手を繋ぎたいサンジの話
サンジが2人と手を繋ぎたくてもだもだしてるだけの話
サンジ×♀ルフィとサンジ×♀ゾロの話が2本ずつあります
手を、繋ぎたいと、思ってしまった。
冬島のちょうど季節は冬頃だろう。鼻先がきんと凍りつきそうな程に冷え、分厚く濃い灰色の雲からはどさどさと雪が振り続けていて大通りどころか海さえも真白に染めてしまう程ではないかと思うほどだった。
島民達は家に閉じこもってこの寒波を避けようとしているのかと思えばむしろ島中の、いや近隣の諸島からもこの辺りで1番大きい港町に人々が集まっては溢れかえり人並みの熱気は雪さえも溶かすほどでは無いかと思う程だった。
理由は既に分かっている。近々、この島に数百年の平穏をもたらした偉大たる王様の生誕祭があるかららしい。といっても何か盛大な儀式がある訳でもなく人々が贅沢や遊び歩く為の方便となりつつあるその日が近いせいで、島全体が浮かれ気分で浮き足立っているのだ。
であるから、そんな島に上陸してから早々に、彼らは情報収集や食料調達を諦めるざるを得なかった。
誰に何を問おうとも、まぁまずはこの素晴らしい日を楽しみなさいとダンスパーティーやマーケットのチラシを渡され、酒や甘いおやつを勧められる。市場は宴会向けの既製品がばかりが並べられ材料は少なく、あったとしても妙に価格が引き上げられている。ログも溜まるまで猶予があるとなれば生誕祭とやらが過ぎるまでじっとするしかないだろう。使いすぎないようにとナミから幾らばかりの小遣いを渡され、数日の自由時間が彼らに与えられたのだ。
何か目的があったらしく方々に散っていく仲間達を見送りながらサンジはさてどうするかと煙草に火をつけて黄昏れていた。
夕方に差し掛かる頃で気温は更にぐっと下がり、ライターの火が貴重な温かさを産む。何度覗いても市場に並べられている日持ちする食材達は値下げするどころか値が上がり続けていて買い物どころではなく、ならばナンパでもと繁華街を彷徨いてはみたもののどうやらこの生誕祭は家族、または愛する者と共に過ごし祝うものでもあるらしく殆どがカップルばかりで声は掛けられず、レストランや酒場も恐らくそのような人々が愛を語り合う場となっているだろうし一人では入りづらい。
本屋に寄ってこの海域特有のレシピ本でもあるかどうか探るか、それか諦めて船に戻って寝てしまうか。煙を吐き出して思案するサンジの目の前を、この時期にはほとんど見られない麦わら帽子がふっと横切る。
「ルフィ!」
考える間もなくその帽子の持ち主の名を呼べば、もうかなり距離が離れていたというのにルフィはサンジの声を正確に聞き取ったのか真っ直ぐに駆け寄ってきた。ナミにポンチョコートと裏起毛のボトムスを履かされてはいたが動きにくいからとマフラーや手袋の類は着けてはいなかった。寒いのには平気な素振りは見せてはいるが鼻先と頬は赤く、つやつやと輝いているようで思わずサンジはふっと笑みを零す。
「おーサンジ!どうした? どっか行くのか?」
当たり前のようにサンジの横を歩くルフィは珍しそうに辺りを見渡している。元々祭りやら何やら、楽しいことが好きなルフィにとってこの島の雰囲気に否が応でもテンションが上がっているのだろう。スキップでもしているように地面を蹴る、その足先はやはりいつもの草履でルフィらしいな、とサンジは思う。
「いや、アテがねェんだ、てめェは?」
「おれもだ!でもなんかみーんな楽しそうだからな、見てるだけでも楽しいんだ!」
人々の笑い声、あちらこちらで聞こえる王様を祝う聖歌、乾杯の音頭、ダンスミュージック。そういった誰かの楽しみ、誰かの幸せを一緒に楽しみ、喜べることがどんなに素晴らしく素敵なことか知らぬまま、ルフィは身体いっぱいに楽しみを表現してにこにこと笑っている。
そんな、自分に無いものを幾つも持っているルフィに惹かれてからどのくらい経つだろう。いや、いつ惹かれ始めたのだろう。サンジは曖昧になりつつある打ち明けられないままの恋心と共に吸殻を灰皿へと投げ捨てるべきだと思いながらも未だに出来ずにいた。
