所変われば
悪夢で飛び起きた俺は頭を酷くぶつけた。箱に入っているのを忘れていた。
変態が多い土地だという聖都でも要注意人物にリストアップされているミツヒラさんはなぜか俺を気に入って、会うたびお手製の箱に入れたがった。箱に詰めたいだけで待遇はいいから、俺で欲求を発散できるならと毎回付き合っている。
それはそうと、今は外に出たい。寝汗が蒸れて不快だからシャワーを浴びたい。俺は食事も睡眠も適当だが人として入浴だけは毎日している。
「ミツヒラさん開けてー」
内側から蓋を叩くとすぐに開けてくれた。
「すごい音がしたので心配していたんです」
「変な夢見て頭打っただけ。それより俺、シャワー浴びたいから銭湯行くね」
箱を出ようとしたらミツヒラさんに止められる。
「うちで入ればいいじゃないですか。湯船も用意しますよ」
「いいよ。俺はシャワーだけで済ませる派だし、銭湯行く方が早いし。人が増える前に行きたいんだけど」
「今日は立つのも辛いくらい疲れているんでしょう」
「寝たから大丈夫」
「徹夜明けにちょっと寝たのを大丈夫とは言いません」
ミツヒラさんが言ってるのは本当だ。風都でメモリ犯罪を摘発したはいいものの、書類作成や張り込みで二日ほど徹夜を続けて体は疲れ切っている。聖都行きの電車で座っている間も変身の負荷と疲労で気絶寸前だった。
ただし俺はこの話をミツヒラさんにしていない。
箱詰めの際に多少触られるのだが、その感触や体温で俺が疲労困憊なのを見抜いたらしい。
「とにかくイサムくんは我が家の風呂に入ってください。私が介助しますから」
「介助だけ?」
そうつぶやいたのは失言だった。悪夢の内容のせいかもしれない。
ミツヒラさんはいつも絶やさない微笑みをちょっと歪めた。
「あいつと一緒にしないでください」
「してないよ」
あいつとはミツヒラさんの親戚だ。俺の主な活動地である風都に住み、ミツヒラさんに負けず劣らず箱詰めへ情熱を燃やす狂人。違いと言えばミツヒラさんより数倍猟奇的なこと。幸い俺は箱詰めに向いている体型なのでこれ以上体積を減らされずに済んだ。その前後でも色々と口にしづらいことをされたけど、とにかく無事に脱出できたのが先々月の話。
夢に出てきたのはそいつだった。突きつけられる刃物の恐怖で飛び起きたら思い切り頭をぶつけたというわけだ。ミツヒラさんは方向性が合わないという理由で親戚を嫌っているから俺もできるだけ話題に出さないようにしているのだが、今日はうっかりしていた。
今日こそ無事で済まないだろうと思ったが杞憂だった。ミツヒラさんによって全身丁寧に洗われてしまった俺は、ふわふわのパジャマまで着せられ居心地の良い箱へ逆戻りだ。
「今日はゆっくり休んでください」
「うん」
本当はCRへ書類を渡す用事もあるけれど、それほど急ぎではない。ミツヒラさんの欲求を満たすのが優先でいいだろう。
「あとで夕飯を食べましょう」
優しく頭を撫でられるともう一度眠くなってくる。色んな感覚が鈍った俺だが、頭を撫でられるのはまだ気持ちいい。
「私はこのあと作業があるので蓋は開けておきますね」
「ん……」
「ふふ、眠いですか?」
俺は素直に頷いた。体を丸めて寝るのに絶妙な大きさの箱なのだ。
柔らかい毛布をかけられる。
「これで寒くないかな」
「大丈夫……ミツヒラさんは優しいね……」
今度は返事がなかった。どんな顔をしているのか気になったけど、もう見えない場所まで歩いてしまっていた。