戻れなくていい

戻れなくていい


 クレーンの滑車が回る。

 ポーラータングに備え付けてあるクレーンは小ぶりだが海中で拾い物をするときや重い機材を運び入れるのに便利でなかなか重宝している。海上戦を勝利で収めた後はクレーンでコンテナを吊り海に沈めて、泳げるクルーが総出で戦利品を運び入れる。沈んでいく敵船の中から手早く金品を運び出す作業は皆慣れたものである。

 合図があってクレーンのワイヤーを巻き取る。ほどなくして海中から上だけ開いたコンテナが顔を出した。先ほど沈めたばかりの敵船からあれこれ運び出したものが詰め込まれたそれは海水と共にゆっくりと甲板に降りた。同時に喝采が上がる。コンテナの中身が思ったより充実していたのだ。

 そう手強い敵でもなかったので期待はしていなかったが、なかなかの戦果だった。

「これで新しい機材買えますね!」

「船の修理も!」

「まず撤収!残党や海軍がいないか注意して潜水!」

 浮足立つクルーに指示を出して、海に潜るために甲板を後にする。

 だが頭の中で算盤を弾いていた。当座の生活費に、買い換えておきたい機材や器具、そこに船の修繕費を加えてもまだ余裕がありそうな量だった。

「キャプテン!」

 海中から上がったばかりのクルーが胸を張る。間違いなく今日の功労者だった。海上戦においてオペオペの実の能力でできることは限られている。敵船の物資を点火したばかりの爆弾と交換したり、敵の体をバラバラにして攪乱したりはするが、船の竜骨をぶっ壊して沈めるのは彼らの役目だ。手早く船を沈めることで目撃者を減らし、海軍からも他の海賊からも目立たずに利益を上げることのできるハートの海賊団の戦闘スタイルは彼らがいなければ成り立たない。

「よくやったわね」

 廊下で直立している功労者たちに、労いの言葉をかけながら一人一人頭を撫でる。えへへ~と和やかな雰囲気を出す野郎どもは置いといて、コンテナの中身を検分している面々の方へ向かった。

「まあまあ質の高いものが揃ってますね。上手く売り捌いたら億いきますよ」

「しばらくはさもしい思いしなくて済みそうね」

 この船の財政管理は私だ。頭の中の算盤がまたパチパチと音を立てる。次の島で修繕費の見積を出して物資の補給をして機材を買おう。島によって文明レベルが違うから、修理と買い替えは応相談だが物資は十分補給していいだろう。残ったお金は――――。

 算盤の音が止まる。ふと思いついた金の使い道にありえないと頭を振った。

 自由という言葉は裏返すと不安定という意味にもなる。今日こちらが金品を奪ったように、気を抜けば誰かに財産を奪われる可能性は十分ある世界だ。略奪自体安定した稼ぎ方ではない。いつ金欠になるか分からない稼業なので、締めるところは締めておかないとあっという間に破綻してしまう。思いつきを否定する理由ならいくらでも並べられる。

 でも思いついてしまった使い道には抗い難い魅力があった。やってみたいという気持ちが膨れ上がる。無駄遣いだという思いも勿論ある。こんなことに使うくらいならクルーに報酬として渡してしばらくのんびりさせてやりたいとも思っている。

 ぐるぐると悩み続けているうちにも航海は続き、たっぷり数日考えてから次の島に上陸したところで私は結論を出した。


 結局残った宝はクルーに等分することにした。手分けして物資の補給と交代制で船番だけ置いたらそれ以外の時間は自由にしていいと言い渡すと歓声が上がったので、私利私欲に走らないでよかったとそっと胸を撫で下ろした。

「この前からなァに考えてたんだ?」

「コラさん」

 ぬうっと後ろから覗き込まれる。黒い影に覆われて振り向いた。

 クルーが全員つなぎで統一している中、彼だけが黒いコートにハート柄を散りばめたシャツだった。理由は簡単である。すぐにつなぎをダメにするからだ。クルーが着ているハートの海賊団のユニフォームでもあるつなぎは、デザインも統一し耐水性のある頑丈な生地で作っているのでそれなりに値が張る。ドジっ子のコラさんはホイホイ衣服をダメにするので、つなぎよりいつもの服でいて欲しいと満場一致で決まったのだ。