仲間だから。ルフィはまだ少女であり恋心を知らないだろうから。この冒険に恋なんて不必要な物であるから。どれもが正しいようで、しかしどれもが言い訳じみているようにもサンジは思えた。
「お!」
ルフィが突然あげた大声に惹かれるようにサンジは空を見上げる。もみの木に巻かれていた電飾が一斉にライトアップされたのだ。赤、青、金、白、緑……。一斉に降り注ぐ光達に通行人は立ち止まり喜びの声を上げる。それはルフィも同じだった。
「すっげ~!ずっと先までキラキラだ!」
ルフィとサンジが歩いていた通りは丁度メインストリートだったらしい。左右に立ち並ぶ屋台や店も皆光を浴びては輝き飾り付けをアピールする。まるで虹の中に飛び込んだみたいだ、とサンジは瞑目しようとし、だけれど慌てて辺りを見渡す。光の中に飛び込んだルフィはもうずっと先、人混みに紛れて行ったのだ。
「ルフィ!」
サンジがルフィを追う理由など無い。共にいる約束も、向かうべき場所もどこにもない。それにこの島は港へのメインストリートが一番広く大きいのだからよっぽどの『方向音痴』でない限りルフィ一人でも船に戻ってこれるだろう。
それでもサンジはルフィを追い掛けることを選んだ。理由も、分からぬまま。
ニット帽やマフラーを着けている人々の中で、麦わら帽子は浮いていて分かりやすい。何とか人混みをかき分けて、小さな背中にようやく追いついた。声を掛けてもよりボリュームを増した人々の歓声や話し声でかき消されてしまうかもしれない。
気づいたら、サンジはルフィの右手首を掴んでいた。ぱっと、ルフィが振り返る。急に腕を掴まれれば変質者かと疑っても無理はないというのに、その顔には恐怖も困惑も映ってはいなかった。いつもの、サンジが好きな笑顔だ。まるで、サンジが触れてくれるのを待っていたような、知っていたような。
しかしそれは全て幻想だぞ、とサンジは自分に言い聞かせる。誰かに引っ張られたり身体を掴まれたりすることなんてルフィにとっては日常茶飯事だ。自分は特別扱いなんて思い上がるな、と。
しかしそれでも、それでも、サンジはルフィの身体に触れられることを嬉しいと思ってしまうのだ。
「……ルフィ、」
思いの外、掠れてしまった声を緊張のせいではなくこの乾いた空気のせいにできないだろうか。サンジは思いつつ左手に力を込める。本当は、右手をちゃんと握りたかった。なのに手首を掴んだのは優しさではなくただ自信が無いからだった。
普通の、どこにでもいる少女のように細く、けれどルフィであると知らしめているかのようにゴムみたく伸びる肌とその下のがっしりと重たい骨を確かに感じる。確かに今、サンジは好きな人の身体に触っている。動揺や照れが伝わらないように、と力を緩めたことをルフィは気づいただろうか。
「サンジの手、冷ェな」
ルフィはけらけらと笑い、いやそれはてめェの体温が高いから、と言おうとしたサンジの左手ごと、自分の右手をポンチョコートのポケットにつっこんだのだ。ぎょっとするサンジの左手にじんわりとした温かさが広がり、ルフィの声が跳ねる。
「な、ここあったけェだろ?」
にこにこと、本当に嬉しそうにルフィが笑うのでサンジは、……おう、と小さく呟くことしかできなかった。そのまま、このキラキラがどこまで続くが見てェ!と言うルフィに引きずられるように港に向かう道を逆に歩いて行く。その先には確か、広場があり有名なモニュメントと盛り立てるようなイルミネーションがあるはずで、それを観に行く恋人達や家族で人混みは更に増えていく。
ふと、この幸せそうに街を歩く人々達にとって、自分達はどう見えているのだろう、とサンジは思った。この祝祭に興味津々な妹に引き摺られる兄だろうか。
いや、できれば。願わくば。彼女と仲睦まじい彼氏に見えていて欲しい。この島にいる間だけでも、いや今だけでもいいから。
そんなサンジが夢心地で語る願いを、夢じゃないぞとでも言うように力強い熱が、恋にも似た熱が、ルフィのポケットの中で芽生えた気がした。
