戦慄のティガレックス
ビッグ・マム海賊団のナワバリである万国。並の海賊ならばまず寄り付かないような土地にとある海賊団が上陸していた。
「来たぞ万国!偉大なる航路一のスイーツの楽園!ありとあらゆる場所から美食の匂いがするなァ…!」
貴族のような服装に身を包んだこの青年の名はカーサス・レクス。若くして億越えとなった親衛気鋭の海賊である。彼がわざわざ四皇のナワバリを訪れた理由はたった一つ。
「坊ちゃま…ここは四皇のナワバリです。あまり目立たないようにした方がよろしいかと。」
「むっ、すまない爺や。これから新たなる美食に巡り合えると思うとつい、な。」
彼の目的はたった一つ、『美食』。まだ見ぬ食材を探求し、調理し、味わうこと。それこそが彼の望みであり、野望であり、海賊になった理由であった。わざわざ危険を冒してまで万国に来たのも、万国で作られている極上のスイーツを食べるためであった。
「さて、まずどこから食べに行こうか…。やはり首都スイートシティのケーキか…それともビスケット大臣クラッカー殿のビスケットか…ん?」
「うえーん…うえーん…」
そうしてレクスが最初に食べに行くスイーツについて考えていた所、彼の目に異常な光景が写った。一人の女性が泣きながらふらふらと挙動不審な動きをしながら歩いていた。しかもその女性は顔が血まみれで腫れ上がっており、元の美貌は見る影もない状態だったのである。だがレクスがその女性に関心を向けたのはそれだけではない。
(ジャガイモとチーズの匂い…それだけではないな、この匂いは日常的に高級食材を使ってなければ決してつかない匂いだ。)
能力と経験によって研ぎ澄まされた彼の『鼻』は彼女の手から漂う食材の匂いを鋭敏に捉えていた。
「坊ちゃま、どうされました?」
「爺や、ここで少し待っててくれ。君!待ちたまえ!」
そういうとレクスは女性の下へと駆け寄っていった。
「大丈夫かね…いや、どう見ても大丈夫ではないな。何かあったのか?」
「うえーん…あ、いや、大丈夫です…ちょっと仕事をクビになっただけで…お気になさらず…。」
そう言って女性はレクスの下を去ろうとするが、彼はそれを引き留めた。
「…先ほどまでの君の様子、そしてその大ケガ…とても君を放っておくことは出来ない。それに君が料理人であるならばなおさらだ。私はこの世全ての料理人の味方だからな。」
そしてレクスは女性の目を見ていった。
「一度私の船へ来てくれないか?君の顔面は必ず治して見せよう。その代わり…私に君の作った料理を振る舞ってほしい。」
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顔面大けがの女性を拾ったレクスたちは、一旦海賊船『クロウ・ストライプ号』に女性を連れて戻った。そしてそのキッチンでは顔面の治療を受けた女性――名をコゼットとと言う――が料理の準備をしていた。
「こちらにある調理器具は全て好きに使ってくれて構いません。食材も調味料もここにあるものを全て好きに使ってよいと坊ちゃまはおっしゃっております。」
「はい…。」
爺やと呼ばれるレクスの執事がコゼットにキッチンの説明をしている。しかしコゼットの顔は浮かなく、緊張と不安が見え隠れしている。
「…緊張しておられますかな?」
「ッ⁉いっ、いえ‼ただその、また料理をあざ笑われるのかと思うと、不安で…。」
「(やはり何かあったようですな…)いえいえ、大丈夫ですよ。坊ちゃまはどんな料理も決して粗雑には扱いません。あなたがいつもやっているように作っていただければ大丈夫です。」
「は、はい!」
そういうと爺やはキッチンを出て、食堂で待っているレクスの下へとやって来た。
「彼女の様子はどうだった?爺や。」
「ずいぶんと不安がっておりましたな。また料理をあざ笑われるのかもしれない、と。」
「十中八九何かあったことは確定か。嘆かわしいことだ…」
レクスはこれまで理不尽な理由で不当な扱いを受けた、もしくは解雇された料理人たちを何度かスカウトしたことがある。そのためクロウ・ストライプ号には一介の海賊団とは思えないほど質の高い料理人が揃っている。かつてワノ国一の料理人と言われたあの『鬼蝦蟇』のように彼のスカウトを断った料理人もいるが、スカウトされた料理人たちに対してレクスは常に礼節と誠意をもって接し、彼らから慕われていた。