「ずっと考え事してたろ?答えは出たのか?」

「うん」

 宝を換金したお金をクルーに配分し終わって伸びをした。これで私も一週間ほど船長業はお休みになる。

「お願いしようかと思ったの。やめたけど」

 横にいるコラさんは静かだった。煙草に点火するときだけ親指を焦がして慌てていたけれど、静かに私の声に耳を傾けていた。

「ねえ、コラさん。ボニー屋さんに頼めば、実の能力で昔の私の姿になれるわ」

 船番になったクルーを除いて、他は街へ繰り出すようだった。つなぎを脱いですっかり旅行者らしい見た目になっても、誰が誰だか私には分かっている。決して見間違うことはないその背を見送った。

「でも頼むにしてもタダってわけにはいかないだろうから、お金を使おうかなって。勿論そんなことに使わないけど、全員で手に入れたお宝だもの」

 そもそもボニーもどこにいるのか分からない。いつ会えるのかも、聞き入れてくれるかもわからない人間のために大金を用意するなんて馬鹿げている。

「でもちょっとだけ迷ったの。昔の姿に戻ったらコラさん喜ぶかなって。あの姿でえっちなこともしたかったのかなって思って」

 今思うと何をそんなに迷っていたのかというような悩みだった。使わなくてよかったと心の底から思っていた。だからコラさんにも笑い飛ばして欲しかったのに、コラさんは何やら難しい顔をしていた。

「それお誘い?」

 押し黙っていたかと思えば、おずおずとコラさんが尋ねてきた。

「今すぐおれとやりてェっていう風に聞こえる……」

 ん?と首を傾げてから顔が熱くなる。こういうことがしたいだなんて本人の前で言うのはお誘いにしか聞こえないだろう。

「ち、ちが……あっ」

 否定しようと前に出して振った手を握られる。指の股にぐっとコラさんの指先が侵入してきて恋人つなぎになった。好きな人の指先が入り込んでくるだけで気持ちいいと、教えてくれたのはコラさんだ。沢山気持ちいいことを教え込まれた体は、もうこの人以外じゃ満足出来そうにない。

「違うの?」

「ちがわない……」

 小さな声で言い直す。クルーに長めの休みを与えたのも何割かは下心が入っている。船番がいるとはいえ、コラさんとほぼ二人きりになれる機会なのだ。否定してお預けを食らうなんて真っ平ごめんだった。

「じゃあ期待には応えねェとな」

 大きな口がこちらの唇を食む寸前に、もう一度船の周りを見回した。誰一人残っていないことを確認してから、大好きな人に食べられるために私は背伸びをした。



 コラさんは最近私にいじわるすることを覚えた。

 以前は触るのもおっかなびっくりという手つきだったのに、今では「どこ触って欲しい?」と小悪魔的に微笑む始末だ。コラさんがいじわるをするタイミングは大体私をとろっとろに甘やかして右も左もあやふやにした状態なので素直に応えてしまう。突き出した胸をやわやわ揉まれて乳輪を指が辿る。

「はぁ、ん……」

「触られただけでいい顔するなァ」

 仰向けに寝そべっているコラさんに唇を押し付ける。私は一糸まとわぬ姿なのに向こうはまだ服を着ているのはどういうわけか、考える余裕も無く愛撫に身を任せてしまう。

胸を下から掬うように持ち上げて優しく指で押されるととんでもなく気持ちがいい。コラさんの大きな手はすっぽりと私の胸を覆うので、ちょっとマッサージのような気分にもなる。

「ほら、ロー。ちゅーしような」

 首を伸ばしたコラさんともう一度キスをする。夢中で伸ばした舌が大きな口の中に迎えられた。先を吸われて分厚い舌に絡め取られる。

 たくましい胸板の上でむにゅむにゅと私の柔らかい脂肪の塊が形を変えてくのすら気持ちがよかった。素肌を触れ合わせたらもっと気持ち良かろうと、シャツのボタンに手をかける。せっせと剥いていくと傷だらけで引き締まった体が現れて下肢が甘く疼いた。

「コラさん……。ね、脱いで」

 ボタンは外せたが服を脱がせるにはコラさんに起き上がってもらう必要があった。実の能力で出来ないこともないが、そういうのは情緒に欠けるとコラさんから教わったのでおねだりする。

「ん〜〜」

 あまり気乗りしないという表情をしながらコラさんが起き上がる。胸に乗り上げていた私の体は重力に従ってずりずりと滑って、コラさんの股座に着地した。当然コラさんの股間で主張しているモノの存在もダイレクトに感じる。こんなに興奮しているのに何が不満なのだと、尻の肉で軽く押し潰すように布越しに当たる熱を刺激した。

「じゃあこのまま、自分で挿れて」

「うぇっ!」

 唐突にコラさんの指が股間に伸びて色気のない声が出た。無遠慮で勝手知ったる手付きがぐちゃぐちゃと膣壁を撫で回してきて崩れ落ちないように膝で踏ん張ることしか出来ない。