手を、握っていてもいいのだろうかと、思ってしまった。
夏島、季節は春、いや雨季に差し掛かりつつあるのだろう。舗装された道も殆どなく、牛車や馬が主な交通手段となっているその町、いや町と村の中間といった規模の漁村は金目の物が無さそうだという理由でナミの期待を少々裏切ってはいたが、しかし概ね自分達がいた村の雰囲気に似ていると好評であったし、特産品が柑橘類、特にみかんと魚介類と聞いてナミも途端に機嫌を良くさせた。
とは言っても田舎であることは確かで、海軍基地も無い代わりに海賊さえ滅多に見向きすることもないようで、海図や武器を含めた冒険に役立つ物は殆どないに等しかった。食糧到達が済んだらすぐに旅立ちたいが、ログの溜まる期間が3週間程と少々長い。
港町どころか山林と小さな村が幾つかしかない島の全て見て回るのも3日間程度で終わってしまった為、今日も皆ただ目的もなくぶらぶらと平和極まりない漁村で釣りをしたり山奥の村にまで足を伸ばしたり海賊を知らないが故に恐れていない町民と話を交わしたり遊んだり酒を飲みかわしたりと各々自由に過ごし始めてから2週間目に入ったところだった。
昨日はきのこ類や山菜を入手したいと村人達の案内で山奥まで散策し、期待以上の収穫物があった為に今日は収穫物を乾燥させ日持ちさせる処理をし終えてからようやくサンジは漁村へと降り立った。
太陽は真上でギラギラと輝いており、昼頃だということもあり皆、どこかで暇を潰しているか飯でも食べているのだろう、と結論付けてサンジは宛もなくぶらぶらと歩き始めた。
湿度が高いこの島ではスーツは動きにくいためシャツと半パンというラフな格好と、泥や土が跳ねるからと助言を受けてサンダル履きだった。服装こそ島民と間違われてもいい様なものの、しかし夏島であるからこそ住民は日に焼けている者が多く、そして黒髪の者も多い。そんな中でサンジの白い肌と金髪は少し浮いていた。とは言っても迫害などを受けることはなく、逆に旅の者だとすぐに気づかれ丁寧な説明や案内を受けられたのであまりに気にしてはいなかった。
それに引替えすぐに馴染んだのはルフィだ。服装や見た目も殆どこの島出身者と似通っていて、その上主に一次産業で生計を立てているこの島では麦わら帽子を被っている者も少なくはなかった。その帽子を見掛ける度に、ふと視線を向けてしまう自分に呆れ笑いながら、サンジはただ黙々と歩みを進める。
行先も何も無い、ただの散歩だった。子供達が牛やニワトリを追い走り回り、親達は田植え唄を諳んじながら農作業に取りくむ。鳥の鳴き声と遠くに聞こえる波の音。呆れ返るくらいに平和なその畦道をどれほど歩いただろう。
ふと気づけばいつの間にか田植え唄が祭囃子に変わっていた。聞いた事のない笛や太鼓の拍子も聞こえ始めた。何となく気になり、サンジは音のする方へと足を向ける。小さな丘を超えた途端、思わずサンジは立ち止まった。
「うおっ!?」
目の前に、大きな獣が寝そべっていたのだ。しかしサンジは直ぐにそれが本物では無いことに気づく。どうやら空気を入れて膨らませた風船のようなものらしい。あまりに巨大なそれらは1つ2つどころではなかった。狐に似た物や明らかに犬と分かるもの、最早生物であるかさえも分からない物などが、紐かなにかで繋がれているのだろうか、先頭に立つお面を着けた者の後ろを列を成してこの島では珍しく舗装されている大きな道をゆっくりと歩いて行く。周りを囲むのは楽器を鳴らし歌を歌う者達と、見物人、囃し立てる子供達で溢れかえっていた。
この村の、いやこの島の3分の2の人々はこの風船を引き連れる祭りのようなものに参加しているのだろうと思える規模だった。しかしとは言っても百人程度で、道を埋め尽くす程では無い。
だから、サンジが麦わら帽子や法被や着物を伝統的な衣装に身を包んだ彼らの中で風船に向けてキラキラとした眼差しを向けていたルフィの姿を見つけたのは必然だった。いや、もし人数が万を超えていたとしてもルフィの姿だけは見逃さないだろうが。
