戦闘狂と宝石狂

戦闘狂と宝石狂

ハイバニア様親衛隊

「…あなた達、体調はどう?」

「いただいた万能薬で完全に回復しました!ありがとうございます!」


 クオンツの里の離れ、帝国軍少佐の住民を全員拘束した後やられた隊員達の治療に専念していた。


「ハイバニア様ぁ!ガキ2匹も捕まえましたぁ!」

「っ!お前ら!子供にまで!」

「なんてことを!」


 両親やルリが声を上げるが所詮それしかできない。隊員たちがワイワイ騒いでいるが、ハイバニアは別段止めることも無かった。


(クオンツ殲滅作戦はこれで概ね完了…あとはどうやって彼らを鉱石に変えるかというところだけど…ま、それは追々で構わないわね)


「さて…帰りましょうか、この猫達をどうにかして石に変えないといけないし」


 ハイバニアが言い放つと騒いでいた兵たちは一気に背筋を伸ばし、指示に従って帰還の準備を進めていた。


(すまねぇ族長…!せめてアンタだけでも逃げ延びてくれ…!)


 もはやクオンツ達に出来ることはなく、一同はロストヘイヴンに向けて出発した。しかし、ハイバニアの中にはまだ"しこり"が残っていた。


(しかし…妙ね、この程度の相手にロストヘイヴンにドレッドノート大将まで…こんなの過剰どころの騒ぎではないわ)


 この2つを動員する以上、相応の困難を予測していたが、作戦の第1段階で簡単に里を制圧できてしまったのだ。皇帝が戦力を見誤るとは思えず、どうしても不安がよぎっていた時。


《ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙》


 凄まじい雄叫びに全員が凍り付く。【超越者】による全力のウォークライは遠くにいる者ですら硬直させるものであった。


「これは…!ドレッドノート大将のウォークライ!?」


 それは彼が今戦っているという証拠、彼女になんの報告もなく戦闘を開始しているのである。ハイバニアの中でピースが繋がる。


(なるほど…陛下も中々お人が悪い…本命は別に居たということね)


 その予想は当たっていた。ある意味では皇帝の裏切りとも取れる判断だがしかし、ハイバニアはむしろ口角を上げていた。


(私に秘密にしておきたいもの、私の"正義"を知る陛下だからこそ隠したかったものなんて……簡単に予想がつく)


 自分を理解してくれているからこその背信、それは彼女にとって一周して信頼と受け取るには充分であった。

 自分が知れば必ず報酬として受け取りたがると思われるほどの"それ"。皇帝がリスクを取ってでも独占したがるほどの……"宝石"。


(でも、陛下……私、見つけちゃいました♡)


「ハイバニア様〜どうなされたのです?」


 突然立ち止まる上司を気遣う隊員であったが……彼女の顔を見て「ヒッ」と声を上げて後ずさった。


「何よ失礼ね、いいわ、野暮用が出来たから貴方達はその猫ちゃんを確実に戦艦まで連れて行くように、夜明けまでに私か大将が帰らなかったら帰還を待たずに帝国へ発ちなさい」


 冷静に指示を出す言葉とは裏腹に彼女の顔は恍惚として涎まで垂れている。その艶美な姿とは裏腹に目にはドス黒いまでの欲望が渦巻いており、隊員たちは恐怖を覚えた。


「はっ!…へ?」 「あっ…ハイバ……」


 声を掛ける前にハイバニアはドレッドノート大将の下へと急ぐ。邪魔な隠密を蹴散らし、彼女を待つ宝石の下へ。残された隊員達は指示に従うしか無かった。


――――――――――


 現場に到着したハイバニアは驚愕する。まさかのドレッドノート大将が劣勢であったのだ。


(僥倖…と言いたいところだけど、彼に負けてもらうわけにはいかないのよね…)


 即座にスリーピング・スモークを発生させてコハクとマヌルを眠らせると、ドレッドノートに近付いていく。


「緊急事態故に助太刀しますよ大将殿……全くこの程度で制圧できるなら初めから共闘すれば良かったものを……」


 ドレッドノートはその特殊能力により状態異常は通用しない。ある意味この二人は最高の相性を誇っていた。


「おい…そいつは俺の獲物だ…失せろ!」

「堂々と私闘宣言ですか…陛下から何を言われたか知りませんが、帝国の公式見解としては今作戦は私が司令で貴方は部下……この皇帝直下の作戦において命令違反は重罪ですよ?」

「関係ねぇ…裁くなら後にしろ!決着が付いた後は煮るなり焼くなり好きにすればいい!」

「何故そこまで決着に拘るのです?最早この状況……どの道あなたの勝ちではありませんか」

「それを決めるのはお前じゃねぇ…この人生最良の日を邪魔するのは皇帝だろうが魔王だろうが容赦しねぇぞ」

「ふむ、なるほど…なにかしら因縁持ちってことですね」


 ハイバニアはドレッドノートの過去を知らないが、その並々ならぬ眼力から彼もまた"正義"を背負っていることは察することが出来た。


「では1つだけ質問に答えてください、彼女を倒した後…その宝石を貴方は手に入れようと思っていますか?」

「いや、そんなもんに興味は無ぇ…俺はそいつに勝ちてぇだけだ」


 ハイバニアはその答えに満足して笑みを見せる。


「その言葉に二言はありませんよね?」

「当たり前だ、俺にとってそんなもんに価値はねぇからな」


 その言葉に満足したハイバニアは自身の能力で煙を発生させる。


「治癒の香を発動しました、すぐにアレは目覚めます」

「……意外と素直なんだな」

「私にとっては結果さえ同じなら過程など大した価値はありませんので」

「…そいつの鉱石は皇帝が欲しがってたもんだ、お前が手にするのは保証できねぇぞ」

「そこは私自身でなんとかしますとも、無粋な横槍、失礼いたしました」

(意外と話がわかるやつじゃねぇか…)