 私は濡れやすいのだと最近知った。比較も何も出来ないので知らなかったが、コラさんに触られるとすぐに膣液が分泌される。好きだと、心がときめくたびにお腹のあたりがじんわり温かくなってどろりとした液体が下着を濡らす。

 世の男女は分泌液だけでは足りずに潤滑液を足すのだと知ったときのいたたまれなさときたら!はしたない女だと思われていないか、消え入りたくなりそうな気持ちでコラさんに訊いたときに「おれのこと大好きなんだって全身で言われてるみたいで可愛い」と言われてなんとか持ち直したのだ。

 指を迎え入れながら、股の間で水音が激しくなる度に自分の濡れやすさを実感する。

「ほら、入るぞ」

「ん、ぃ……く、ぅ、ッ」

 いつの間にか避妊具も着けて準備万端になっていた陰茎がゆっくりゆっくり、膣内を割り開く。毎日のように受け入れているとはいえ、最初から垂直に侵入されると圧迫感が違って息が詰まってしまう。

 それでも容赦なく侵入は進んで、胎内にみっちりと陰茎を咥え込む。よく出来ましたと言わんばかりに頬を撫でられ、つむじにキスされるが、どれも甘やかな刺激になって体がピクピクと揺れる。その度に陰茎も締め付けてしまって、刺激が増幅されていく。

「あ、コラさ、は、はぁ……」

「んっ、気持ちいいぜ」

 僅かに余裕を無くした低い声が耳をなぶる。いつもならここから激しく動いても良さそうなのにコラさんは動く気配もなく、私の腰を抱いて背中にキスを落とした。

「あっ」

「ちゃんと言っとくけどよォ」

 手で、唇で、触れられる度に体は揺れるのに決定的な刺激は来ない。もっと激しくして欲しいと思っても脚も腰もコラさんに固定されてしまって、上手く動けない。甘い刺激だけ、優しく快感に導いてはくれるけど、高みには押し上げてくれない甘い刺激だけが与えられる。

「おれはローが好きだよ。ずっと、ガキのときから、気持ち悪ィほど」

「っ、ん、ね、うごいて……、ねっ」

「だけどガキのお前抱きたさに頭下げることはねェよ。お前も気にしなくていい」

「ね、コラさ、ん……」

「おれの言いたいこと分かる?」

 顎に手をかけられて上を向かされる。焦らされて涙が出てきた視界の中で赤い双眸を見つけた。コラさん、コラさん、と懇願するように頬に触れた。

「今のお前が最高って、分かれよ?」

「っ、あぁあァァ!?あっ、あっ、あぁああぁぅっ……!」

 焦らしに焦らした欲は突然弾けた。ベッドのスプリングを利用して腰を突き上げた動きに訳も分からず絶叫する。頭の上でバチンと大きな泡でも割れたみたいに体中に快楽の飛沫が散る。植え付けられてきた甘い刺激が花開くように次々と連鎖して、ガクガクと体が揺れた。

「あ!や、ぁぁわ、あっ、ぃっ」

 ギリギリまで引き抜かれては、また奥をいじめ抜く抽挿をただ受け止めるしかない。揺さぶってくるコラさんの腕にしがみついて、されるがままに硬度を増していく陰茎を受け入れる。

 キスをしたい、けれど熱い欲の塊も感じていたい。両立できないものだろうかとぼんやり思っていると顎をすくわれてまた上を向かされた。ぱくっと食べられてしまうみたいにコラさんの唇が降ってきてこれはやばいと本能的に察する。

 下と上を塞がれながら、片耳をコラさんの胸で、もう片方の耳を手で塞がれる。唾液の混ざる音が鼓膜にダイレクトに響いてくる。こんな……、こんな全身で抱かれていることを教えられたら戻れない。

 抽挿が激しくなって、同時にキスもより捕食じみた勢いになっていく。体中に仕込まれ焦らされていた熱がぶわりと体の中心に集まって、そして広がった。

「っ〜〜〜〜〜〜!!!」

 最後の嬌声はコラさんに飲み込まれる。同時に被膜越しに熱の弾ける感触がして、揃って達したのを知った。

 芯のなくなった陰茎が引き抜かれ、全身に力を込めていた反応で脱力していく体が優しくベッドの上に横たえられた。

 確かにこれは子供の体では絶対出来ないことだよなとぼんやり思いながら、まだまだ愛される夜は続くのだと、期待のままに腕を伸ばす。

 本当はコラさんのためだけじゃなく、自分の興味のためでもあることはもうしばらく黙っていようと、今の私を最高と称した彼を抱きしめた。


Report Page