「ようルフィ、こりゃあ何かの祭りか?」
「サンジ~!」
サンジの問いかけに、ルフィはぱっと振り返った。明らかに興奮に満ちた口調で、手振り身振りを交え擬音多めに説明してくれたこと曰く、これは収穫を願う祭りらしい。この島に祀られている神様を模した巨大な風船を作り、島を一周してから海に入れて火を付けて空へと還す。そうすると豊穣が約束される、という伝統的なものであるらしい。
「へェ、似た様な祭りは幾つか知ってるがこんなでけェ風船を作るのは初めて見たな」
「だろ!?すげェよなー!どうやって作ってんだろうなー」
ルフィはどうやら海で火をつけるお見送りまでこの祭りを見守るらしく、特に用事もない上にどうせ船に戻るには港町に帰らなければならないのだからとルフィと共に海に向かうことにした。風船の列を追い掛けてはあれはなんだ、とか、耳が3つある猿に見える!とか騒ぐルフィの隣を歩きながらふと昔にもこうやってルフィと2人きりでどこかの島を歩いたような記憶をサンジは思い返していた。
あの頃は、ルフィに抱いていた恋心を押さえつけようとかき消そうと必死になっていた。しかしサンジが隠しているものを、想いを、ルフィはいつだって見逃さない。見逃してくれない。サンジが自分に言い聞かせていた恋をかき消す言い訳を、ルフィは一つ一つ否定して言った。そうして最後に燻り残った丸裸の恋を、ルフィは受け入れ、飲み込み、そうしてもう一度燃え上がらせたのだ。
仲間以外のもう1つ特別な関係性になってから、仲間ではやらないこともいくつもしてきた。そして仲間だからこそできることも。ルフィとだからしたいことも。そのどれもがサンジの心に焼き付いて熱を孕んで消えない思い出となっている。
例え、ルフィがサンジと別れることになろうともサンジはその熱球に焼かれて死ぬのだろうと思える程。夏島であろうと気温と湿度が高かろうと、ルフィへの恋心に比べたら大したことではなかった。
「……ルフィ」
楽器が鳴り響いていようが音頭が取られていようが名前を呼べばルフィは直ぐにサンジの言いたいこと、やりたい事を察した。笑顔のまま差し出される右手を、サンジはぎゅっと握る。村民は確かに多いが人波と言える程ではないからルフィを見失うことは無い。余っ程のことがない限り一本道で迷うこともないだろう。手を繋ぐ理由は何も無い。だから、サンジはルフィと手を繋ぎたかった。
ルフィの手は、ルフィだけの手だ。ただの世界中で一つだけの。町の少女や御屋敷の令嬢とは全く違う、かさついていて、深爪気味な上爪の手入れもされていない。ごつごつとしていて関節が目立ち、何時のものかも分からない小さな傷跡や火傷跡も消えてはいない。それでも、何かを、誰かを守る為に握られたうつくしくきれいな拳が、今はサンジの手の中にある。いつかのポケットの中とはまた違う、高めの体温の温もりがサンジの肌を包む。それだけで、よかったのに。
「そうじゃなくてよー、」
ルフィは、そう言って。
サンジの指の間に自分の指を差し入れて、ぎゅと更に強く握る。つまり、それは。
「な!こっちの方がもっとぎゅってできていいだろ?」
にこにこと嬉しそうにサンジの表情を窺いながら、しかし先程とは違って歩幅によりも遥かに大きく、腕はぶんぶんと振り回すように振られる。ルフィの感情を示しているようだった。ぴたりと、さっきより密着して伝わるルフィの手の熱さは、サンジが今も抱えている恋心と同じ熱さに思えて。そして、絶対に逃がすものかと強く握られた手。放っておけば、腕ごと絡みつけてきそうな強さに、笑いが零れた。ああもう、一生自分はルフィから離れることもないままこの太陽に灼かれて死ぬのだろうと。
「……ああ」
それでもいい。それがいい。抱え込んでいるままの恋心に焼かれて死ぬより、ルフィ自身に灼かれて死ぬほうがよっぽど。そうしたら、今よりももっと近くにいられるだろうか。一つになれるだろうかなんて考えながらサンジはルフィの手を握る。自分達が還るべき海の、漣の音がもう近づいてきていた。
