戦場に咲く花
「すぐに戻ってくるよ」
そう言い残して、あなたは最前線へと向かっていった。
言った通りに、すぐに戻ってきた。
——右腕一つになって。
最初、あなただとは気づかなかった。
持って帰ってきた兵士がそうだと言っても、信じなかった。
でも手に握られていた手帳を見て、あなただと分かってしまった。
手帳には、白い押し花が挟んであった。
「お前が出て行かなくても、戦争なんか終わりはしない。この花のように、私や兵士の心を和ませておくれ」
生物兵器として送られてきた私を、あなただけは人として見てくれた。
どうすれば生物兵器として戦えるのか、何の説明も無いまま戦場に出され、どうして良いか分からず何も出来ないでいると「役立たず」と罵られた。
でも、あなただけは庇ってくれた。
私に白い可憐な花を摘んできて「これはお前だ」と言って渡してくれた。
あなたが最前線に向かうことになったと聞いて、私も一緒に行くと言った。
それを、あなたは止めた。
「大丈夫、すぐに戻ってくるよ。ここにいて、いざという時は皆を守って欲しい」
約束だよ。
指切りをした後、あなたは笑顔で前線へと向かっていった。
あなたは約束通り、戻ってきた。
でも、右腕だけだなんて、私は聞いていない。こんな形は、望んでいなんていなかった。
誰かが、「もうすぐ敵兵が押し寄せてくる」と言った。
そしてもう一人別の誰かが、「そろそろ自分の役割を果たせ、この役立たず」と言った。
だから、そいつの言ったとおりにしてやった。
敵兵は全て吹き飛んだ。
目の前には、死体が折り重なって山となっていた。
振り返れば、後ろにも山が出来ていた。
『今まで味方だったもの』の、黒焦げの肉塊で出来た山だった。
あなたは、間違っていた。
私は花なんかじゃない。
本当の花は、あなた。私の心をつなぎ止めてくれる、大切な花だったのに。
そして、あなたは私との約束を違えた。
腕ひとつで帰ってきても、何も意味がない。
私の心を溶かしてくれた優しいまなざしも、温かい笑顔も、この戦場に飲み込まれてしまった。
花は失われてしまった。
もう、二度と見ることはない。許さない。許せない。すべてが憎い。
だから、敵も味方も巻き込み、辺り一帯をすべて火の海にしてやった。
すべてがどうでも良くなった。
「『次』行こうか」
私は『あなた』の腕を抱え、一人歩きだした。
さあ、今度はどこの戦場を燃やし尽くしてやろうか。
私は焼け野原になった戦場跡を去り、別の戦場へと向かうことに決めた。
もう、誰も止める者はいない。
終わり