侵略は早かった。

 掌が完全に回りきっても此方の指が余るほどの細い腕。筋の通っていない、綺麗で張りの有る、肌理細やかな腕。

 ………………嗚呼、女の手だ。

 他の女と比べたら棍棒を扱っているしそりゃあ筋肉質で太くは有るが、自身の腕よりも何回りも細い其れは、確かに女の手だった。これを幼少期の頃も折った。あれを機に気を付けるように成った。自分は他の子とは違うのだと実感出来たから。でも、又折ってしまった。

「……何、考えている」

 ふと発された声にほんの少し、腕から目を上げる。垂れた前髪が邪魔をして顔は見えなかった。

「あ?」

「本っ当貴様ってのは!!わた、わし様を女扱いしよって!私は貴様にそう云う扱いをされたいんじゃない!何で貴様は女だからって、女と知ったからって接し方を変えるんだ!!私は、唯、貴様の、敵として!!………………っ!!貴様はそう云うヤツじゃないだろう!」

「………………おい、包帯が、」

 言い終える暇も無く、ヤツはベッドから立ち上がった。

「ばーか!!ばーか!!バカビーマ!足クサーーーー!!!!貴様にやって貰わんでも医療班に頼むわい!やっぱ怖いからマスターにしてもらう!!まぁた折られでもしたら堪らんからな!!わし様の高貴な腕は森育ちの貴様なんぞに触れさせて良いものでもないしな!!」

 ドスドスと象の様な足音で入り口へと向かっていくヤツから半端に巻いた包帯が解けて舞う。其処から覗くのは、俺が昔折った、確かな女の腕だった。そう、俺が、昔折って、そして又今も折った―――――――――。

「………………」

 引き止めて再度折ってしまうような、泣きっ面に蜂にはしないほうが良いだろうなと、ピクリと動いた指先でベッドシーツを握る。

「ふん!ばーかーー!!」

 顔を見せない、見れない、悠久振りにも感じる様な悪態に扉が閉まる音がしてから、はは、と、絞り出した笑いが漏れた。

 又、あの頃の、子供のあの時のように何度も何度も、気が狂れそうに成る程に手折る感覚を、脳に、手に、反芻させた。











 ドゥリーヨダナから腕の手当を任されたマスターは其の後に夕飯に誘われ、共に食堂へ赴く。カレーを美味しそうに食べるドゥリーヨダナ。自分が視線の軌道上にいるなと感じたマスターは主が居るであろう方向を振り向く。其処には真顔でドゥリーヨダナを見つめる厨房のビーマが。マスターに気付かれた事に気付いたビーマは(◜௰◝)てな顔を……って話が欲しい

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