手を、繋いでやらなければいけない、と思う。
その島は、というよりその樹木は、と言った方が本当は正しいのであろう。島の大部分をあまりに大きな樹木の根っこが占めていて、島民達は根っこを切り開き道を作り家を建て町を作り上げてきたのだ。林業、材木、花や蜜の輸出が国の収益の7割近くを占めている。そして文字通り生活に根付いている、あまりに巨大な樹木を島民達は御神木様と崇め奉り、神聖なるものとしている。
ここまでなら珍しくもない島に過ぎないが、他方から来たもの達がこの島に長くいたがらない理由は別にあった。
御神木様は生命活動を続けている。島全体を覆い尽くす程の大きさであるにも関わらず、活発過ぎるほどに生き物としての本能的欲求に忠実であった。具体的には水を求めてあちらこちらと根をさ迷わせるのだ。
地震かと思う程の地面の揺れと共に先程まであったはずの壁が壊され、道が道でなくなり、家は根に押しつぶされる。深夜眠りについている間に家ごと根の移動で壊され目を覚ましたら道のど真ん中でひっくり返っていたという話が日常茶飯事であることからもこの異質さが伝わるだろう。
それが普通であり当たり前のことであるから島民達は壊れても平気なように主に葉っぱでできた簡易的な家に住んでいるのだ。道が道でなくなり数時間前にはなかった壁が急に目の前に現れるような、地図が地図として成り立たないこの島は、観光客どころか海賊も海軍も近寄りはしない。大人でさえも自分の家を見失い彷徨い歩くのはよくある事であったから時間空間、その他全ての物事に関して寛容でおおらかであり、ジョリーロジャーを掲げている船を喜んで迎えるのだ、そして、麦わらの一味も例外ではなかった。
最初は物珍しい町の作りに感心していたものの直ぐにその大変さを身に染みることになる。歩いてきたばかりの道が潰されぺしゃんこになりその上を根が上へ上へと伸び壁になる。ログは3日で溜まるとは言えここで今生の別れになる可能性すら考えすぎではないだろう。何せ方向感覚が怪しいものが1名、怪しいどころか機能すらしていない者が1名ずついるのだから。
ナミの鶴の一声で必ず数人で固まって動くように言いつけられ、食料調達や情報収集等目的に分けてジャンケンで組み分けが行われる。そうして1番の問題児がサンジに割り振られ、しょうがねェなと腹を括りこの際荷物持ちとしてこき使ってやるかと決心し、振り向いた。その僅か数秒の間に、先程まで彼らの胃袋を満たしていた食堂は跡形もなく消えさり代わりに太い根が這いずり回る道となり、お決まりのようにゾロは姿を消していたのだった。
サンジが慌てて辺りを見渡たせど、秋島の春の終わりかけを象徴するかのように青々とした葉が降り注ぐ中、若緑の髪色は紛れるようにどこかに消えていた。慌てて会計を済ませ後を追おうとするサンジに、店主はのんびりとした様子で、お代は後ででいいから早く行った方がいいだろうねェ、もう会えなくなっちまうよ。その言葉が冗談でも何でもないことをゾロの狂った方位磁針と、この島の特性が証明している。
お礼を言い、買ったばかりの木の実の箱ずめ1箱とその他細々とした調味料を抱えて、後で必ず戻る旨を伝えてサンジは走り出す。その後から後から道がスクラップビルドされ、方向感覚に自信があるサンジでも今まっすぐ歩けているのかどうか分からなくなる程であった。島のほとんどが木の影と重なりなり太陽の位置を探りにくいのも一因であるだろう。
とかく、サンジはひたすらに緑を注視しながら走り続けた。いくらこの島が青々とした緑で覆われていようが、ゾロの髪色はそれらとは全く違ったものであった。濃く深く葉脈が見えるものでは無い、むしろ透き通っていてともすれば若葉のような瑞々しささえ感じられる。サンジが元いた海でも、東の海でも希であったあの明るい碧光は、サンジの網膜に張り付いて目を瞑ろうがギラギラと反射する程であった。
その光を、起きて目を開けている時でも常に手に入れたいと望み、どれほど経っただろう?