(彼女も立ち直ってくれるといいが…とりあえず今は料理だな。)
「で、出来ました!ポポノタンのビーフシチューです!!」
そうこうしている内に出来上がった料理が運ばれてきた。極上のポポノタンと旬の野菜を使ったビーフシチューだ。
「来たか…!では早速…いただきます。」
レクスはそういうとビーフシチューを口に運んだ。瞬間、レクスの全身を旨みが駆け巡った。
「うまい!!!うまいぞ!!このシチュー!!じっくり煮込んであるおかげでポポノタンが少し噛んだだけでほぐれていく!ソースの味付けも完璧だ!風味からして隠し味にすりおろしたニンジンと赤ワインを入れているようだが、それがより肉と野菜のコクを引き立てている!!実に美味だ!!!」
「ほ、本当ですか⁉」
レクスは喜びながら次々とビーフシチューを口に入れていく。ほどなくして彼はビーフシチューを完食した。
「ごちそうさま。あァ、実に美味かった。ありがとう、コゼット君。」
「~~~~~~~ッ!!う、嬉しいです!!こんなに褒めてもらったのは二回目で…うええ~~~ん!!」
感涙にむせび泣くコゼットの手を握りながらレクスは言った。
「コゼット君…君は先ほどクビにされたと言ってたね。行く当てもないのなら私の船に乗りたまえ!私は君を歓迎しよう!」
「えっ、いいんですか⁉ありがとうございます!」
こうしてレクスの下に新しいコックが一人加わった。
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「ところでコゼット君、何故君はクビにされたんだ?漂ってくる食材の香りを見るに、君はかなり高級な食材を取り扱うような所に勤めていたのだろう。腕前も天才的だ。そんな逸材をただクビにするばかりかあれだけの暴力を振るうなど正気の沙汰ではない。いったい何があった?」
「はい…実は…」
レクスにクビにされた理由を尋ねられたコゼットは語り始めた。
――コゼットは元々『戦争屋』と揶揄される軍事国家『ジェルマ王国』の王宮料理長を勤めていた。しかしそこの王族『ヴィンスモーク家』のコゼットに対する扱いは酷いものであり、「料理が口に合わない」という理由で罵倒されるのは当たり前。更には「見た目がマズそう」という理由で作った料理を捨てられることや酷い時には暴力を振るわれることもあったという。
ある日、かつてヴィンスモーク家を追放された三男『サンジ』が結婚式のために家に戻ってくると知ったコゼットはいつも以上に腕によりをかけて王族に料理を振る舞ったが、案の定王族たちは気に喰わなかったようである。それどころか次男の『ニジ』に「マズそうなものを出したせいで弟に気分を害された」というめちゃくちゃな理由で料理を投げつけられたという。しかしそこでサンジが間に割って入り、コゼットを庇った。更に彼は床に落ちてしまった料理を食べて彼女の料理の腕をほめた。コゼットはそれを聞いてこれまでにないほどうれしい気持ちになったという。
「私の料理をほめて下さったのは、サンジ様とレクス様だけでした…。」
「なるほどな…だから先ほど2回目と言ったのか…」
だがそれはますますニジを苛立たせることになった。そしてニジはコゼットに対して「苛立たせた罪とサンジへの見せしめ」としてボコボコにし、そのまま彼女は解雇されてしまった…という訳であった。
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「…そんなことが。」
「私、自分の料理でヴィンスモーク家の方々を喜ばせるのが夢だったんです。それで何とか踏ん張ってて…。サンジ様がほめて下さったときはすごくうれしかったんです。…その結果ああなっちゃったんですけど。」
「あァ、よく分かった。」
コゼットから今に至るまでの経緯を聞いたレクスは、すぐさま立ち上がると爺やを呼んだ。
「爺や、ヴィンスモーク・サンジの結婚式は今日のはずだったな。」
「えぇ。もうすぐ始まる頃でしょう。おそらくヴィンスモーク家ももうすぐ式場に着くころかと。それと麦わらの一味が新郎奪還のために侵入しているとの情報が入っております。」
「よし、ならすぐに皆に伝えてくれ。これから私は一人で戦に出向く。皆も準備をしておくようにとな。理由は…」
「えぇ、分かっております。坊ちゃまが料理を粗末にする者をたとえ天竜人であろうとも決して許さずにはいられないことは皆もよく承知しております。どうかお気を付けて。」
