戦場でのファーストコンタクト
1
見渡す限り瓦礫、瓦礫、そして死体。
戦争が終わったばかりなのか建造物からは小さな煙が幾つも吹き上がっていた。
「酷でぇな…」
短くて小さいが、それしか言葉が出ない。
だが彼は決して他人事として呟いてはいない。
彼は自身もつい昨日までは戦争に身を落としていた男だったからだ。
「くそ、いったい何がどうなってやがる」
悪態をつきながら万丈はとりあえず歩き出していた。
2
万丈龍我。23才
生まれたのは横浜の産婦人科。3203gの元気な赤ん坊…と誰かに尋ねられればバカ丁寧に1から説明するようなそんな男。
根っからの筋肉バカでプロテインが大好き。単純でもあるが根は真っ直ぐに進もうするほどシンプルな考えを持つ。
だが今の万丈の頭は周りの状況から事態を把握してシンプルに出来るほどの余裕は無かった
『なんだよ、これ…』
目が覚めて、辺りを見渡して最初に出た言葉がそれだった。
口から漏れた呟きは驚きよりも落胆、絶望に近いものだったのかもしれない。
『どうなってるんだよ…話が違うじゃねぇか』
目に映るのは焼け焦げ朽ちた建造物、散乱する瓦礫。
そして生き絶え横たわる大勢の人々だった。
『これのどこが"新世界”なんだよ』
呆然と立ち尽くしていた己の頭が次第と現実を認識し始め、自分が立たされている今が現実であるという事を気付き、嘆く。
『エボルトの居ない"新世界”を作るんじゃなかったのかよ!戦兎!』
そして少年、万丈龍我はここには居ない相棒の名を大声で叫んだ。
持てる限りの力で無残に散らばる戦場で絶叫した。
その返答は、人の声でもなければ只の突風であった。
『へっくしょん!』
肌身に当たる突風が身体を冷やし、万丈は思わずくしゃみをする。
『くそっ!風までバカにしやがって』
季節が冬なのか、熱が残る戦場に対して身体が突風を冷たく感じたのか
どちらにしろそこで万丈は初めて自分の”異変”に気付き始めた。
『…ん? 』
万丈はくしゃみをした条件反射で自分の身体を思わず抱き抱えた。
『なんで俺、服着てねぇんだ』
そう、万丈龍我は今の今まで裸だったのである。自身を抱きかかえた時に初めて自分の肌に触れ己に衣服が無い
事を始めて理解したのだ。
そして異変を感じたのはそれだけではない
『ん? …んんんんん!?!?!?』
万丈は己の触れている身体にあるものが無い事に気付く
『ない、筋肉が無ぇ!』
そう、それは『筋肉』だ。
自分の今まで鍛え上げてきた筋肉がどこにも感じられない、筋肉が落ちているのだ。
『どうなってやがる!?』
万丈は改めて自分の肉体を直視する為、頭を下に傾けた。
そこには今まで当たり前のように遠く感じていた筈の地面がいつもの何倍も近付いていた。
そしてその足元には今の足のサイズよりも大きくなった靴と、自分の手では抱えきれないぐらい大きくなった自身の衣服。
そしてボロボロでありながらもいくつもの戦いを供に渡り歩いたトレンドマークのジャンパーが地面に散乱していた。
『あん?』
ヒュルルルル…
冷たい風が、また万丈の周りを吹き抜ける。
いくらバカな万丈でも、流石にこの状況は一発で理解した
『ちっちゃくなってるー!?』
こんな驚きは相棒との融合の時以来だろうか。
万丈は己の身体が縮んでいることを気付き反射的にまた大絶叫を放った。
『どういうことだよ戦兎!説明しろ…って戦兎いねぇよ! これもエボルトの仕業か、ってエボルトももう倒して居ねぇから関係無ぇ!』
早口でまくし立てながら思いついた事を立て続けに吐き出す万丈
その光景は万丈の興奮が落ち着くまでの3分までものあいだ続いたのであった
3
”ハザードレベル7.0の俺は目が覚めたら知らない戦場に立たされて更に子供になっていた”
というその場に万丈の相棒が居たら間違い無く弄りに来ていそうな状況に驚きながらも、万丈は突風の寒さから身を守る為にブカブカになった服を何とか着て縮んだ背丈に合わせて袖とまくりズボンの裾も少し破り足丈を合わて身形を整えた。
そして一通り驚き、騒いではみたものの、状況は変わらず自分の肉体が縮んだ事も不明。
相棒を探すにしても、自分はなにが原因でここに居るのか万丈なりに考えてみようかとしたのだが
『…とりあえず歩きながら考えるか。もしかしたら戦兎も近くにいるかもしれねぇし』
考えても仕方が無かったので取り合えず辺りを始める事にした。
そして時間はまた現在、戦場を探索している万丈へと戻る。
「にしてもここはどこなんだ? 東都じゃなさそうだけど」
辺りに散らばる崩壊した建造物はどうみてもビルや住宅街ではない。
それどころか万丈の知るコンクリートで固められた建築方法ではなく木造での建築であるものばかりであった。