サンジの目の前には気づけば根よりも太く壁と言うより崖のように長く高いものが聳え立っていた。どうやら、木の幹に近しいところまで来ていたようだった。根は縦横無尽に動き回るが、幹に近い根は動きが緩やかだ。破壊を避けるべき施設、役場や学校や病院などがぐるりとその幹の周りに立ち並んでいて、他方では所謂高級住宅地と呼ばれるであろう木造二階建て建築物もちらほらと見られる。そうしてその中心街の更に幹に程近い場所に御神木様を祀る祭壇があり、その階段の真ん中でゾロが木々を見上げていたのを見つけ出す。
ゾロは、幹に手を当てて拝んでいるように見えた。神を信じないはずのゾロが、島民達のように信心深いお辞儀をしているようにすら。いくつか頭の中で浮かんでいた煽り文句、あだ名、悪口、その他はサンジの頭から消え去っていた。
「ゾロ!」
ゾロはサンジの大声に反応して、ふん、と鼻で返事をして階段をまっすぐに降り、サンジの真正面に立つ。ナミの言いつけをゾロなりに守らなければいけないと思っているらしい、単独行動をしないようにと心得てはいるようだった。思っていても逸れるのがゾロではあるが。
「……何かの声が聞こえた気がした」
「おれの大声がようやく聞こえたか、耳掃除しとけよ」
取ってつけたようなサンジの煽り文句にもゾロは反応しなかった。その代わりにまだ、ゾロは幹を、いや木を見上げている。
元より、ゾロはサンジには到底理解の及ばない超然的なものを理解し、歩み寄ろうとしている節があった。生命、呼吸、そういったものが人間ではなく物や自然にもあると考え、耳を澄ましているような。
サンジはそれが間違いでは無いと分かっている。食材達の命の声、食べ頃や虫が湧くのを教えてくれるような肌で感じる何かをサンジも経験したことがあった。
しかしゾロが相対しているのはもっと大きいものだ、海、空、木そのものなど。それらの声は、ゾロにはきっと届いている。届いているからこそ、それらに惹かれて今にもふらりと姿を消しそうでサンジは不安に思っていたのだ。ただ迷子になるだけならまだしも、人ならざる者に誘われ道を逸れるのではないなと。
ゾロが決めたことならば、ゾロが受け入れていることならばサンジも本当は認めてやるべきなのだろう。しかし、仲間としてでもない何か、意地のようなものがそれを否定する。ゾロの考えを認めたいと思っている。それと同時に自分の隣にいて欲しいとも思っている。矛盾し、理屈では説明できない感情的な衝動。それらの本当の名を、サンジは知っているけれど気付かないふりをしているのだ。
「……帰んぞ」
サンジがそう声をかければゾロはサンジの前に出て歩き始めた。しかしゾロが歩む道には赤十字のマークの看板の建物が立ち並んでいる。つまりは幹の近くであり、海とは真逆だ。
「……おれの後ろを歩いてこいよ」
「命令してんじゃねェぞ、それに、後ろは嫌だ」
わがままを言うなこのクソマリモ、と言おうとした勢いが萎む。本当なら、サンジ以外の人間であったらゾロの手を握ったはずだ。迷子防止にはそれが間違いなく最適解であったから。
しかしサンジの両手は先程買った食料で埋まっており、それは不可能だった。ゾロもそれは分かっていたのだろう。分かっていたから、ゾロはサンジの服を握った。正確には、サンジのスーツの裾のほんの端っこを、ぎゅう、と左手で力強く握り、どうだとでも言うように胸を張ったのだ。
「これで文句ねェだろうが」
ふんす、と胸を張るゾロを、ガキかよと笑ってやれば済む話だった。けれど、ゾロの左手は先程まであの幹に触れていた。目を瞑り何かを考え込んでいたゾロは左手から何かを読み取っていたのかもしれない。となれば、もしかして。
ゾロはサンジの言動や心情、その他色んなことを読み取るのではないだろうか?