「…すまないな爺や。これから皆には船出以来最大級の難局に付き合ってもらうことになる。」
そういうと周囲の船員はあわただしく準備を始め、レクスは一人外へと出ていった。
「あ、あの、レクス様?どこへ行くのですか?」
「…ケジメを付けに行くのさ。君の代わりにな。」
コゼットにそう言うとレクスは結婚式が行われるホールケーキ城へと走っていった。戸惑うコゼットに爺やが言った。
「コゼット様。どうか心して聞いてください。レクス様はこの世全ての料理人の味方であり、どんなにまずい料理であっても真心がこもっているならば決して無碍には扱いません。しかしあの方にはどうしても許せないものがあるのです。」
「それは『煮ても焼いても食えない腐りきった生ゴミのような人間』です!あの方はあなたのような料理人を徹底的に虐め、料理をゴミのように扱った者を決して許さない!!!」
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「作戦失敗だァ!!!!」
現在ビッグ・マム暗殺のために動いていた麦わらの一味、ファイアタンク海賊団、シーザー・クラウンの同盟による計画は失敗に終わっていた。ビッグ・マムの方向によって暗殺に使われた『KXランチャー』が破壊されてしまったのだ。一同は大慌てでシーザーが持つ鏡の中へと逃走を図った。しかし。
パリィン!!
(え~~~~~~~~~~~~⁉)
なんとビッグ・マムの咆哮で鏡が砕けてしまったのだ。それは即ち、ビッグ・マム海賊団が誇る精鋭の中で孤立してしまったことを意味する。
(マズイ!!!)
(ここは屋上!!)
(他に…逃げ場はないっ!!)
(勝ち目も!!!ない!!!)
勝負ありと踏んだ多くの多くのビッグ・マム海賊団のメンバーが追撃をかける。同盟軍の誰もが絶望していた。
するとその時、リンリンの次男にして『将星』カタクリの見聞色が異常な気配を捉えた。
(何だこの違和感は…?敵はもはや袋のネズミのはず。)
彼が追撃をかけながらも違和感に頭を巡らせていると…
ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ………
何かがこちらへと走ってくる音がした。いや、走っているのではない。音の『正体』は凄まじい速度でホールケーキ城の外壁を駆け上っているのだ。
そしてカタクリの頭に見聞色が描いた少し先の未来が見えた。そこに映っていたのは『ベッジを追撃しようとした多くの兄弟たちをなぎ倒す怪物の姿』。
「ダメだ!!追撃するな!!!」
「どうしたカタクリ⁉」
カタクリの狼狽を見たオーブンが問いかけようとしたその時、
『ゴアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!』
耳をつんざくような凄まじい咆哮と共に何かが式場へ飛び込んできた。それは発達した顎と筋骨隆々とした前脚、そして橙色の鱗に虎の様な青い縞模様が走っている『怪物』だった。そしてその怪物はジャンプしてきた勢いそのままに
「邪魔だァァァァァァァァァァッ!!!」
『極・轟・爪(ウル・ティガ・クロー)!!!』
「ッ、マズイ⁉グアァッ⁉」
武装硬化した爪を振り抜き、とっさに兄弟たちを庇ったカタクリを爪で引き裂いたのだった。
(えええええええええええええええええ~~~~~~~~~~~~~っ!⁉?)
一同は驚愕の叫び声を上げた。突然乱入してきたこの怪物は何者なのだ。しかも他の兄弟を庇ったとはいえ将星最強のカタクリに容易くダメージを与えるとは。唯一ルフィだけは目を輝かせていたが…
「おいカタクリ!大丈夫か⁉」
「グ…!かすり傷だ。心配いらん。」
「おっとすまない。いじめの様にしか見えなかったのでついあちらに手を貸してしまったよ。」
「テメェ…!!いったい何者だ!!」
負傷したカタクリを見て怒りに燃えるオーブンに対して怪物は余裕を見せながら答えた。
「あァ、そう言えば自己紹介がまだだったな。」
そう言うと怪物は形を変えていく。変化が収まるとそこには蒼色の貴族の服装に身を包み、オレンジ色の髪を持つ一人の青年が立っていた。
「ごきげんよう!ビッグ・マム海賊団の諸君!!」
「私はカーサス・レクス!!この式場にいる煮ても焼いても食えないクズ共を叩き潰しに来た!!!」