 そう言ってハイバニアはわざとらしくお辞儀すると、茂みの中に潜んだ。その直後コハクが目を覚ます。


「ぐっ…ワシとしたことが…戦闘中に意識を手放すとは」

「はっ、どの道テメェはもう終わりだ!」


 ドレッドノートが"蓬莱の玉の枝"の拘束を強める。その負荷で脚が、腕がどんどん硬化していく。


(……なるほど締め付けることで……というより圧をかけることで鉱石になるのね♡本当に鉱石みたいな生態じゃないの♡)


 ハイバニアは意図せず彼らを鉱石化させる方法を知ることが出来たことに興奮を隠せずにいた。


(これこそまさに棚ぼた、漁夫の利、渡りに船……感謝しますよ大将殿)

「ぐっ……ワシはこのまま死ぬのか……」

「テメェだけじゃねぇよ、安心してあの世でお仲間と反省会でもしてやがれ」

「ぐっ、うおおおおおお!」


 コハクは気合を込めて拘束に抵抗するが、ブースト疲労に加えて体中が鉱石化している今、最早出来ることはなかった。


「親父…俺と、アンタの…勝ちだ」


 ドレッドノートがそう確信したとき…マヌルが根性で目を覚まし、立ち上がったのだ。


「!?」

「やめろおおおおお」


 ゴシン術の重心移動を活かしてドレッドノートに迫る。今のドレッドノートはマヌルの拳ですら怯むほどに弱っている、何度も食らえる余裕は無かった。


(チッ…ここまで来て…!)


 ドレッドノートは迫る拳に待ち構える。最早踏ん張りすら利いていない脚でその衝撃に備えたがしかし、その拳が届くことはなかった。


「ダメよ僕ちゃん、他人の"正義"を邪魔するものじゃないわ」


 ハイバニアが静止したのである。彼女にとってはドレッドノートも"利己的な己の正義"という価値観を共有する者同士であり、それを汚す行為を容認できなかった。


「くっ何が正義だ!クオンツの人達を迫害しておいて!」

「だから何なのかしら、二人共自分の目的を叶えるために命を賭けて戦っているのよ? お互い様じゃない?」

「貴女達が勝手に命を賭けさせてるんだろ!」

「狩るものと狩られるものなんてそんなもの…貴方が普段使ってる食材や衣服なんかも元は等しく命なのだけど?」

「そんなものは論点ズラしだ!」

「いいえズレてないわ…人は、生き物は、自分の"正義"のために他者を蹴落として生きている…そこに貴賤は……まぁ無いとは言わないけど、邪魔をするなら相応の力を持たないと」


 ドレッドノートはその言葉に共感する。力が無ければ無価値。今まさに自身の"正義"を通すために力を振るうハイバニアはかつてのコハクであり、今のドレッドノート自身。この世の絶対の摂理であった。


「ぐっ……マヌル……逃げよ……」


 最後までマヌルを気遣いながらコハクは遂に力尽き、美しい宝石へと変り果てる。時間をかけてじっくり鉱石化した彼女は、それだけで最高の芸術品と呼べるものであった。


「そんな!うわあああああああ!!」

「やかましいわね…」

「捨て置け、この最高の瞬間にアイツの立ち入る隙はねぇよ」


 ドレッドノートは晴れ晴れとした顔でコハクの亡骸を見つめる。自身の価値、強さの象徴。しかしすぐにいつもの顰め面に戻った。


「何故だ…満足できねぇ…俺は…」


 ドレッドノートの胸中に虚しさが去来する。本当に彼が求めていたのはこんなものであったのだろうか―――


「……当たり前ですよ、貴方の求める"正義"はこの程度ではないはずですもの」


 その思案をハイバニアが両断する。飽くなき"正義"、それは欲望の言い換え。彼女の持つ無限の欲望にドレッドノートの心中も呑まれていく。


「チッ…人生最良の日ってのは短ぇもんだ」


 因縁のコハクを討った今、真に純粋に強さだけを求める修羅が誕生した瞬間である。その瞳に父親の面影は無かった……。


「さて…帰還しましょう?大将殿」

「あぁ…」


「力が…僕に力が無いせいで……」


 残されたマヌルは、己の無力を呪いながらただ泣き崩れる他無かった。


――――――――


 作戦を成功させ帰還したハイバニアは、熱い交渉とドレッドノート大将の陳情もあってコハクの牙1本分の鉱石を手にすることに成功する。

 それをきっかけに二人は正式にコンビを組み、世界中の宝を力付くでかき集める恐るべき部隊として名を馳せることになる。


 後の世の歴史書にはこう記されている、「帝国に戦闘卿と宝石卿あり」と―――

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