まさか!サンジは自分の愚かな考えを自ら笑い飛ばす。そんな超能力者のようなことがゾロにはできるわけが無いし、能力者である訳でもない。ただ単に、ゾロはサンジの服の裾を摘んで、共に歩いてやろうと許可を出しただけだ。
普段凛々しく冷たささえ感じられる横顔が、良いアイデアだと笑う少女のように見え、木々の隙間からようやっと差し込んだ陽の光がゾロの髪どころか足先までをきらきらと照らしている。ぼう、と熱い何かがサンジの中に灯る。いや、ゾロが、火を灯した。ただ1人、サンジの情緒を感情をレディファースト精神を狂わすただ1人の。
「……あーもー、早く帰るぞ!」
「? 何キレてんだ?」
言いつつも、ゾロはサンジの服を摘んだまま大人しく横を歩いてくる。目線を合わせるように、視界から離れないように。迷子防止以外にもその理由はあるだろうかとサンジは不毛な考えに行き着く。そして、出来たらもう少しこのままでいたいと。
しかし何の因果か、根の移動に1回も出会うことなく先程の店へと戻ってきてしまい、店主がお代を求めるのを見てゾロは裾から手を離した。
次は、どうやってもう一度隣を歩いて貰おう。煽り文句もあだ名よりも優先されるべき考えに支配されていたサンジは、もっと簡単な一言があることに気づかないまま店主にお代を支払ったのだ。
手を、繋がせてはくれないだろうかと、思う。
その春島に上陸したのは秋の明月が美しい夜半、ではなく新月の草木も眠る丑三つ時だった。理由は単純、島のすぐ隣に海軍基地が堂々とその抑止力をアピールしていたからだった。
わざわざ危険を承知でその島を上陸先に選んだのは、海軍がこの辺りの海域に目を光らせているからこそ、逆に内地はある程度の安全性が確保されており無駄な小競り合いも発生することなく、しかも海軍相手に武器や遠征用の食料を卸す港町は大いに発展しており、つまりは海賊にとっても冒険の補給に最適だからだ。
町の構造自体も、警備しやすいようにさいの目状の区間が石壁で区切られており、更にその外を防衛に備えてかぐるりと城壁が囲っている。入口は東西南北の大きな門だけであり、東門が丁度入江に近いこともあり、そこから町に入り込むことに成功していた。例え門番に疑われ経路を暴かれようが、船は海賊旗を下ろして入江にこっそり船を停めてある。船首の愛くるしさもあってぎりぎり遊覧船に見えなくもないだろう。
島民はいざとなれば海軍が来てくれると警戒心が薄めだとは思われるが念には念を入れて海軍に面が割れている面子は変装を余儀なくされていた。
勿論ゾロはその1人で、腹巻と黒手拭いを取られ、ラフなTシャツとデニムを着せられただけではなく刀さえも没収の憂き目にあっていた。せめて1本はと抵抗したがそもそも武器を所有しているだけで疑われかねないのだからと諭され、結果ゾロは何も無い右腰の刀を差していたあたりに肘を乗せようとしてはがくりと体勢を崩す、ということを朝から十数度繰り返しているのもあって機嫌は最低に近いものであった。
しかし、船の権力者であるナミの一声は絶対だった。ログが溜まるまでの48時間のうちに食料をたっぷりと買い込むこと、海軍に決してバレないようにすること、その為に喧嘩など絶対にしないこと。面倒なトラブルは避けること。そういった四ヶ条を守るべく、サンジは必要物資の調達の為のパートナーとしてゾロを選んだのだ。……と言うのは言い訳に過ぎないのだが。
明らかに海軍をメインターゲットにした市場は、やはり長期保存に効くような食料が溢れていて、選ぶのには全くと言って良いほど困らなかった。サンジを悩ませているのは、いつだってゾロだった。