「スカイウォールが見当たらないってことは少なくとも日本じゃ無いよな…」
スカイウォール。それは万丈が住んでいた日本を三つに分割させた忌まわしい国境の壁の事。
その正体は地球外生命体エボルトによって造りだされたパンドラタワーの一部である。
「スカイウォールが無いってことはエボルトが消えたってことだからまずエボルトは居ないってことだな、ヨシッ」
裸で立ち尽くしていた万丈の脳裏に真っ先に浮かんでいたのは『白と黒のパンドラボックスとエボルトの消滅が失敗した』という最悪の可能性だった。
元々万丈は自身の体内にあるエボルトと同じ遺伝子を滅ぼす為に、エボルトを道連れにして消滅する覚悟であった。
4
その自分が生きていて克つ、スカイウォールが無いということはエボルトは完全に消滅したのであろう。現状、万丈の手元には確証できるものは自分の知識ぐらいしかないのだが。
「けどなんでここはこんなに荒れてるんだ? 戦兎の話じゃスカイウォールの無い世界がどうのとか言ってたから戦争ももう終わってるんじゃねぇのか?」
万丈の頭の中でどういうイメージがされていたのか不明だが、少なくとも白と黒のパンドラボックスで生まれた新世界というのは相当平和な者であると予想していたのだろう。
だが、辺りを見渡しても”平和”という言葉が合う光景などどこにも無い。つい先日まで万丈が置かれていた戦場と何も変わらない。
「ていうか、ここどこだよ。そもそも日本なのか?」
それ以前に、万丈はいま自分の居るこの場所がどこであるのかという根本的な疑問にようやく辿り着いたばかりであった。
辺りに散らばる瓦礫に混じり、幾つも転がる人で"在った"もの。
知識は鈍い万丈でも、地面に横たわるソレが死体だという事は一目で分かった。
ただ万丈は、その死体の身につけている衣服を一つ一つ歩きながら確認していた
「…酷ぇことをしやがる」
万丈にも人を悔やむ気持ちはある。しかしいまの万丈には兎に角情報が必要だった
建物や死体から、万丈は自分が外国に跳ばされたという発想は浮かばなかった。
5.
そんな時であった。”彼女たち"に出会ったのは。
「ん?」
辺りを気にしながらポツポツと歩いていた万丈は、いつしか自分の目の前に人が立っている事に気付いた。
回らない頭脳を慣れない状況把握に使う事に夢中になりすぎて、万丈は自身に視界に入った人影に気付けなかったのだ。
万丈を見つめる2つの視線。
一人はショートヘアー以上に短く、坊主刈りと呼んでしまっても構わないぐらいに左右を切り落とし中央をモヒカンにしたマゼンダカラーのヘアスタイルをした女性。
もう一人も女性、それもいまの万丈と同じぐらいの紫色のカールが掛ったクセ毛の女の子。
その二人が自分をじっと見つめていた。
万丈はこの自分の知らない未知の土地で自分以外の人間に出会ったことと、ようやく自分の求めていた現地の人間に出会えたこと。
そして2人の衣類がボロボロであることと傷だらけの身体を見てやはりここが戦場であったことを万丈は本能で察した。
「本当に、いた」
「うん、本当に居たね」
「あん?」
そして会って早々、挨拶ではなく気の抜けた言葉が2人から漏れ、万丈も思わず返事をしてしまった。
「もう誰も生きていないと思ってた戦場で、いきなり大声が聞こえたと思ったら…」
「子供、だったね」
2人とも信じられない、という表情で万丈を見つめていた。
「誰が子供だ! …ってそういえばいまは子供だったか」
万丈もとっさの反応で切り返そうとするが、発した自分の声の高さから自分が縮んでいた事を忘れていて万丈は自分自身にツッコミを入れて指摘を取り消した。
いまはそんな事よりもようやく合えた人間から情報を得る事が大事だ。
「なぁ、あんたらここがどこだか分かるか? ちょっと道に迷ってここに辿り着いたんだけど」
「道に迷って…ってここは戦場よ!? どうやったら道に迷うのよ!?」
「いや、迷うっていうか本当は跳ばされたというかなんというか」
万丈、普通に道を尋ねるような質問をしてしまい、逆に女性の方から質問を質問に返され言葉が篭ってしまう。
万丈の衣服もボロボロにはなっているが、万丈の肉体の方は五体満足至って健康そのものである。
ズタボロという等しい状態の2人に比べても健康な万丈を警戒するなと言うのは無理も無い話だ。
女性の質問にしどろもどろになる万丈を見かねたのか、女性のズボンを掴んでいた紫の少女が万丈に声を掛けた
「あんた、名前は?」
「名前?」
人に物を尋ねる時はまず自分の名前から。
当たり前である礼儀が過ぎり、万丈は素直に答えた。
「俺は万丈、万丈龍我だ!」
続く?