最初はいつものように荷物持ち要因としてサンジはゾロに声を掛けた。面倒くせェなと言いつつも、筋トレになるからだの後で酒をやるだの言えば何だかんだ引き受けてくれていた。しかしそれは『ロロノア・ゾロ』であったからだ。
今、サンジの隣でいつもより眉間の皺を深めさせながら何も無い右腰に手を置いているのは、サンジや仲間達からしたらいつものゾロではあるが何も知らない島民から見たら少し筋肉質でラフな格好をした女性であるのだ。
この島に独特の風習が幾つかあろうが、男が購入した肉が大部分を占める大量の荷物を女性に持たせていたとしたら不審な目で見られるかもしれない。下手したら、一種の精神的暴力であると通報されてしまう可能性すらある。
その為、サンジは荷物の一部はゾロに持たせてはいるものの、殆どを自分が抱え持って市場を歩いていた。ゾロの機嫌が最悪に近いのもそのせいだとは気づいていたがどうすることもできなかった。
「露骨に女扱いしやがって」
「元々女だろうが」
「そういう意味じゃねェ!」
苛つきを隠そうともしない声音が右隣から聞こえてくるのは幾分かサンジの心を落ち着かせた。これで例えばもっと普通の島民として見えるように3歩後ろを着いて歩いてくれと言おうものなら刀などなくとも怒りを爆発させるだろうし、いつの間にか姿を消す危険もあっただろう。刀が無い分、パーソナルスペースを測りかねているのか、サンジのまだ空いている左手に寄りかかるように歩いているのは僥倖だ。あえて周りに聞こえるように、サンジは声を張る。
「彼女扱いしてんだよ」
ゾロの機嫌がどれ程悪くなろうが、体裁の為にも深い関係性であることをアピールするべきだろう。それに、事実サンジとゾロは男女の仲であった。
いつもの脚と刀が出る遠慮のない喧嘩も、サンジが他の女性相手には絶対に言わない煽り文句も、ゾロが他の男性には絶対に言わない外見を揶揄したあだ名も、見方を変えれば唯一の特別扱いだ。
そうして相手を特別な唯1人と認識しているお互いが、その区分けに別の名称があることを知っていて随分と気付かないふりをしていたのだけれど、最初に折れたのはサンジの方で、つまり弱みを晒し、先に負けを認めることでサンジはあっさりとゾロからも同じ降伏宣言という名の恋愛感情を聞き取ったのだ。
サンジが自分に恋愛感情を抱いているという事実、つまりは負けを先に認めるならば自分も同じようにサンジを特別視していることを認めてやらなくもない、というゾロの意地はサンジが下手に出ることであっさりと氷解するのだ。そうして、サンジとゾロは恋仲になったのだが。
「余計なお世話だ」
つん、とサンジから目線を逸らすその横顔に見惚れたと。そう認めてしまえば、言ってしまえばいいのだと分かっている。どんなに意地を張り合っていようが、恐竜時代から決まっていることだ。恋とは、先に落ちた方が負けなのだと。
「ゾロ、」
負けたくない、から、ゾロにならば負けてもいい、と思い始めたのはいつからだろうか。もしかしたらそう思ってしまった時から、サンジは人生で一度きりの身を焦がすような恋に落ちていたのだろうか。
サンジは空いている左手で、ゾロが普段刀に置いているはずで今は宙ぶらりんになっている右手を握る。手を、ずっと握りたいと思っていた。素直に、認めてしまえば。ゾロも、直ぐにそれに答えてくれる。全く違うようでいて、サンジとゾロの似ているところの1つ。
「……手汗すげェぞ」
「……てめェもだろバカ」